新しく生まれたおとぎ話で、「愛」をアップデート。

シェイプ・オブ・ウォーター』を観た。

とてもシンプルで美しい話だった。
シンプルでストレート、純度100%のダイヤモンドのような話。
純度100%のダイヤモンドのことを良く知らないけど、伝わるよね?とてもキレイで、とても固くて、とても透明。

声が出ず手話で会話するヒロイン「イライザ」と、国と国との争いに利用されるべく遠い故郷から捕獲されてきた不思議な生き物の「彼」。

この言葉を持たない二人の愛の物語。
ふたりの築く愛が、いかに本当で、純粋で、まっすぐで…という部分は、観た人が自由に感じたほうがいいので、あえて書かないでおこうと思う。

彼らの「愛」と対称的に描かれている人物がいる。

顔面に「悪」と書いてあるような顔をしてて(賛辞)、とんでもなく嫌な奴だ。彼は、社会的地位も、マイホームも、キャデラックも、おねだり妻も、可愛い子供も、持っている。なにもかも揃っている。

ところが彼は序盤で、指2本を切断し、無理矢理縫合した状態に陥る。一見、満足に復活したかのような5本揃った手。その指がストーリーが進むにつれ、どんどん変色し、異臭を放ち、壊死していく様が描写されている。

ただ揃っているだけの5本の指は、上述した、いわゆる一般的な社会人がオートマティックに憧れる「欲しいモノ」のメタファーに思えた。

全部揃っているけれど、それでどう?幸せ?
みんなと同じように揃っていること、持っていることは、人生の目標にすべきことだろうか?と。

言葉を「欠いた」彼らの関係と対比するように、本当に必要なモノはなんだろうね?と、観ている人に問いかけてくる。

一生懸命働いて権力あるね、どう?満たされてる?
たくさんの人に囲まれているね、どう?楽しい?
母国の利益になるね、それで?嬉しい?

彼の指が完全に腐るころ、彼はもはや何に突き動かされているのかを完全に見失った状態になるのだけれど、それもまた、資本主義社会に生きる物質主義の人々への皮肉だったように思う。

同じく人間とモンスターの恋愛を描いた「美女と野獣」。
結局「美女」が選ばれ、ハッピーエンドとして野獣が「イケメン」の「王子」になるこの作品のことを「嫌い」と公言し、本当のおとぎ話としてギレルモ・デル・トロ監督はこの作品をこの世に送り出した。

美女でドレスを身に纏い、豪華なお城に住み、王子と暮らし、という状況で得た愛も真実の愛のひとつなのかもしれない。でも、あまりにも「真実の愛」の条件が、定説が、同じようになりすぎていて、そうならなければ(美しくなければ、裕福でなければ)、幸せじゃない、という図式を壊したかったのだと思う。


言葉が通じること、人間であることすらもそぎ落とした、この新しいおとぎ話で、たくさんの人が「愛」を再定義することになるだろう。



※本日のアカデミー賞で、監督賞、作品賞ほか4冠となりましたね!!!その際の私のツイートはこちら↓

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asami.m

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観た映画の感想。

コメント2件

ギレルモ・デル・トロ監督~~(⋈◍>◡<◍)。✧♡
絶対観ます!
足袋猫さん☆アカデミー賞で評価されて嬉しいですよねーー!!
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