見出し画像

中核派と熊野寮自治の共生関係について〜当局闘争の観点から〜(2448 字; 5 分)

無料カンパ制にしています。


本文

熊野寮にはたしかに中核派といわれる人たちがいる。

僕の理解の範疇では、学生運動の時代から共産主義革命を志して活動している人たちで、いわゆる左翼だ。本当に過激な活動をしていた時代もあったと思うし、いまでも僕の知る限りいろんな所のデモに参加したりしているので、日本にしては過激なことをしている部類なのかもしれない。

この中核派と熊野寮の関係性に関して、私見を述べたい(僕としては中立な情報発信のつもりだが、香ばしいトピックなので、反応によっては後で消すかも)。

中核派が寮生たちからどのように見えているのか

個人レベルで
まず、中核派の人たちが寮生からどのように見えているかーということに関して。個人レベルの繋がりでは、人間的に好き嫌いが普通にある感じだ。名前のつく思想・主義があるからといって、その人の人間的性質が急激に大きく変容してしまうことはさすがに考えにくい。

団体レベルで
次に、中核派が団体として寮生からどのように見えているのかーということに関して。どちらかというと、ネガティブなイメージを持っている人が多いと思う。

第一に、中核派がいるから、公安警察は毎年毎年、機動隊を熊野寮に送り込んでくる(数年前までは京大当局はこれに対して抗議活動してくれていた)わけだし、そのために中核派でない98 %くらいの学生がおかしなイメージを持たれたりすることがある。

第二に、最近はあまりないようだが寮内の議論に中核派が団体として意見・反対してくるときなど、かなり強固で普通の学生の体力で付き合いきれるような相手ではなくなってしまうことーつまり、多少暴論のように見えるものでも通してしまう強制力がある。それを正義だと思うからこそ本人たちは頑張るのだが…

上記の理由の他にもいろいろあるとは思うが、結論としては中核派の人たちは、個人レベルの付き合いでは普通の人間関係を構築している人たちが多く、その団体の活動や行動に関しては、どちらかというとアンチな寮生のほうが多いように思う(無関心な人たちもかなり多い)。

中核派と寮自治の共生関係

どちらかというと寮内に中核派アンチな人たちが多いこともあって、寮内では中核派を追い出そうという動きが何回もあったようだが、今日にいたるまでそれは成功していない。その時の詳細な議論を僕はフォローしていないので、ここでは語らないが、中核派の人たちが熊野寮にもたらしているのは何もデメリットばかりではないーという所が大きいんじゃないかと思う。

中核派の人たちは概して寮自治に積極的に参加している人たちが多く、仕事する寮生を追い出しにくいし、中核派の人たちは京大当局が一方的に熊野寮にしかけてくる攻撃に対して、一部の寮生たちと一緒になって、抵抗しつづけてくれている(当局闘争)。寮自治会としては自分たちの生活を守り・将来の貧しい京大生が使える福利厚生施設を維持するために当局闘争を継続することは大事なのだが、学業や研究・バイトに忙しい大多数の寮生にはそれをすることは非常に難しい。だから、当局闘争に情熱を感じてどんどん実行してくれる中核派が寮内にいることは寮生にとって何も悪いことばかりではないのだ。それが、寮生をして中核派を追い出しにくい理由となっている。

補足情報

ここで3点補足して終わりにする。

文部科学省の方針と京大当局が自治寮を攻撃する意味

僕が理解している範疇では、京大当局が吉田や熊野のような学生自治寮を攻撃する理由は、第一に文部科学省の方針に則っていないことと、第二に経済性だと思う。

現在の文部科学省が方針として掲げている学生寮の設立方針”新新寮規定”によると、学生寮というのは、外国人と日本人を一緒に住まわせて「グローバル人材」なる人間を輩出するための装置ということになっているらしい。なので、吉田や熊野のような、コミュニティスペースをあえて確保し、学生同士の交流・団結を促して社会性を醸成するような学生寮は、文科省の方針にあっていないのだ(吉田や熊野寮は”新寮規定”というひとつ前の方針に則って建築されているらしい。ちなみに、ハーバードやスタンフォードなど北米の一流大学は学部1・2年生のときは全寮制にして社会性を学ばせることで優秀な社会的リーダーを輩出している。自治寮ほどではないが、管理化された寮よりもずっと自治が機能しているらしい)。

次に、経済性に関しては大学が法人化したタイミングで、激安で住めてしまう学生自治寮は儲からないので、管理寮化して賃料を引き上げ、学生寮からもお金を儲けなければ大学の経営としては苦しくなったという側面がある。こればかりは簡単に批判しにくい。大学当局も不可抗力な面があると思うからだ。

当局闘争による団結

上記した理由で京大当局は吉田寮や熊野寮を攻撃してくる。目的は、学生自治寮の解体・管理寮化だ。

ただ、この攻撃に関しては、寮生全員が必然的に当事者となるし、攻撃してくる対象も明確なので寮生間で対立する立場が生まれにくく、一緒になって反抗しやすい。京大当局が学生自治寮を攻撃することで、寮生たちの団結はいっそう促進されているし、それは、ひょっとすると熊野寮の自治文化の中で根幹をなすものかもしれない。

京大当局が中核派をいつかせているという側面

「中核派と寮自治の共生関係」のところでも話した理由から、京大当局が中核派を熊野寮にいつかせているという側面もある。寮生たちからすれば、ある程度中核派のおかげで自分たちの生活が守られているからだ。

それだけではない。中核派のメンバーの中には、熊野寮に対する愛着が非常に強く、熊野寮を守りたいという観点から中核派に入った寮生もいる。中核派は全国で対権力闘争を展開しており、その一部としての熊野寮の当局闘争という位置づけがあるので、ある意味中核派からの後援も受けやすいわけだ(ちょっと間違ったこと言ってるかも)。

京大当局はしばしば「熊野寮は中核派の拠点です」といって攻撃してくるようだが、それはかなりマッチポンプなのだ。

ここから先は

0字

¥ 120