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演劇を、グラフィカルに語ってみませんか? ――視点を削ぎスピーディに描写する演劇グラレコワークショップ

6月27日〜7月7日に東京芸術劇場で開催する『プラータナー:憑依のポートレート』(国際交流基金アジアセンター主催「響きあうアジア2019」プログラム)では、新しい演劇体験ができるプログラムがあります。その第一弾として開催された、「『プラータナー』スクール:ファシリテーション編」に続き、「グラフィックレコーディング編」が6月2日に開催されました。

4時間におよぶ『プラータナー』のゲネプロ(*)をグラフィックレコーディングするこの試みは、単に描くこと、記録することが目的ではありません。
描かれた記録をもとに対話を生み、対話から自分と異なる視点を得て、作品の新たな側面に気づいたり解釈を深めたり。演劇の新しい味わい方を開発しようというチャレンジです。

演劇を“グラフィカルに語る”ために、スピーディなドローイング「焦点を定める」エクササイズなど、予行演習として行われたワークショップの様子を画像たっぷりにお届けします!

(*)ゲネプロ……本番同様に実際の舞台上で行う、最終リハーサルのこと。

◎今回の記録は「巧さ・正しさ」ではない。

ワークショップで講師を務めるのは、ファシリテーション編に続きワークショップファシリテーターの臼井隆志さんと、グラフィックレコーダーの清水淳子さん。これまで数々のプログラムを手がけるなかでも、「演劇の」グラフィックレコーディングは二人とも初めての取り組み。次には何が起こるかわからない!というスリルを味わいながら、次々とワークが展開されていきました。

序盤のワークは以下の通り。

・今日会場に来るまでにあったできごとを描く
・「文字」と「ドローイング」のエクササイズ
・偶然をつかう
・奥行きを描く
・断片を取り出し重ねる
・時間を描く
・動きの特徴を描く

冒頭には、こんなルールの提示もありました。

1. 描き淀みをいとわず、感じたそのものを素直に取り出す
2. わかりにくさを恐れず、他者の読み取りを信頼する
3. 他者を「わかりやすさ」で評価せず、描いたことに敬意を持つ

レコーダー(書き手)は、巧く描こう、正しく伝えようという気持ちよりも、楽しむ感情を大切にすること。ファシリテーター(読み手)は、書き手がどんな情報をキャッチして何を感じたのか、紙に表れていないものを汲み取ること。こうした意識に足並みを揃え、いよいよスタートです。

◎描写と視点を定める5つのエクササイズ

▼1-「文字」と「ドローイング」

「人間」「human」という、同じ意味でも異なる“言葉をドローイング”するワーク。文字をもとに、10個の絵のパターンをつくります。漢字とアルファベットで描くイメージががらりと変わる感覚に、早速会場はざわざわ。

▼2-偶然をつかう

わーーーっと無作為にペンを動かして、一見ぐじゃぐじゃに見える線のなかから「人間」を見出すというもの。棒人間を発見する人もいれば、手だけ、足だけを見つける人、顔を浮かび上がらせる人など様々でした。

▼3-奥行きを描く

デッサンは光と影をとらえるものだけれど、このぐるぐる描きは断然イージー。螺旋をひたすら描きながら、会場にいるカメラマンの加藤さんをみんなでスケッチ。螺旋だけなのに、カメラを構える姿がしっかり見えます。

▼4-断片を取り出し重ねる

会場を眺めて目に入ったものだけを、位置やスケール関係なしに印象の強さだけで描きます。この日会場では、みんなあぐらや長座など好き好きに座っていたのですが、この方はそんな誰かの足をとらえたのかも。

▼5-時間を描く

講師の臼井さんが参加者の手元を覗いたりスマホで写真を撮ったり。そんな一連の動きから、印象的なものを描きます。今回時間軸が入ってきたことでぐんと情報量が増えるなか、たとえば身体の動きだけ、顔の向きだけなど、大事なのは情報の断片を切り取ること。時間・自分の技量・描きたいものを考慮して諦めることも肝心。「自分の焦点を定めること」がポイントです。

ちなみにこの5つは、ピーター・ジェニーというビジュアルデザインの教授によるドローイングテクニックのひとつを元にしているとのこと。

◎感受性が爆発する 1分で描く創造性

▼動きの特徴を描く
みなさんの、ある種“タガが外れた”このワーク。2名のダンサーの動画を切り取った写真を数枚ずつ見て、感じたイメージを1枚1分で描きます。その時間のなさにギアが上がったのか、感受性と創造性がここで爆発!

静止画からもビシビシ伝わってくるダンサーのパワーを、手足の動きに感じたのでしょうか。胴体は描かず顔・腕・脚だけなのに、風を切る勢いが伝わってきます。

こちらは別のダンサーの写真から描かれたもの。ダンサーの芯の通った様子を見て「この動きは(身体の)軸が大切なんだろうな」と感じ、体幹に集中して描いたとのこと。

「ダンサーのおしりが気になって。でも足を描かないとおしりが見えてこないから足を拾っていった。一番描きたい筋肉を描く、って最初に決めました」と話す方は、1巡目で他の人が行っていた陰影の記録を取り入れてみたとのこと。印象的な部分と照明があたっていた箇所に色を置いたそうです。影を濃く塗るのはよく見ますが、この反転した配色がおもしろい!

◎実践! 舞台を紙面に立ち上げるグラフィックレコーディング

そしてついに、『プラータナー』のグラフィックレコーディングへ。5分程度の映像を見て、3人1組で役割分担して描くワークです。1人目は「目に見える演者の光景」、2人目は「台詞の内容から浮かんだもの」、3人目は、「その他印象に残ったもの、自分の気持ちなど」。

5分間の張り詰めた空気のなかで生まれた記録には、それぞれの着目点、膨大な情報の切り取り方とその表現味の違いが存分に出ていました。

作品のひとつをベースに、参加者に作品の感想を聞きながら清水さんがグラフィックを重ねていくと、スケッチに奥行きが増し、会場からも「なるほど〜」の声が。「目に見える光景」として描かれた舞台上の様子と、「台詞から浮かんだもの」であるグラフィックが線で結ばれるだけで、ほら。

二度目の記録では、こんなユニークなものが生まれました。台詞のなかに出てきた「水面に映る自分」といった「視覚」の描写や「蒸し蒸しした空気」といった「触覚」の表現からインスパイアされたのか、五感の情報が顔面の構成で表現された作品。

「音」に関する描写が多い、と感じた参加者の方は、潔く線だけで記録。台詞に出てくる「水の音」という言葉から浮かんだアイデアだそうで、役者の声のボリュームや台詞に出てくる音に関する描写をパルス(脈)で表現していました。他の方の記録と合わせると、舞台の様子を立体的に感じられます。

ワークや参加者同士の共有&解説を経て、物凄い集中から解放されたところで、講師のお二人から総評と当日のアドバイス。

臼井さん:
「絵を見ながら解説を聞くなかで、自然とイメージが浮き上がってきました。キャプションのように、ある程度解説を書いてもよさそうですね。第三者が記録を見た時に解読する手がかりになるから。わかりやすくするためのものではなく、絵を持って口で解説する時に『こことここが……』と指差しするような、解読のフックになるようなイメージです」。

清水さん:
「言葉にすると強くなりすぎることがあります。『見る』『香り』といったキーワード程度がいいかもしれません。書き手が語りの切り口を、フックとしてどこに置くかを考えることも大事。みんなに語って欲しいほしいところに“えさを撒く”といいますか。いっそ、言葉を無くして、絵だけにして、みんなに解釈を投げかける仕掛けもいいかも(笑)! そんな、第三者に“意味を迎えに来てもらう”やり方もアリかもしれませんね」。

臼井さん:
「『プラータナー』の脚本・演出をしている岡田利規さんは、役者の言葉と動きのズレが特徴的な作風をされる方です。全部をきっちり描くのではなく、そのズレを感じて描いてみるのも面白そうです」。

清水さん:
「今回は役割をわけて複数名で記録しましたが、当日は1人全役で時間も4時間。全部を描こうとしないで、目についたものだけを描いていったり、シーンごとにまとめて描くやり方でもよさそうです。もっと情報を絞って、ゆったり描くといいますか」。

演劇をグラフィックレコーディングする、という比類ない試みにたくさんの発見があった今回のワークショップ。本番では、実際の舞台で感じる現場の空気、役者の息遣いなど、リアルな情報にたくさん触れるはずです。当日の様子や描かれた記録は、後日なんらかのかたちで一般公開予定なので、ぜひお楽しみに。『プラータナー』の挑戦は、これからも続きます!

6月27日(木)〜7月7日(日)に東京芸術劇場 シアターイーストで開催される『プラータナー:憑依のポートレート』公式サイトでは、公演情報、作品の詳細や関連書籍、参加方法、チケット購入などのご案内をしています。こちらもぜひご覧ください! https://www.pratthana.info/

写真=加藤 甫
文=原口 さとみ
協力=AWRD(ロフトワーク)


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