【瓦版】今夜はシャッフルさせて
今夜は両手に50枚の正方形。ああ、コンドームの話である。
なぜか昔からコンドームをよく貰う人生だ。自分で買ったことなんてほとんどないんじゃないか。色、機能、厚さ、ジェルが入っているものも。
高円寺の立ち飲み屋で横揺れになって酔えば、右横から今夜の相手がやってきて「ここ半年で一番おもしろい話」というのを披露してくれる。まずまずで最高、あまり楽しい話をされちゃうと悔しくなるから、こっちの自尊心が穏やかなうちにもう1軒行こう。
急な「コンビニに寄りたい」というリクエストにお応えして、両手を前に組み入り口で待つ。サッカーのPK戦の気持ちだ。股間はいかなる時も守られなければならない。
彼が何を買おうとしているのか、そんなの考えなくても分かる。コンビニで買える中で一番きつくて栄養が高いものであって欲しい。
「お待たせ」その言葉、待っていた。これあげるって、ガサガサのビニール袋から取り出されたオレンジジュース。今日は何もないんだと、通りすがりの人が話していた。私たちのことかもしれない。柑橘類って、こんなに神経を逆撫でするんだ。
「どこも空いてないね、カラオケ行こうか」
「早く家に帰りたい、一緒に」
私は急いだ。カラオケなんかいつでも出来るだろう。なぁ?
男女の出会いは、一瞬の間が命取りになる、鮮度命、びちびちびっち。
手を繋ぐと、さっきまで他人だったのにまるでカップルみたいじゃない。ほっぺたにキスをされても、すぐにはそっちを向きません宣言。誘ったのに?ってそんな顔をされたら、は〜い向きます、いいなこれ。
部屋に入るなり抱き合い、ローリングするあたし達。痛い痛い、かべに頭打ったけど、アドレナリン出まくりで、んなこたどうでもいい。
ズボンを脱ぐの早いですね、こっちだって負けないからね。ガルガルガルガル、男が危ない目になってきている、間合いを取って「どうどうどう」となだめます。
私は秘密の棚のもとに、彼に両手を振りながら後ろ向きに歩いて近づく。これまでいろんな人から貰ってきたコンドームが整理されている、快楽の棚。
約50枚だ。いろんな顔が思い浮かぶ。途中、本命から電話が鳴って私を置いて逃げた男。勃たなくて急にタバコを吸ってごまかすように政治の話を始めた男。告白したらコンドーム1箱くれながら振ってきた男。池袋の中心で余ったからあげるとくれた知らない半泣きの男。
ひとつひとつの箱、ひとつひとつの袋に意味がある。ドラマがある。託された思いがある。
今夜の相手を待たせる時間は、あたしにはない。
でもさ、これだけの枚数、機会を損失してきたのかと思うとこみ上げるものがあるじゃない。悔しくなってくるじゃない。
目を閉じて、大量のコンドームたちを混ぜに混ぜてシャッフルした。
ど・れ・に・し・よ・う・か・な
てんのかみさまの、いう通りにはいかないんだなかなか!
いろんな男たちの顔がまざって、個性も1つになり、これだ!と思えるコンドームを選んだ。
ちぇっ、3箱パックで1000円のやつかよ。
これを手に取ってしまったからには使うしかない。しかし、なんでこれなんだ。なんで元彼から別れる時に一緒に使ってたやつを無理矢理私の引越しの段ボールに詰め込まれたやつなんだ。
「いいの〜?これ他の人と使っちゃうかもよ」と元彼に言い放った自分の声が思い出された。泣きそうになりながら震えながら調子に乗った発言は、時を経て今ここで回収されようとしている。
仕方ない、上塗りしていこう、全てを。
お待たせ〜!とくるりと周り微笑んでからは得意技。丁寧に袋から出して渡そう。相手は無毛に剥けまくってるから簡単だ。
「久しぶりするんだよね。覚えてるかな、やり方」
今年で120回は言った気がする定番のフレーズを言ってる途中で、花火は上がる。燃えるファイヤ、始まりのはじまり、おっと〜?そこは違う穴じゃないですか。まぁいいか。すべてが元彼を忘れさす儀礼だと思うと、今日はなんだか楽しい気がする。
おいおい、長持ちすぎてびびるわい。そこまでのポテンシャルがあるなら次も会ってもいいかもな。
「明日さ、プレゼンなんだよね。まぁ勝つけど。」
明日も勝つのか、この男。わたくしの前だけで勝ってて欲しかった。急に冷めちゃって、1.5メートル先に落ちているパンツを履いた。股間部分の布が冷えている。冷やしパンツ、始めました。23度の冷房が右頬を冷やしに冷やし、どんどん私をクールにさせた。
「私もさ、明日あるんだよね」
何がと聞かれたが、色々と答えた。色々だよ、色々に決まってんでしょ。色々ってなんだ。銭湯入るだけだな。
コンドームのシャッフル遊戯は、自分の過去の思い出を精算するものだと思った。よく混ぜれば混ぜるほど、カオスになって、思い出も歪んで消えていきそう。
さぁ、明日もあるんだし、今日は早く寝よう。
思いっきり次の執筆をたのしみます