リンカーン大運動会2018を観て

毎年恒例、リンカーン大運動会。笑いももちろん入りつつ、わからない人も競技として楽しい。そんなちょうどいいバランスだからこそ、毎年できているんでしょう。視聴率については、詳しくは知りませんが。

開会宣言、暴力、パワハラ。

スポーツ界での暴力、パワハラが叫ばれている昨今。この波が浜田をイジる。しかし、「やっちゃいけませんよ」を裏切るのがお笑いの世界。ここぞとばかりに浜田は暴力・パワハラを繰り返します。笑いの原則として、やっちゃいけないことをする、というのが笑いに繋がるわけですが、笑いの掟みたいなものに詳しくない人は、もしかしたら笑えないのかもしれない。そして、頭を叩くツッコミも、10年後には無くなってしまうのかもしれないな、と思う。

大型ルーキーゆりやんれとりぃばあ

ツイッターを覗いていると、若い人たちの「ゆりやんはつまらない」といったつぶやきを目にする。そりゃあそうだ、ゆりやんは一周しているのだから。お笑いをある程度わかっている人にしか伝わらない、「お約束」をあえてちょっとずらす、みたいなことをしているのだから。ハンターハンターのジン風に言えば、「あいつはウケようともスベろうとも思っていない。だから強いんだ」となる。言っていることはおもしろくない、というか、センスを疑われる可能性すらある。だけど、ゆりやんだから面白い。そんな人間に僕もなりたい。

話を脱線させる。笑点の回答はあまり面白くない。だけど、その人が面白いからウケる。いわゆる「ニン」である。その人が面白かったら、何を言っても面白い。松本人志は、ニンもセンスもどっちも極まってる節があり、それはもう最強なのでは、と思う次第である。

前に出る人、出ない人。

リンカーン大運動会は、とっても贅沢である。言い方を変えればもったいない。面白い芸人が、全然喋らなかったりする。あそこまで多いと、振られることも少なく、こうなりゃやけで、怪我覚悟で前に出るしかない。フジモンなんかはガヤで鍛えたテクニックが素晴らしく、ヒットアンドアウェイのごたる、一言言っては下がり、を繰り返している。関係ないのに、なんでこの人前に出てるんだろう?というときは、前に出たものの、カットされている場合である。温かく見守ってあげよう。

全員リレー

協議について思うことを一つ一つ書いていこうと思ったけど、そんなことをしていたらバイトに遅れてしまうので、最後のリレーについてだけ書こうと思う。

やっぱりリレーは面白い。テレビでよく見る人が走る面白さもあると思う。だけど、抜きつ抜かれつの接戦は見ていてドキドキする。最後の方は差が開いてしまって、ダイジェスト的な感じになってしまったけど、それでも「繋いでいく」という行為は見ていられる。「繋がっていく」というのは、人間の本能として、好きなものなんだと思う。

おわりに

運動会だから、どうしても純粋なお笑い成分は薄まってしまう。が、年一のお祭りだったら見て見るか、とついつい見てしまう。だから、年に一回がちょうどいい。レギュラー番組って、毎週あるから感動が薄れてしまう。月一回とか、半年に一回とか、年一回とか、そんな番組をいっぱい作れば、毎日がお祭りみたいになるんじゃないの?

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