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戦地に赴く仲間を見送る

詳しくは問うてくれるな。
男には、
何も言わずに、
やらねばならないときがある。

大切な仲間が奮闘しているとき、
何か力になれないだろうか?というとき。

事情によっては、
その仲間の置かれている状況がわからないことも
あると思います。

相手の状況が詳しくは分からなくても、
相手の言外の、行間に隠れた思いを感じて。

言葉として、具体的なアドバイスは言えなくても、
その仲間が、立ち向かう壁を乗り越えている姿を、
ありありと想像して、
「絶対大丈夫。一層すごくなって帰ってきてね」
と祈る。

そういう応援の仕方もあるはず。

無理に、いい言葉を言おうとしなくてよくて、
ただ、相手の未来を信じる。ほぼ確信と同じくらいに。

それで、ちゃんと相手には、
応援の気持ちが伝わっています。

言葉を越えた応援

冒頭の言葉は、先日、仲間に言われた言葉です。

その日は、仲間の復活祝いの席でした。
復活を遂げた方は、通常なら耐えられないような、
壮絶な出来事を乗り越えて、
今までの器より大きくなられて、
復活をされました。

その復活劇を、リアルタイムで見ていた仲間で集まって、
「お疲れ様」「本当に頑張っていたね」って
労いの会を開いたのでした。

その席で、一人の仲間が、冒頭の言葉を言ったのです。

何があったか、これから何を成そうとしているのか、
その方は、教えてはくれません。

でも、その方の立ち振る舞いや、言葉から、
わたしは、只事ではないぞ、と思いました。

その方は、今まで、わたしやみんなを
愛で応援してくれ、
ときには耳が痛い苦言も言ってくれたり、
鼓舞してきてくれた人でした。

その人が、こんなに切羽詰まっているということは、
ただならぬことだ、と感じました。

仲間が一大復活する一方で、
人生の岐路に立たされている仲間がいる。

きっと、仲間同士、共振が起きていて、
みんな大きく変わるタイミングに来ているんだな、
と感じました。

奮闘する仲間を前にして、
わたしは、物理的な行動としては何もできません。
でも、
「思いきりやってきてください。
必ず骨は拾いますから」
と伝え、ひたすら祈りました。

頑張ってほしいです。

祈りの大切さを感じた出来事でした。

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