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君の横で祈る

 こんな夜中に鳥の声なんてするのだな。
 ふと、夜空から目を外し、木々の辺りを見渡してみる。なんという鳥だろう。本来ならば朝に似合うような高く、細い声だった。

 いつものコンビニエンスストアに行く途中、そんなふうにふと、足を止めてしまうことがよくある。だから多分、僕はあまり人混みなどは向いていない。後ろから歩いて来る誰かとぶつかったりもするし、そうなるとどれだけこちらが謝っても急いでいるような人たちには通じてくれないからだ。そして妙に悲しい気持ちになってしまう。そこまで繊細ではないのだが。
 それから、こうして夜に歩いていると、午後22時と言う遅い時間帯なので、何となくすれ違う女性でも僕の横を通る時、明らかに体を硬くして警戒するのが判る。女性には男の一人歩きは怖いだろうと思う。それは自分でも自覚している。Tシャツにスウェットと言う何てことない服装であろうと、どれほど家から普通に買い物に来ました、と言う顔をしていようと、体格は明らかに僕の方が良いからだ。それだけで何をして来るか判らないように受け止められることもあるのだろう。
 もちろん、僕だって女性が例え普通の格好で歩いていたとしても、この時間だと訳もなく怖いと思うことはある。それはやはりどこかにナイフを隠し持っているのでは、とか、わざとぶつかって来て「痛い!」とか叫んだのを合図に暗がりから明らかに悪者みたいな鋲のついた革ジャンに黒いサングラスとかを身に着けた男が出て来て「俺の女に何してるんだ?」なんて言われて財布を奪われるのでは、などと想像してしまうからだ。ただ女性の恐怖の方がそういったものも含めて男よりも大きいだろう。 だからまったく知らない人だけど、通り過ぎたあとに、怖がらせてすいません。僕はまったく無害ですから気にしないで下さいね。もしまた会ったとしても、と、心の中で話しかける。テレパシー能力がある人なら通じるだろう。ぜひ通じて欲しい。

「いらっしゃいませ。エージーマートへようこそ」
 いつも王様気分になる自動ドアと明るい照明が僕を迎えてくれる。
 僕はオレンジ色のカートを手に取って「こんばんは」と挨拶する。いつものバイトの兄ちゃんだ。僕の息子だと言っても通じるような若さである。彼はレジを離れていて、商品をチェックしては何かに書き込んでいる。僕はいつもの350㎖の缶ビール6缶パックをまずカートに入れ、つまみを選ぶ。うす塩味のそら豆、いいね。あとは何だろう、もずく酢と豆腐、ぶっかけて食べよう。それくらいか。明日の朝は冷蔵庫に何かあったかな。飯はあるし玉子もあるから何とかなるか。あと冷凍のうどんもあった。

 僕はそれらに決めてカートをレジの上に置いた。兄ちゃんが気づいて、小走りでやって来た。
「ポイントカードはございますか?」
 マスクをしていると言うのによく聞こえる通る声だ。僕は財布の中からすぐに出して裏面のバーコードを表示する。
 いつもありがとうございます、と兄ちゃん、もとい、青年、もとい、バイト君が言って、ピッとバーコードを読み取る。大した量でもない商品をひとつひとつ機械で読み取りながら、袋に入れやすく端に並べる。ここはエコバッグを用意しなくても『環境にやさしい植物由来のバイオマス素材を25%以上配合した』ビニール袋を使用しているため無料だ。これはとてもありがたい。いくら一人暮らしの男だって生ごみを市で決めた袋にそのまま直に入れるのには抵抗があるので、そんな時こういう袋はとても役に立つからだ。そもそも有料化なんて必要だったのか? そんなことを考えている間にバイトさんの袋詰めが終わった。
「あ、ビールを買うとソーセージがついているんです」
「ほう」
「どれがいいですか?」
 バイト君はレジの下の方からおまけとなるソーセージを3品出してレジの上に並べた。味が違うらしい。
「ベーコン味と辛いのと、ええとこれは普通のですね」
「じゃあ、ベーコン味で」
「ベーコン味ですね。判りました」
 そう言って、半券のようなものに判を押す。
「全部で999円になります」
「お、ゾロ目だね」
「そうですね」
 バイト君の目が微笑んだ。人懐こい印象だ。
 僕は細かいのを持っておらずそのまま1000円札を渡し、バイト君がそれを確認した。
「1円のお返しになります」
 軽く半分に折ったレシートと1円玉をトレイに乗せて、アクリル板を超えて僕の手元にすっと寄せた。僕はポケットにレシートを押し込み、1円玉をどうしようか迷っているその一瞬にバイト君は「どうぞ」と持ち手をくるりと丸めて、持ちやすくして袋をこちら側に寄せてくれた。僕はちらり、と横を見て『盲導犬のための募金箱』の中にお釣りの1円玉を投入した。
「あ、どうもありがとうございます」
 バイト君はまた微笑んだ。僕は、どうも、とだけ言ってガサッと買い物袋を手にした。ソーセージのおまけが嬉しかった。

 王様気分になる自動ドアがまた目の前で開き、背後からバイト君の爽やかな「ありがとうございました。またどうぞ」という声が響く。満点の星空と淡い風が心地良く、夜の風の匂いはしなやかだった。


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一作目はこんな感じになりました。
本当に、何てことのない日常の中の心の声のようなものです。こんな感じの場面や物語などをちょこまか更新して行けたらいいな、と思います。どうぞ宜しくお願い致します。登場人物はフィクションです。

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