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「逃げる」という選択肢について。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を観た。


「逃げた」という事実は、なぜ避難の的となってしまうのだろうか。


「逃げるなよ」「逃げる気か?」「逃げたんだね」どの言葉も、言われたら自責の念にかられないだろうか。誰かに言われなくても「逃げた」と自覚していたら、逃げてしまった自分をきっと責めるだろう。

この映画は、そんな逃げた自分を責め続けている男が主人公(リー)だ。


彼は、生き続けるために、逃げなければならなかった。


逃げなければ、生き続けられないほどの悲しみや辛さを抱えた場合、逃げる逃げないの議論なんかちっぽけだ。逃げないで立ち向かえ!なんて正論を吐く奴は非情だ。逃げて正解。生き続ければ、ゆっくり少しづつ、変化はある。

鬼ごっこだって、ドッヂボールだって、逃げて勝ちじゃないか。逃げきって、生きるということは、何も恥ずべきことではない。


心が壊れ続けているリーは、心が壊れたてほやほやの甥・パトリックとの交流で、逃げた現場に向き合う。

この作品の素晴らしいところは、逃げた場所に戻ってきて、最終的に彼が出した結論に集約されている。

なんて優しい作品なんだ…!と心が震え、静かなエンドロールが終わるまで、私の涙は止まらなかった。

リーほどの悲しみではなくても、誰だって生きていれば逃げたい事なんて何度も訪れる。問題に向き合い、乗り越え、負けずに、またひとつ大きな人間になれた、というようなファンタジーが私たちには常識になりつつあった。でも、現実はそんな人間ばかりじゃない。逃げずに負けないことだけが正解じゃない。

この作品は、リーの他にも悲しみや辛さから逃げた人がたくさん出てくる。そして、その心が壊れてしまった人たちの、それぞれの逃げ方を肯定してくれる。みんなそれぞれの心の癒し方があり、過去に逃げたモノと改めて向き合ったときの反応もさまざま。共通しているのは、自分の人生を自分が主人公として生きている、という点だろうか。誰かが自動的に助けてくれるなんてことは、決してないのだと思う。心が壊れたてビギナーのパトリックに、そんなことを教えていたんじゃないかなぁ。


観た人それぞれで泣くポイントが様々なようだ。私はパトリック+冷凍チキンのくだりから泣きっぱなしで(観た人と話したい)、とにかく、登場人物それぞれに(もういいよ、わかったから!大丈夫だよ!泣いていいんだよ!)と心のハグが止まらなかった。

ポスターになっているTOP画像のシーン…号泣のシーン。

何年も時間が過ぎている話だけれど、お互いにまだまだ生傷で、まったく乗り越えてなくて、触れた瞬間に涙が溢れてしまう。

あまりにも辛すぎて「赦し」さえも受け入れることができない、リーを演じたケイシー・アフレックの眼の演技が素晴らしかった。アカデミー賞主演男優賞、納得のおめでとうだよ!!元妻役のミシェル・ウィリアムズの演技にも胸をえぐられた。


説明的なシーンが少なく、過去の回想シーンが断片的に入る構成。その過去のシーンがどれもあたたかな温度を感じるのに対し、現在のシーンは冬だったり冷凍というワードがたくさん出てきたり、寒さを感じさせ、心情面とリンクしているつくりも、とても素敵だ。


悲しみがずっと続いて、永遠に辛い人生なんかない。ただ、黒が一瞬で白になるような解決方法なんかめったにない。けれど、徐々に徐々に、小さくて弱い光が見えてくるような、そんな希望は誰にだって必ず訪れる。そう思わせてくれる作品だった。


逃げたっていい。生き続けよう。

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asami.m

映画と海外ドラマ、読書が好きです。結婚生活、育児生活についてたまに書きます。札幌市民。

映画レビュー

観た映画の感想。
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コメント7件

かるてっとんさん☆わー!ホントですね!心が壊れるって命の危険ですからね、逃げて当然なのに、なぜ責められるのでしょう。
「逃げるは恥だが役に立つ」ですね!もっとも恥でもなんでもないですが。私は逃げ馬が好きです。何から逃げているのか?世の中か?いや逃げているのではない、真っ先にゴールに向かっているじゃないか!
umavegさん☆国民的フレーズ「逃げ恥」も、大前提で「恥」って言ってますもんね!笑 あー、なるほど。逃げ馬も、肯定的な雰囲気ですねえ~。
ばーむろーるさん、初めまして。私はこの映画をみてあれこれ考えてしまいましたが、「逃げること」という視点から作品のすべてを言い表されていて、さすがだなと思いました。素敵な映画のご紹介をありがとうございました!
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