見出し画像

詩の編み目ほどき⑬ 宮沢賢治「津軽海峡」イメージ画像でたどりながら‥‥

      一一六  津軽海峡          宮沢賢治

                       一九二四、五、一九、

  南には黒い層積雲の棚ができて
  二つの古びた緑青いろの半島が
  こもごもひるの疲れを払ふ
   ……しばしば海霧を析出する
     二つの潮の交会点……
  波は潜まりやきらびやかな点々や
  反覆される異種の角度の正反射
  あるひは葱緑と銀との縞を織り
  また錫病と伯林青 (プルシヤンブルウ)
  水がその七いろの衣裳をかへて
  朋に誇ってゐるときに
   ……喧 (かしま) びやしく澄明な
      東方風の結婚式……
  船はけむりを南にながし
  水脉は凄美な砒素鏡になる

  早くも北の陽ざしの中に
  蝦夷の陸地の起伏をふくみ
  また雨雲の渦巻く黒い尾をのぞむ

宮沢賢治「春と修羅 第二集」より

🧩 1924年5月19日、船上から眺めた初夏の海峡風景である。さまざまな色の形容が目につく詩だ。その色を画像でイメージしてみる。

挿絵 浜田正二「竜飛崎」 「文学のある風景」より

🔓 錫病 ( の色 ) とは?

錫病のそらをからすが二羽飛びてレースの百合もさびしく暮れたり

大正7年5月 賢治の詠んだ短歌

錫病とは、低温下の金属すずが灰白色のぽろぽろした粉状に変化する様子を、病気に喩えて言った表現。賢治は、上に掲出した短歌で、曇り空を喩える表現にその「錫病」を使っている。
また、どんより沈んだ曇り空を、病んだ空と表現している歌もあり、あるいはそこに一条の光が差し込んだものか、救いの仏様として薬師仏が現れ給うたと詠んでいる。

東には紫磨金剛の薬師仏そらのやまひにあらわれ給ふ

賢治の詠んだ短歌
昭和35年 三彩社「横井礼以自選画集」より 「汐風」

🔓 砒素鏡とは?

真空で600度程度の高温加熱により、砒素の結晶が得られるという。砒素鏡とは、結晶がなめらかな金属状の光沢を持っていることからの表現。マラカイト(孔雀石)からは砒素を抽出できる。化学に知識のあった賢治は、波の光の光沢を、鉱物の結晶に喩え、また孔雀石の色もそこに重ね合わせているのかもしれない。

マラカイト(孔雀石)の原石の色 「カラーセラピーライフ」より転載

     令和6年1月               瀬戸風  凪
                                                                                            setokaze nagi


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?