「なんとなく」は、とても大事。

金曜の朝、あーーーー…!と声が漏れる懐かしい痛みに襲われた。

腰が…。

腹筋と背筋が無さすぎるうえに反り腰という体型が災いして、ハタチの頃から、何度かしんどい腰痛に襲われている。前回、整体や鍼灸に通っていたのは4年前。今回は、あの時より酷い。痛くて上体をまっすぐできない。足が重い。こんなに自分のカラダは重いのかよ…とウンザリするほど重い。

原因がわかっているなら、予防すべく運動すればよいのだが、ついつい痛みがなくなると元の自堕落な生活に戻ってしまう。座り仕事ゆえ、無い筋肉はどんどん落ちてゆく。はー、参った参った。痛い痛い。

翌日からの週末二日間、イベントのお手伝いをする予定になってて、迷惑をかけられない。いますぐ治したいのに、以前通っていた鍼灸院は2週間先まで予約がいっぱい…。困ったのう…。もう何も考えられないのう…。思考がどんどん老婆化してゆく…。

油の切れたブリキ人形のように、腰をかばいつつ、ギシギシとした不自然な動きで仕事をしていたら、腰痛の先輩(社長)が鍼灸院を紹介してくれた。鍼灸は割と自分のカラダに合っている自覚があったので、もう、どんなとこでも、すぐ行けるなら行きたい!とその日の夕方に予約をして行ってきた。


古民家を改装したという鍼灸院は、一見すると普通のお家で、鍼灸師の男性がひとりで施術する完全予約制の秘密基地のような場所だった。

ハーブティーを飲みながら、一通りの問診票を書き終え、20分ほどのカウンセリング。「10段階でいったら、今の痛みは?」「8です」。「睡眠は?」「足りてません」。「仕事は?」「忙しいです」。よくあるやり取りを終えて、「では施術着に着替えて」と、隣の部屋へ通された。

着替えを終えると、「まずは仰向けで寝てください」と。仰向け…。痛いのは腰なのだが、まぁ、仰向けで寝ましょうか。

すると先生は、わたしの足元へ移動し、両かかとを両手で持って、ゆらゆら揺らし「あー、思ってるほどひどくは無いですね」と言った。ほほう?

次に片手づつ、脈を測るような感じで手首を持たれ「最近飲みすぎました?昨日とか?」「…一昨日です」ほ?ほほほほう??

「じゃあ、やってみましょうか」と言うなり、ぺぺぺっと、ふくらはぎからスネのあたりに鍼を刺された。ちちちっとするだけで、さほど痛みもない。「こんな感じですけど、大丈夫ですか?」「全然平気です」。両足にぺぺぺっとやって、再びかかとを持たれる。「わー。すごい敏感ですね。すぐだな。すごいな。」と、私にはまったく実感はないが、手ごたえを感じている様子。「はぁ、そうすか?」と愚鈍な私。

(いや、腰なんだけどな…。)と思っていると、今度は頭の方へ移動してきて、頭の下に両手を入れて頭を持ち「あら…コレはちょっと…頭の詰まりが一番酷いな…」と言われる。「え?頭の詰まり?え?」「最近考えること多かったですか?」「…ハイ」そう。最近、仕事で頭を使いすぎていた。悩み過ぎていた。色々ほかにも考えることが多すぎて、寝ても覚めても思考がフル回転な状態だった。


この鍼灸院の先生は、いわゆる「気」の流れが見える人で。私の場合、頭の気の流れが一番詰まっているそう。この手のことを言うと、急に引いていく人がいるのを知っていて書くけれど、割とリアリストの私も面白かった施術だったので、まぁ、笑って聞いてってくださいな。


さて、脚やお腹、頭まわりに鍼をうたれたあと、「うつ伏せに」との指示。やっと腰〜!あと慢性肩こりと、あとあと、片頭痛もついでに〜!と欲張りに思っていたら、お灸を据えられる。熱い。いや、好きだけど、お灸。

そして、いよいよ腰に鍼をうちながら、先生はおっしゃった。


「本が好きなんですか?ってゆうか、活字中毒か。自分でも書いてますね?」


「ハ…ハイ。え?なぜ?」と尋ねるも「ふふふ」とほくそ笑むのみ。追及したくても、腰、肩のゴリ凝り部分は鍼が痛い…。余裕ゼロ…。でも、なんとなく、その鍼が打たれる場所がぜんぶピッタリな感覚がある。

そうして、1時間ほどの施術を終え、着替えを済ませ、再び先生とお話をする。

先生曰く、私の体質は、敏感すぎるゆえ、良いモノも悪いモノも、ぜんぶ身体に反応として出るらしい。感受性が異常、究極に素直な人、と…。普通、施術しても反応はすぐに返ってこないけど、卓球のように打ち返してくる(反応が返ってくる)そうで、この体質の人は鍼灸も必要無い。マッサージとかは逆に刺激が強すぎるから避けた方がいいですよ、と。さらに「むしろ、自分で治せる人です。治す側の人です。」とか言う。

ホントかなあ…?確かに施術後、温泉入って昼寝したくらいのスッキリした顔になってたけど、正直、腰の痛みは8が4になったくらいである。「自分で治すってゆうのは…?」と尋ねると、

あなたの場合だと…、公園を裸足で歩けば治りますね。あと、海とか神社とかへ行くとか。自然のチカラを取り込める人だから」

こんな事を言われたらドン引きでシャッター下ろす人も居ると思うのだが、私の場合「はああ、なるほど…!」と唸った。

なぜなら、私は疲れてくると「大自然に行きたい」と言ってフラフラ一人で出かけ、自然の中に身を置くことでリフレッシュする…というのを、ずーっと「なんとなく」やっていたのだった。

早朝、新雪の上に仰向けで寝てみたり、早春、公園の生えたての芝生に仰向けで寝てみたり、水辺に出向くと、真っ先に「え?もう、そこで?」と言われる場所から裸足になるタイプの人間で、裸足で芝生、も実は好きだ。動物園も、神社参拝も、「やってみたらいい」と言われる前から、自然に触れることは、自らなんとなくやっている。

確かに、最近忙しくて、これらをまったくやっていなかった。人と遊ぶのが楽しくて、そっちでストレス解消できてると思っていた。でも、それらの楽しいことでも、エネルギーはチャージされておらず、溜まった疲れが一気に腰に出た、ということらしい。

そういえば、と、先ほどの活字中毒の件を訊くと…「腰は人間の要の部分なんです。腰のツボに鍼をうつと、たまにその人の本質をあらわす映像がみえる事がある。」「え…////」「あなたの場合、感受性溢れすぎの人だからハッキリみえて、女のコがひろーい草原の真ん中の切り株に座って、その横に本を山積みにして読んでる映像がみえたんですよ」「…。」


なんか…怖いし、恥ずかしい…///


「だから多分、活字に触れるのがあなたの本質的にやりたいことなのかなーってゆう、まぁ、僕個人の見立てですけどね。みえたから聞いてみました。」

なんかスゴイな、先生。とりあえずまだ腰は痛いけど、気の流れが詰まってる部分は解消してくれたそうなので、あとは、エネルギー不足ということで、夜ご飯食べないで(消化にエネルギー持ってかれるから)、お風呂はいって寝る。言われたとおり今夜は過ごしてみるよ。


そして、翌朝。

痛くない。

痛みレベル、0。

マジか。ぜんぶマジか!


なんとなく合わない人や、なんとなく嫌な場所って、ある。この「なんとなく」ってとても大事で、根拠が無くても信じてあげたほうがいい。きっと、気づかないところで、いつのまにか身体に負担になっているから。

それでも生きていたら、嫌なモノを避けてばかりはいられない。そのためにも、こんどは逆に、自分が何で元気になるかを知っていた方がいい。

なんとなく好きな人、なんとなく落ち着く場所、なんとなく好きな物、自分の中の「なんとなく」に耳を傾け、素直に、正直に、それらをたくさん増やしていくのが、現代社会をサバイブする1つの方法なんじゃないかなーと思った。


腰痛ひとつで、ここまで考えると思わなかった。

また頭の気が詰まってるかもしれない。

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コメント19件

面白かった!私もそんな感じかも。
わかさん☆ありがとうございます😊エネルギーチャージは意識して生活した方がいいですよね〜
凄い!私も受けてみたくなります🤤
すごいー!私も自然の中でチャージするんですけど、なんとなく、それが好きってだけで。そして人を癒すことが好きです。
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