自信は無いけど、勇気はある。

自分の意見をつらつらとnoteで書いているけれど、日常的に自分の意見は口にも出す方で、そうすると、「それは自分に自信があるから言えるんだ」といったようなことを言われることがある。

恋愛に関して意見を言えば「それは容姿に自信があるからだ」、ファッションについて意見を言えば「それはスタイルに自信があるからだ」などなど。

自信があるものなんて一個も無い。

それに関して、はあちゅうさんがnoteで超的確に、同意100%な文章にしていてくれた。さすがすぎる。もっと言って欲しい。

わたしも自分の意見はしょっちゅう変わるし、過去に書いたものを読むと(へ~、あの時の自分ってば、そんな風に思っていたんだ~)ってすっかり忘れていて、他人事のような気になる。

私はなぜnoteを書いてるかというと、頭の中の整理のために書いている。ごっちゃごちゃに頭に浮かんできてしまっているモノを、収納するイメージで、また数か月後の自分が収納すると、全然ちがう収納(書き方)になるかもしれない。そして、収納してみて、後々、心底しっくり収納されたモノだけ、自分の中に蓄積する気がしている。何個も何個もその少しが蓄積して、やっとほんの少しだけ持てるのが「自信」であって、そもそも初めに「自信」なんかない。

「自信」云々をいわれると、キョトンとしてしまう。自分の意見に「自信があるんだ」と言われてもキョトンだし、「じゃあ自信がないの?」と聞かれてもキョトン顔をお見舞いする。

自信が「ある」「ない」を、いちいち考えて行動なんかしないから。


そもそも、世の中に明確に「自信がある」と言える人どれくらいいるんだろう。


もしかして、みんなが言う「自信」って「勇気」のことじゃない?


わたしは、自信はまったくないけれど、勇気ならあるって言える。

自分の意見を言う勇気も、書いて公表する勇気も、恋愛について晒す勇気も、新しいメイクを試す勇気も、意外なファッションを試す勇気も、ある。それなら、ある。


「自信が無いからできない」って言う人は、勇気さえ出して行動すれば、その人だって後から「自信を持つ」ことができるんじゃないだろうか。


勇気はだれでも持っていて、「出す」か「出さないか」。

自信は行動した後に発生するもので、「持つ」か「持たないか」。


個人的には「自信満々の人」よりも、「いつでも勇気を出せる人」の方がカッコイイとおもっているので、そうありたいなぁと生きている。


※ヘッダー写真は家のベランダ菜園のオクラのお花です。お花の段階で、オクラとしての主張が凄くないですか?オクラとしての自信があるんだろうね~。

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