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けもののなまえ

6月3日、produce101 japan season2、通称「日プ2」の第2回順位発表式が行われ、私は1pickを失ってしまった。彼の名前は笹岡秀旭、埼玉県出身の20歳で、聴くものを圧倒させる歌声を持った心の優しい男の子だった。

日プ1で1pick瀧澤翼の脱落を経験し、縋るように投票していた大澤駿弥がデビューから漏れてしまった私は正直オーディション番組なんて懲り懲りだった。そもそもアイドルのオーディションというものに正直あまり興味はなく、韓国版も全く見たことはない。だって頑張ってるのはみんな同じで、頑張れる量やその先にどれだけ結果が出るかどうかは人それぞれだ。そこに大人たちが介入し、映像はドラマチックに編集され、順位がつけられる。美しい夢を持つ少年たちにはあまりにも残酷だ。じゃあ見なきゃいいじゃん、と言われればそれまでなんだけど、そんな醜い箱を恐る恐る開いてみればそこには元ジャニーズJr.、元プロダンサー、元地下ドル、恋愛バラエティ出演者、youtuber、TikToker、一般人まで様々な経歴を持った少年たちでごった返したカオスな世界が広がっていた。そこで彼らはデビューという一つの夢に向かって謙虚に走り続ける。その過程で我々が目の当たりにする汗と涙は残酷な企画とは裏腹に皮肉なほど美しい。一度その美を摂取してしまったが最後、彼らを応援せずにはいられなくなるのだった。そこで1pickを見つけてしまえば尚更である。

練習生のプロフィールが公開された1月30日、まだ番組を見るつもりもなかった私は軽い気持ちでPR動画などをチェックしていた。しかし翌日には既に笹岡くんの宣材写真を持ってきて「育ちが良さそう」「わんぴくかも」などとツイートしている。PR動画はだいぶクセが強いけど、非常に真面目そうな笹岡くんの性格が、本人の意図しない形で滲み出ているような気がして、芸歴が長くカメラに慣れた様子の瀧澤翼くんよりも素人っぽい感じもあり、余計に背徳感を高める。今にして思えば、いや思わずとも完全にタイプだった。笹岡くんはその後も大勢のファンから骨格を褒められ続けるのだけど、何故か私も2月1日の時点で骨格が綺麗だと言っている。みんな見るところは同じだと思った。

いざ番組が始まると、笹岡くんはあまり放送される分量がなかった。そんなところも瀧澤翼くんを思わせる。しかし笹岡くんは少ない分量の中で、辛い思いをする練習生たちを毎週のように元気付けていた。今でも強く印象に残っているのが、番組内で初めて歌とダンスを披露したとき、初対面のトレーナーに褒められて舞い上がった一瞬を厳しく指摘された小林大悟くんに「いっぱい頑張ったから安心したよね」「そうだよね、そりゃするよ」と語りかける姿だ。あのクラス分け評価では、どの練習生も自分への評価を真っ先に気にする。この日のために練習してきたパフォーマンスをプロからこき下ろされてしまうのだから当然だ。みんながみんな自分のことで精一杯になってしまうあの場で、自分の評価を後回しにして、傷ついている小林くんのフォローに回ることができる人が101人の中で一体何人いたのだろう。それができるのが笹岡くんだった。私の1pickは間違っていなかったことを確信した。

その後も笹岡くんの出番を期待しながら、毎週木曜日にGYAO!に齧り付く生活は続いた。しかし笹岡くんが大きくフォーカスされることはなかった。辛い日々に涙する練習生に分量が割かれ、笹岡くんは常に彼らを励ます側として存在している。ダンスの指導に悩む練習生が弱音を吐くと、笹岡くんは「いいんだ、いいんだ」と優しく励ました。不思議なことに、笹岡くんは追い込まれた練習生に常に寄り添うように声をかけている。決して無理に頑張らせようとはしないところが、彼の本当の優しさを思わせた。ポジション評価では一度センターになったにも関わらず、納得のいかない他のメンバーからの申し出を受けて再度センター決めをした結果、サブボーカルになってしまったこともあった。笹岡くんのファンはきっとこのポジション評価へ複雑な感情を抱く人も多いだろう。日プという場においてセンターに「待った」がかけられて変更になることは特段珍しいことではない。笹岡くんの代わりにセンターになった阪本くんもとても歌の上手い子で、笹岡くん自身も番組開始前から彼の歌声を褒めていたほどの実力者だ。それでもセンターになれず涙を流して悔しがる練習生も多い中、笹岡くんは快くその座を譲り、「最高の作品を作ってくれよ」と彼をハグしたのだった。私はとても悔しかった。優しすぎて損をしてしまう人だと思った。でも心のどこかで、そんな笹岡くんを期待している自分がいたのも事実だった。損をしてほしいわけじゃない。笹岡くんの優しさを決定付ける何かが欲しかった。言い方が悪くなってしまうけど、センターを奪って輝く笹岡くんよりも、奪われても怒らない笹岡くんのほうが、私の解釈通りと言えるからだ。しかし、そんなエピソードがあったポジション評価でも、番組は頑なに笹岡くんへ分量を割かなかった。センターを降ろされた彼の悔しさや苦悩は一切放送されず、初のリーダーを務めていたにも関わらず、その仕事ぶりも分からない。グループ内ではセンターの阪本くんに次ぐ2位を獲得していたが、放送では1位と3位が頂上決戦のように編集されていた。あと一歩のところで1位だったのに、リーダーを務めていたのに、センターを降ろされたのに、その時の笹岡くんの感情を、私たちは今でも知らないままだ。

番組がコンセプト評価に入った頃、笹岡くんの順位は30位まで落ちていた。ファンが投票したオリジナル楽曲で戦うこの評価で、笹岡くん自身が選んだ楽曲とファンが選んだ楽曲が一致し、「goosebumps」という強めな曲を披露することになった。HIPHOPの要素が色濃く反映されたこの楽曲は、笹岡くんの柔らかいイメージを覆し、新しい一面を見せるのにピッタリだと思った。そして同じチームになったメンバーはラッパー志望やダンス経験者が多く、笹岡くんがメインボーカルとして輝ける環境が整っていた。しかしここでも番組は笹岡くんに分量を割かなかった。ダンスはほぼ未経験である笹岡くんが西洸人くんを筆頭としたプロ集団についていくだけできっと大変だったはずなのに、今まで以上に痩せた体で笹岡くんは当たり前のような顔をしてダンスをこなし、踊りながら難しい高音で歌っている。そしてリーダーを務めた池﨑理人くんが精神的に追い詰められているのを見て、「ちょっと休みな」「今無理しなくても間に合うから」と声をかけている。goosebumpsはグループ1位となり、笹岡くんは2万票のベネフィットを獲得し「初めて勝てた」と言った。そして次の週で、笹岡くんは20位以内に入れないまま脱落した。

こうして笹岡くんの感情は、私たち視聴者にはほとんど分からないまま、笹岡くんの日プは終わってしまった。最後に分かったのは、ホテルの一人部屋で「夜一人でいるのが不安になる」と言っていたことだった。それも練習中のインタビューなどで弱音を吐いたのではなく、お悩み相談にきたJO1の鶴房汐恩が事前に集めたアンケートらしきものを読み上げて判明した事実だった。厳しい練習の中で挫けそうになる練習生たちを励まし、優しい声をかけていた笹岡くんが、一人ぼっちで夜な夜な不安と闘っていたなんて、一体誰が知っていただろう。彼の繊細な心を知るまでに、こんなに時間がかかってしまった。番組はとうとう、笹岡くんの心に寄り添ってあげられないまま、彼を置いていってしまった。

コンセプト評価で1位を獲得したグループだけに与えられるインタビュー記事で、笹岡くんは珍しく自身の話をした。中学生のときに親友が不登校になってしまい、自分も引き篭もり気味になってしまったこと、その時に一人でカラオケに通っていたら音楽に心を救われたこと、そして自分も歌を歌いたいと思ったことを明かした。練習生たちの過去画像や知り合いからのタレコミなどでプライベート情報がダダ漏れになるインターネットでも何も情報がなかった笹岡くんから初めて明かされた過去から、彼の優しさは弱さの上に成り立った強さからくるものだということが分かった。だからこそ笹岡くんは他人の気持ちに寄り添ってあげられる人で、笹岡くんが目指す音楽そのもののような人格が形成されている理由としては充分すぎるエピソードだった。何より番組以外の場所でこうして貴重な話をしてくれることが、個人的にはとても嬉しかった。

美しい汗と涙で溢れる日プという番組で、笹岡くんの涙に分量が割かれたのは、彼が脱落したときだった。そんな涙が見たかったんじゃない。笹岡くんの嬉し涙が見たくてずっと投票していたのに、無力な自分に嫌気がさすばかりだった。しかし本当に最後のインタビューでは涙を見せることなく、「今まで通り何かを頑張っていると思うので、皆様どうか僕を、心のどこかで覚えていてくれたら嬉しいです」と答えていた。他の練習生が「諦めません」「待っていて下さい」と答える中、これからも芸能界にいてくれるのか、一般人に戻ってしまうのか、どうとでも取れる答え方だった。こちとら「心のどこか」どころか、日プの笹岡くんを失ってから、何をするにも笹岡くんを思い出してしまって、バカみたいにこんな長文を書いている始末だ。当たり前だけど、笹岡くんは死んだわけじゃない。今もどこかで、きっとご実家で、一人ぼっちの不安から解放されてゆっくり身体を休めているはずだ。それが私にとっての唯一の救いだった。今でも過去に謎が多く優しいということしか分からない笹岡くんが今後公の場に現れなければ、もしかしたら全部自分の妄想だったのかと思ってしまうほど、彼は私にとって理想的と言うべき20歳の青年だった。そんな笹岡くんを失ってすぐに立ち直れるわけもなく、こうしてグダグダと半分愚痴のような文章を書いているわけだけど、それでも笹岡くんに「いいんだ、いいんだ」と言って貰えるよう、自分の気が済むまで落ち込みたいと思う。笹岡くんの日プは終わってしまったけど、番組はまだ続いていく。きっと笹岡くんもファイナルを観にくることだろう。私にできるのは、笹岡くんが健やかな心でいられることを祈るだけだ。言いたくなかったけど、笹岡くん、ひとまずお疲れ様。笹岡くんの歌声と優しさに練習生だけじゃなく視聴者もたくさん救われました。たくさんの優しさと楽しみをくれて、本当にありがとうございました。笹岡くんさえ良ければ、また歌を聴かせて下さい。ずっとずっと待ってます。