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たね

彼は、いつもふざけている。
私の苛立ちのタネ。
先生にさされると、人を蔑むような態度で、ふざけた返答をする。
壇上に立つと、ふざけた笑みと泳ぐ瞳、頭をかく手と落ち着かない足。「緊張しすぎだよ」みんなの言葉を待っている。

クラスのみんなは、彼をおもしろいやつと笑う。
でも、私は騙されない。彼は、クラスという樽に落とされようとするひと匙の泥水だ。


ぼくの言葉は、雪崩。ひとつの語がずれ落ちて、後ろの語を飲み込んでいく。
ぼくの言葉は、バンジージャンプ。次の動きはわかるのに、少し手前で立ち止まる。
ぼくの言葉は、湿ったタイルで滑った足。止まりたいのに止まらない。
ぼくは、うまく話すことができない。
言葉は形を帯びて、ぼくの喉を詰まらせる。
「自分の名前を忘れたの?」
言われすぎて、耳にタコができた。
ぼくにとっての心配事は、うまく話せるかではなく、言葉を発することができるかだ。
これは、神様がぼくに与えた個性。いや、呪い、足枷だ。

笑顔は、おまもり。おどけは、魔除け。
うまく話すことができない時も、笑顔があれば逃げ切れる。
おどけていれば、陰口なんて聞こえてこない。
さぁ今日も、この二つを携えて。


彼は、いつも笑っている。
何があっても怒らない。
そんな彼を、みんなはいい奴と言う。

彼は、彼の秘密をみんなに打ち明けた。
私は、人に打ち明けるという選択をした、自分自身を受けいれる選択をした彼を、かっこいいと思った。
でも、教えて。
あなたの笑顔は、仮面なの?
人生というカタチがあるのかもわからない大時計の歯車を、円滑に回すための潤滑油でしかないの?


みんなは、ぼくをどう思う。
それが、ぼくの悩みのタネ。
結局、ぼくの口はぼくのものではない。
思うようになんて動かない。
「自分の名前を忘れたの?」
無慈悲な悪意が湿っぽく、ぼくの悩みのタネに水をやる。
見たこともない暗い色に、悩みのタネは発芽した。
それは、やがてツルになり、ぼくと呪いを強く結んだ。

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