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Silver Story 【帰国、それから】#56

ユキさんの家に着くとそれからはバタバタでまだ違和感の残った足をかばいながら帰国の支度に取り掛かった。
荷物はさほど多くなかったので、そんなに時間はかからなかった。

これまでをふり返ると本当に不思議な日々で、人の縁(エニシ)を感じる旅だった。
縁がある人、深い絆で結ばれた人は、どんなに離れていても何十年も会えなくても必ず人生が交わり、共に生きていくのかもしれない。
日本で光一さんに出会った時からもしかしたらこの縁は、始まっていたのかもしれない。

初めてこの家を訪れた時からお世話になってしまったユキさん手作りのカウチに今一度、ゆったり寝転んでみた。
天井からゆっくり部屋の隅に目をやり端から端まで眺めながらここに来てからのことを思い出していた。

また来ることがあるのだろうか?もし来るなら今度は、1人ではないと思う。そうなる事を願いつつ部屋の調度品や、窓から見えるブランコやバリの空や光をしっかり覚えておこうと目に焼き付けていた。
台所から漂う香りが部屋中に流れてくるのに気がつき体を起こして台所に気をやるとまた、母娘の心地よい会話が聞こえてきて、明後日にはもうそれも聞けないのかと思うとなんだか急に寂しくなってきた。
日本の、それこそ味噌汁や煮ものなどの出汁の香りがする料理を忘れるくらいこっちの香辛料や味に慣れてきたのにあと数回しか味わえないのもそれも寂しいなどと思いながら深く空気を吸った。

二人の笑い声やこっちの言葉のやり取りがとても心地よくこのままここにとどまりたくなりそうだったので、荷物の側のカメラを手にして自分を取り戻すことにした。
この中には私という全てが収められている。日本での生活や仕事、好み、いや、私が日本人ということ。私のいままでの軌跡が入っているから、それを再認識するためにカメラを開くことにした。

#小説 #バリ島 #バリの話 #あるカメラマンの話

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