【日曜興奮更新】夜のコール

池袋は夜になると、ぐっと寂しくなる。スプリングがおかしく沈むベットに身を任せ、天井を斜めに見つめる時間が永久に思えた。

さっき喧嘩して、彼は帰ってしまった。私も池袋から田舎に帰るかどうか迷った。

宮殿みたいなラブホテルのバスタブで、余計なことをなぜ言った。繋ぎ止めたい、でも追いかけさせたい、この両立って難しいだろう。

2回目のシャンプーの泡立てを確認し、その隙に栓を抜きながら上がって服を着た。

1時間前、意気揚々と現れた私たちを、ラブホテルの窓口にいたおばあちゃんは微笑んで見ていた。若い人が今夜を楽しむことを、楽しんでいるのだろうか。


枕の片方を床に落とす。なにかがあったみたいに思われたい。歯ブラシ2本とも袋を開けてコップも濡らしておこう。

「わたし、2日前、他の人と寝たんだよね。なんかさ、ノリっていうか。」

試した。この2人の安定的な空気は平和すぎてつまらない。心が激しく揺さぶられないと、やってる意味がないと思った。セフレと彼氏の違いって、嫉妬するかしないかってことだと最近は信じている。

当たり前に傷ついた顔をして、ピンクのお湯を自分の顔にかけている男の顔を見て安心した。やっと感情に波が出てきたか。こちらの鼓動も早くなり、でもなにも進んでないことも分かり、その後のセックスはなくなり、いま天井を見るハメになっている。


部屋に備え付けの電話へ、ひどく音割れしたコール音が響いた。

「…もしもし。」
「こんばんは。受付です。えっと、大丈夫?」
「あ、こんばんは。」
「こんばんは。」
「大丈夫って、私がですか。」
「うん。なんか男の人、涙目だったから。」

枕元にある電気のスイッチレバーを全部上に動かした。

「大丈夫ですよ。なんか、そういう日だったみたいで。」
「そういう日。今日は冷えますね。」
「はい。もう本当お湯に入ったのに冷えます。」
「風邪引かないでくださいね。」
「大丈夫です。はい、今日大丈夫です。」
「おやすみなさい。」

カチャンと軽く切られて、また置いていかれた気持ちになった。

窓口のおばあちゃんに、いま心配されている。

そういう日だったって言ったけど、そうしたのは私のほうで、咄嗟に自分が有利に思われる言い訳をするのがうまくて嫌になる。

もう一度、受話器をあげてしまった。

「こんばんは、受付です。」
「すいません、さっきの201号室の者です。」
「あら、どうされました?」
「いや、なんか自分でも分からないんですけど、本当に彼って涙目でしたか。それとも実は泣いてましたか。」
「あー。涙目って感じかな。」
「なるほど。」
「実際に泣いてるかどうかって、もしかして重要でした?」
「いや、なんだろう。涙って出ちゃう前と後で意味が変わるというか。まぁ、今後の対応が変わるなと思って。」
「ふはははは。わたし、涙のことでそんなに考えたことないわよ。」

自分の焦りを笑われて、すこしホッとする。彼女の声が少し遠くて耳にぎゅっと近づける。

「何時チェックアウトですかね。」
「12時。」
「あ。」
「安心して朝寝坊できるわよね。うちはそういうの考えてるから。」
「安心です。あとこうやって窓口の人と内線で電話したのって初めてです。」
「ふは。そうだよね。わたし、おばあちゃんだから何も分からない。」
「急にボケたフリしてますか。」

深夜1:30。

なぜこんな知らないおばあちゃんと話しているんだろう。しかし、いま私たちは会話を楽しんでいる。

彼女の名前は、ユリさんだった。ここ池袋で10年は窓口をしているらしい。結婚してるかどうかについては答えてくれなかった。ペットのモルモットについては聞かなくても紹介してくれた。いま着ているカーディガンを齧られたのだと嬉しそうに語り、鼻息が大きく響いた。

歳の差がかなりあるはずなのに「まるで私たち、女学生みたいよね。」というユリさんの言葉について行くことにした。

「相手は変わらないのに、なぜ自分だけが急に不安になって相手を試すんでしょう。」
「相手に嫌われたいんじゃないの。愛してくれるはずがないって信じてるから。」
「ちょっとそれ、きついですね、わたし。」
「そうね。ずっときついのかもしれない。」

ずっとこれからも人を試していくのか。受話器を持ってない方の手でバイブの電源を入れてベッドに転がしてみた。思った動きと音で激しくベットの下に落ちて、思わず笑ってしまった。

「あーなんか機械じゃないっすね、人間。」
「私はおばあちゃん、何も分からない。」
「ねぇ、なんで真面目に答えてくれないんですか。」
「早く寝なさい。明日は違う男と会えるかもしれない。」


恋を作って、うまくいく気配を自ら消していく私は何かの研究を無意識にしているに違いない。

でも、なにも分からない、今夜。

カーテンを開けても工事の足場で映えない向いのビルが冷たい。

受話器を置いて、電気を消した。携帯の電源も切った。おばあちゃんと同じ建物の中にいて、彼女は男女の雰囲気を微笑んで見て、私は寝ていく。

耳の奥に少し残っている「何も分からない」と判断してくれない無責任さが、寝つきをよくしていった。

思いっきり次の執筆をたのしみます