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メゾンマルジェラで腹を括る〜真っ黒いスニーカーを買った話

昨年の秋から、メゾンマルジェラが気になってたまらない。

ガールズさんとの試着旅で、マルジェラの懐の深さ、振り幅の広さに魅了されてしまった。洗練されたミニマルなアイテムからボロボロの脱構築的コレクションピースまで、一見するとバラバラなテイストの服が何の違和感もなく共存している店内は、まるでファッションの実験室のようだった。

マルジェラのこと、もっと知りたい。

そう思った時真っ先に頭に浮かんだのは、泣く子も黙るJJG界のマルジェラマスター・おだまきさん。一緒にマルジェラ行ってください!と申し込むと、即ご快諾くださった。私の記事を読んで「私もマルジェラ行きたい!」と反応してくださったもとこさんも誘って、4月上旬、3人で表参道で落ち合うことと相なった。

運命のタビ?

まずは腹ごしらえを、とシャレオツなクレープリー(あまりに可愛くて美味しくて秒で再訪を確信)に集合すると、おだまきさんのみならずもとこさんもタビを履いている。え、なにそれ待って聞いてない。しかもいざマルジェラに入店してみると、ついてくださったのはもとこさんの担当さん(超絶しごできイケメンくん)。

もしかして、マルジェラシロウト私だけ…?と内心密かにアワアワしつつ、まずはとりあえず目についたシルバーのタビバレエを試着。ソールがふっっかふかでめちゃくちゃ気持ちいい。ふんふん、かわいいねぇ、とニコニコ鏡を見ていたら、おもむろにもとこさんが口火を切った。

「ぽたまるさんこれ履いてください、絶対似合うから」

指をさされていたのは、キャメルベージュのタビブーツ。見た瞬間、ああなるほどと頷いた。これは秋、仲間の色だ。何せ我らは3人揃ってスギサキさんのカラーレッスン受講生。わかりました、履いてみましょう。

「おぉーっ」
「その色似合うのいいなぁ」

夏のお2人が揃って声を上げる。私は、鏡から目が離せなくなっていた。

何だろう、これ?こんなの、見たことない。鏡に映っている自分の姿がどうにも不可思議で、まぁおかしいわけでもないけど魅力的と言えるのかもよくわからず、ただただひたすら目が離せない。頭が混乱して言葉が出てこず、とりあえず絞り出せた感想は「足だけ別の生き物みたい」。そう、半人半馬的な、アレ。

前に一人で黒のタビブーツを試着した時は、こんなこと全く思わなかった(「意外と痛くないんだな、ふーん」)。キャメルベージュは私の髪や肌と色味が合いつつ同一化はしていないから、足元にほどよく存在感が出ている。その足が、蹄の形をしている。それはとてつもなく見慣れない光景で、何とも妙な気分だった。

もしかしてタビって、人によってヒットする色と形が違うのかもしれない。毎度のことながら、もとこさんの慧眼には恐れ慄く。パッと棚に目をやると、色とりどりのブーツにバレエ、メリージェーンにローファー…がずらりと並んでいる。ものすごいバリエーション。マルジェラにハマる人々の気持ちがわかるような気がした。

じゃない方の運命

そんなことを考えつつタビコーナーから視線をずらすと、不意にある靴が目に飛び込んできた。

画像は公式サイトからお借りしました(以下同)

オールブラックのジャーマントレーナー(正式名称はレプリカ)。

ちょうど黒のレザースニーカーを探し始めたばかりで、少し前にサイトで見つけたモデルだった。ソールも含めたオールブラックはありそうでなかなかない。これは試着してみたい!と先日銀座まで出かけたついでにGINZA SIXの店舗に立ち寄ってみたのだが、メンズサイズしか展開がないと聞いてガッカリしたばかりだった。

「…これ、レディースはないんですよね…?」

思わず未練がましく口をついて出た呟きに、イケメン店員氏が即座に反応した。


「ございますよ」


え?

「こちらの黒と、それから白は今までレディースのお取り扱いがなかったのですが、24SSで初めて出たんです。定番ではなくシーズンモデルとしてですが」

言われてみれば、目の前にある靴はメンズにしてはえらく小ぶりだ。え、でも3月下旬にメンズしかないって聞いたばかりですけど…?

「レディースの発売決定はかなり突然でした。本当に出たばかりです。そして、もうほとんど残っておりません。皆様待望の、という感じでしたからあっという間でして…ちなみにお客様、サイズはおいくつでいらっしゃいますか?」

流れるような接客だ。サイズを告げると「お持ちしますね」とイケメン氏は瞬く間にバックヤードに下がり、ほどなくして白い箱と共に現れた。

差し出された黒い靴にいざ足を入れると、「ふかっ」と音がしそうだった。土踏まずのアーチにピッタリのソールが、足を優しく持ち上げてくれる感触が心地良い。タンに厚みがあるおかげで、上からも下からも足が「ふっくら」と包み込まれている。指も伸ばせるし、どこも痛くない。足の居住空間がとても快適だ。

一般的なスポーツブランドの黒スニーカーは、地がナイロン等のメッシュ素材で、つま先やサイドにレザーが使われることが多い。つまり、地がマットでポイントがツヤ。対するジャーマントレーナーは、地が表革でつま先とサイドがスエードだから、地がツヤでポイントがマット。ツヤとマットの関係性は、構造としては逆だ。

でもジャーマントレーナーはスエードの面積が比較的多く、黒の色自体も深い。だから鏡で遠目にパッと見た瞬間、あたかも地の表革がマットでポイントの裏革がツヤかのような印象を受ける。ツヤとマットの関係性が再度反転しているのだ。なんともマルジェラらしいトリッキーさ…と言ったらさすがに考えすぎだろうか。

いい。すごく、いい。

鏡を見ること数十秒。ひたすら食い入るように足元を見つめては履き心地を確かめ続ける私の様子を確認したイケメン氏は、手元の端末をパパッと操作するやいなや顔を上げ、こう言った。


「お客様のサイズの在庫は現在、国内全店舗で当店にある1点のみ、今お召しになっているそちらの1足のみです」


「…リアリィ?」と、思わずカタカナ英語が口からこぼれ出た。

存在しないと思っていた靴が突然目の前に現れた。履いてみたら想像以上。それは正真正銘のラス1。買うか、見送るか。見送ったが最後、再び出会えることはないだろう。将来的に定番品として出る可能性もなくはないが、それがいつかはわからないし、少なくともお値段据え置きではないはずだ(とは店員氏の談)。

何だこれ。このギリギリ限界自問自答、どっかで見たことあるような。

「運命ですよ」と、もとこさん。
「イッツ・ユアーズ」と、おだまきさん。

2人とも、目が本気だった。「本気」と書いて「マジ」のやつ。

…だよね。私も逆の立場なら、きっとそう言うよ。だけどさすがに今ここで決断はできない。とりあえず、一旦撤収で。大至急、超高速自問自答の始まりだ。

表参道こわい

GYREには他にも魅力的なテナントが山ほど入っている。マルジェラを出た目の前のエスカレーターに乗り、フラフラと転がり出たところはCFCL。目眩く夏色の服をひとしきり堪能し、もう一度エスカレーターに乗ればそこはギャルソンのトレーディングミュージアム。夥しい数のタダモノジャナイ服・服・服。

このわずかな数十分で、もとこさんはCFCLの黒カーデに、おだまきさんはギャルソンのサイゼの天使スカートにそれぞれ撃ち抜かれていた。私はと言えば、もう何を見ても何を着てもジャーマントレーナーが頭から離れない。お2人も全く同じ半トランス状態で、各々が脳裏に焼きついた服をぼんやりと反芻しているのだった。

なんなのこの街は。降り立ってからまだたった1つのビルしか見ていないのに、どうしてこんなに次から次へと魅力的なものが出てくるの。「表参道こわい」と、「まんじゅうこわい」のイントネーションで思わず呻く。それ全くこわいと思ってないやつ、とすかさずツッコむもとこさんとおだまきさん。

ああ、もう、どうしよう。

私の逡巡の理由は、黒スニーカーの自問自答がまさにこれからで、解像度が限りなく低い状態だったことにある。しかもちょうどあきやさんの2冊目を読み終えたばかりで、今度こそPDCAのPにしっかり取り組もうと思っていたのだ。当てもなくとりあえず試着に走るのではなく、予め候補をリストアップして出かけよう、と。

なのに、なぜ。だけどこうなっちゃ、今ここで脳みそ振り絞って考えるしかない。私がスニーカーに求める条件は一体何だ。…って嘘だろ考えること多すぎないか?ともすれば飽和状態で停止してしまいそうな私の自問自答を、一緒にいたお2人が手取り足取り助けてくださった。

私がスニーカーを履きたいのは、ローファー「じゃない」シーン。

第一に、子どもと遊ぶ時。それ用の手持ちの1足が、不都合はないもののサイズが微妙にゆるい上に汚れも目立ってきたから、新調を考え始めた。汚れにはデニムの色移りも含まれるから、次に買うなら汚れが目立たない黒がいいなと思った。

第二に、雨天の外出、主に通勤時のローファーの代わりとして。一応、雨の日用にはビルケンとエーグルのブーツが2足あるものの、機能全振りのビルケンは見た目がイマイチだし、ゴム製のエーグルは丸一日履くとすごく疲れる。会社に履いていくことを考えると色はやっぱり黒、素材はできればレザーがいい。

第三に、ローファーだとキレイめすぎるコーデをちょっと崩してみたい時。この欲求が一番最近出てきたもので、解像度はゼロ。sacaiのトレンチを着崩してみたいなとか、スニーカーでもカッコいいママさんに憧れるなとかはあるけれど、具体的な方向性が全くわからない。ここをゆっくり煮詰めてみたいと思ってたのに…!

じゃあ、もしここでジャーマントレーナーを買ったらどうなるだろう。

第二の用途、雨の日の会社用には申し分なくハマる。第一の用途、例えば子と公園に行くのには履けるだろうか。綺麗に整備された公園なら行けそうだけど、それ以外は…心意気としては「せっかく黒だし”トレーナー”なんだから行っちゃえばいいじゃん!」って思うけど、実際どうだろう?やっぱりちょっと、怯まない?

…あ。なら手持ちのスニーカー、しばらく残しておけばいいじゃん。マルジェラでどこでも突撃する準備と覚悟が整うまでは、手持ちを汚れどんとこい要員にすればいいんだ。よし、第一の用途もクリア。ってどう考えても今私、完全にアレを「買いたい」と思っちゃってるね…?

だけど第三の用途については、結論まで辿り着けそうにない。せめて他のスニーカーと比較して…って、思い出した。ちょうど私、明日Y'sでスニーカー試着する予定入れてたんだ!どうしよう!!…そう言うとすかさず、「Y'sならありますよ、すぐそこに」とおだまきさん。そうだった。ここは表参道、何でも揃う街。

天啓のYAZAWA

Y'sは私も見たかったですし、と言ってくださるもとこさんにも心底救われつつ、早速通りを挟んだY’sへと歩を進めた。目当てのスニーカーはadidasコラボのオールブラック2足。無事にマイサイズの在庫が見つかり、履かせていただく。

ローカットの1足は、スリーストライプスにY’s独自の凝ったアレンジがされているにも関わらず、履いてみると思いの外プレーンな印象だった。普通にキレイにまとまってしまう。何よりも履き心地がジャーマントレーナーとは全く違っていた。先ほどの「ふかっ」という足裏の感触がまざまざと蘇ってくる。

ハイカットのもう1足は、逆に見た目のパンチは十分すぎるほどだった。第三の用途、キレイめ崩し要員としてはかなり有力な候補になりそうだ。しかし会社では履けそうにないし、着脱にちょっと手間取るデザインだから、ズボラな自分は徐々に手が伸びなくなる予感しかない。となると、子との遊びにもさして履かないかも。

あー…そっかー……。

予想外の展開に呆然とした。この2足とて、黒スニーカー界ではかなり上位に位置づける強者のはず。それにここは初めて入ったY'sの路面店で、目の前ではもとこさんがY’s試着実績を解除されている真っ最中、というかなりスペシャルな状況。それなのに、私の頭には霞がかかったみたいで、うまく動けないし何も喋れない。

だらりと力なくソファに座ったまま鏡に目をやる。そのとき不意に、脳内に静寂が訪れた。マルジェラを出てから絶え間なく続いていた頭の中のおしゃべりがふつりと途切れ、次の瞬間、はっきりと力強くこう浮かんだ。


『私、アレを買わなかったら、後悔する』


あの声は一体何だったんだろう、と今でも不思議に思う。これ以上ないくらいクリアな声で、それが聞こえた瞬間私は静かに腹を決めた。その主は私のYAZAWAというよりは、否が応でも40年以上生きてきた私の動物的な直感かもしれなかった。

一度しか選択の機会がない岐路において、どちらを選ぶか。人生においてそういう局面はままある。そして目の前に来たチャンスを掴むかどうか、という場面ではある種の胆力がものを言う。年齢を重ねた自分にとって、胆力とはただの無鉄砲さではない。それは、過去の自分の小さなYESの積み重ねだという気がするのだ。

…って、いや、これただの買い物の話なんだけどさ。しかも買ったからエライとかそういうことでも全くないんだけどさ。

とにかく、私は立ち上がった。ちょうど試着を終えたもとこさんと、少し離れたところから私の様子を見守ってくださっていたおだまきさんと一緒に、店員さんに頭を下げた。地上への階段を登る。穏やかな日差しが眩しい。大通りの信号が青に変わるのを待ちながら「アレ、買わないと後悔すると思いました」と言った私に、

「はい。今見送ったとしても、いつか絶対またアレに戻ってくると思います。だって、もう最高のものに出会っちゃったんだから

そう言ってくださったおだまきさんの瞳を、私は忘れないと思う。

マルジェラ党結成

GYREの上下と通りを挟んだY's。移動距離としてはかなり小さいが、これ以上ないくらい脳みそを搾り切った。日曜の昼下がり、マルジェラには入店待ちの行列ができていた。最後尾に並ぶやいなや、店内のイケメン氏に目ざとく気づかれる。ガラス越しの「(アレですね、ご用意します)」の身振りを見て、もとこさんが爆笑。

それからほどなくして、私たちの前に並んでいた2組が離脱したためあっという間に店内へ。こういうのもタイミングだなぁ、と思う。またもあっという間に運ばれてきたジャーマントレーナーを、最後にもう一度、念の為に履かせていただいた。

やっぱりこれだな、と思う。一方で、最後の最後、優柔不断な私が顔を出す。

ジャーマントレーナーはフォルムとしてはスッキリしていて、第三の用途ーーコーデの着崩しにはつながらないのではないか。いや、そもそも着崩しってどうやるのかもわからないし、まだそこまで解像度も上がってなくて…モニャモニャとそのあたりの不安をまとまりなく呟くと、イケメン氏がきちんと拾って答えてくれた。

「コーデにインパクトを出すようなスニーカーには、正直流行り廃りがあります。であれば、その用途には割り切ってスポーツメーカーさんのスニーカーをお求めになられた方が良いかと思います。ジャーマントレーナーは私も愛用していますが、本当に10年履いています。これは本当に、本当に長くお使いいただけます」

これを聞いて、ようやくわかった。ジャーマントレーナーは、スニーカーの形をした革靴なんだ。普通のスニーカーとははなからカテゴリーが違う。だったら、出会ってしまった特別なスニーカーを、今日はお迎えしようじゃないか。コーデの着崩しについては、焦らずにこれからゆっくり経験値を上げていけばいい。

すぅ、と息を吸い込んだ。


「こちらを、お願いします」


かしこまりました、というイケメン氏の言葉を待って、黙って一部始終を見届けてくださったもとこさんとおだまきさんから「おめでとうございます!」と口々に声が上がる。今日はただ、先輩お2人と経験値を上げる試着旅に来たつもりだったのに。おかしいな、なんで今私、マルジェラに顧客登録しちゃってるんだろう!

泣き笑いでクレジットカードの暗証番号を押す。それがまるで、秘密結社への入党意思の確認行為みたいに思えた。マルジェラが時に「カルト」と呼ばれることを思い出し、そして妙に腑に落ちる。これは確かに、離れられないわ。だって私実はもう、キャメルのタビに半ばロックオンしちゃってるもの!

マルジェラ党、ここに無事、結成。

***

恐ろしいことにここまでの話は、この日の前半戦にしか過ぎなかったんですよ…お2人の後半戦および後日談はこちらからどうぞ。まったくもう、なんて日だ!

もとこさん▼

おだまきさん▼


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