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新しい演劇体験の挑戦、はじめます ――劇場を「わからないを楽しむ場」にする4時間の実験

スケッチブックとペンを持ち、客席で“記録しながら”観劇する。
観劇後に、“観劇者同士で”ポストトークを開催する――。

「マナーモードまたは電源をお切りください」のアナウンスの通り上演中の記録行為はNGだし、ポストトークといえば(わかりたいのに専門的で理解しきれない)有識者の話を聞く時間……という“決まりごと”をふっとばす新しい観劇スタイルがあったら、どうでしょう?

2019年6月27日〜7月7日、国際交流基金アジアセンター主催「響きあうアジア2019」プログラムのひとつとして東京芸術劇場で開催される『プラータナー:憑依のポートレート』には、客席で観るだけではない参加方法があります。

「観客の創造力を可視化する」ことを目的につくられた、お客さん同士の感想共有を導いたり(ファシリテーション)、演劇体験を記録すること(グラフィックレコーディング)に挑戦するプログラムといった、いろんな角度からの演劇の入り口。今までにない仕組みをさまざまな方に味わっていただきたい思いから、プログラムを紹介したり実際に体験するイベントを渋谷・FabCafe MTRLにて開催しました。

当日の模様を、ダンスは好きだけれど演劇は初心者の、『プラータナー:憑依のポートレート(以後、『プラータナー』)』PRメンバー原口がお届けします。

◎ 演劇を、社会を刺激するツールとして機能させる

演劇作品『プラータナー』では、なぜ新しい試みを行うのか。それもなぜ「ファシリテーション」と「グラフィックレコーディング」なのか。演劇業界の今に問題提起しながら、『プラータナー』企画制作の株式会社precog代表 中村茜さんが解説しました。

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▲中村茜
1979年東京生まれ。日本大学芸術学部在籍中より舞台芸術に関わる。株式会社プリコグ代表取締役。チェルフィッチュ・岡田利規、ニブロール・矢内原美邦、飴屋法水などの国内外の活動をプロデュース、海外ツアーや国際共同製作の実績は30カ国70都市におよぶ。そのほか、『国東半島アートプロジェクト2012』『国東半島芸術祭2014』パフォーマンスプログラムディレクター、2018年より「Jejak-旅 Tabi Exchange : Wandering Asian Contemporary Performance」の共同キュレーター等を歴任。一般社団法人ドリフターズ・インターナショナル理事。舞台制作者オープンネットワークON-PAM理事。

中村茜:
「新しい試みの背景にあるのは、ひとことでいえば『観客席のガス抜き』です。
演劇は、役者が演じるだけでは成立しません。芝居を観るお客さんと役者さんの両方がいて成立するのに、肝心のお客さんが元気じゃ無くなってる印象を受けてます。演劇と客席の新しい出会いや刺激が薄れてる。いろんなメディアが変化しているなかで、劇場はといえば古典的で“古いメディア”なのですが、その良さが発揮されていない、という危機感があります。

たとえば、『芸能人が出るから観る』『あの漫画が演劇化されたから観る』といった向き合い方は“消費的”だと思っています。演劇は、消費の対象としてではなく、もっと好奇心を深めたり、『あそこにいけば新しい世界が体験できる』と思えるものであってほしいんです。古代ギリシアで劇場が市民の議論の触媒になったように、演劇には、新しい価値観を提供する力があるんですよ。

舞台には、台詞や曲といった『音』、役者同士の関係性から感じる『間』、客席から感じるヒリヒリした緊張感など目に見えないものがたくさん立ち上がっています。それを誰かに伝えたり感じたりする方法を新たに発明していけたらと思って、ファシリテーションやグラフィックレコーディングとの掛け合わせに着目しました。演目ではなく、客席を変えるという挑戦です」。

◎ 「語る場」づくりから促す、ゆたかで未知な芸術経験

『プラータナー』のファシリテーションプログラムでメンターを務めるのは、ワークショップファシリテーターの臼井隆志さん。現在都内各地で配布されている『プラータナー』観劇ガイドの編集長でもあります。「ファシリテーション」そのものの説明から、「なぜ観劇とファシリテーションを掛け合わせるのか」についてのお話がありました。

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▲臼井隆志
1987年東京都生まれ。2011年慶應義塾大学総合政策学部卒業。 質的調査、ワークショップデザインの手法を用い、子ども・親子向け教育サービスの開発を行っている。子どもの居場所である児童館にアーティストを招聘するプログラム「アーティスト・イン・児童館」の企画・運営(2008~2015)、ワークショップを通して服をつくるファッションブランド「FORM ON WORDS」の企画(2011~2015)などを手がける。2015年からは伊勢丹新宿店の教育事業「cocoiku」に従事し、販売員へのファシリテーション教育、0~6歳の親子教室「ここちの森」の企画開発、体験型販売フロア「cocoiku park」の企画開発などを行う。[note][twitter

臼井隆志:
「鑑賞って、受け身な行為だと思う人は多いでしょう。でも、『観ることは創造的なことだ』と話す人もいます。誰しも、作品を鑑賞すると自分の過去の経験になぞらえて共感したり、逆も然りで『それは違う』と思ったりしたことがありませんか?

僕は、自分自身と作品が重なる時に、芸術経験が生まれると思っています。そして芸術の経験は、学習する(=観る、語る、解釈する)ことでより複雑で豊かなものになる。場の設計や思考を促進したり、合意形成に導く『ファシリテーション』とはそういった学習を促すことができる手段だと思い、『プラータナー』のプロジェクトに参加しています。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)の認知心理学者アビゲイル・ハウゼンは、鑑賞者の発達段階をこう分類しています。

■物語の段階:自分の記憶とあわせ、作品が自分ごとになる
■構築の段階:『それは違うなあ』と異なる解釈をもつ(=一個人のアートの定義の誕生)
■分析・分類:別作品などと比較したり、データなどをもとに客観で考えるようになる
■解釈の段階:自分の主観や感性で鑑賞し、類型やメタファーが浮かぶ
■創造の段階:暮らしの1シーンや仕事のことなど、作品以外に発想や解釈が自由に行き来できるようになる

この発達段階のサイクルは、『語れる場』があれば回り出すはず。でも、今のアートシーンに語れる場はあるのか?、という視点で、まずはその場づくりを始めたいなと思っています。
語りと学びを促すためにファシリテートすることで、作品と観客の結びつきがタイトになり、劇場にはファンが増え、観客自身には創造力がつく……という循環を生み出せたらいいですね」。

◎ 目に見えない「こんな感じ」を記録する

演劇は「一回性の芸術」といわれるように、二回として同じものはないとよく聞きます。記録の手段は多種あれど、ライブな演劇体験をどう記録し、語りを促すための「記憶」のトリガー役に、グラフィックレコーディングはどうだろう――?

そんな問いからお声掛けしたのは、Tokyo Graphic Recorderや多摩美術大学情報デザイン学科で活動している清水淳子さん。「新しいデザインを生み出す場」のデザインをしているという清水さんから、現場の様子とその仕組みを聞きました。

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▲清水淳子
デザインリサーチャー/グラフィックレコーダー/多摩美術大学情報デザイン学科専任講師。2009年多摩美術大学美術学部卒業後、ジャンルを超えた横断的な事業を生むためのビジネスデザインに携わる中で、2013年より議論をリアルタイムで可視化するグラフィックレコーダーとして活動開始。対話の場でのビジュアリゼーションと成り立ちと意味についての研究を行い東京藝術大学美術研究科修了。著書に『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(BNN新社)がある。
Web][Twitter

清水淳子:
「私のアウトプットは、完成したグラフィックレコードそのものだけでなく、その場で描いたものをもとに生まれる対話や雰囲気だと思っています。

私の本業はデザイナーなのですが、何かをデザインしようとあらゆる所属・職能の人が集った時の議論にコンフリクトがおきがちで、それをなんとかしようと始めたのがグラフィックレコーディングでした。その場で起きている議論や対話をそのままグラフィックでリアルタイムに記録(レコーディング)することで、みんな違いに苛つくんじゃなくて、違いを楽しめるようになる。

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場の雰囲気とか、出席者の関係性とかで自分の意見を言いにくかったり、反対意見を伝えにくかった経験はありませんか? 目に見えない「言葉」や「雰囲気」を可視化することで、『見える→気づく→話す』という行動が促されるんじゃないかと考えていて。グラフィックレコーディングはは、あとから情報を見返す記録を作るための手段でもあるけれど、その場で人の話を聞き・リアルタイムに残していくことで、対話の場をサポートできるものだと思っています。

演劇空間にも、音や光や空気感など、目に見えないものが沢山あふれていて、その可視化って面白いチャレンジ。お仕事として会議のグラフィックレコーディングををする時って、因果関係、類似、対比とか、ついロジカルな頭になります。でも今回のグラフィックレコーディングでは、自分の主観で感じた変な情報をたくさんひろって記録して、『この演劇体験、自分の感覚では、なんかこんな感じがした』を残してほしいです。
というのも、真面目に、耳にした台詞を記録していったら、たぶん台本と変わらなくなってしまう……。

なので、自分の身体、頭、心でキャッチしたものを自由に組み合わせてみませんか。例えば、衣装のアイテムだけを並べたり、目の表現やメイクが独特な役者さんがいたらその目だけ描き続けたり。音を文字にしたり、何かに置き換えたりメタファーとして描くのも面白い。みなさんの自由な感性で捉えた『こんな感じ』のグラフィックレコーディングを楽しみにしています」。

◎ 「わかりやすい」って、いいことなの?

『プラータナー』は、11人の俳優が演じる4時間の壮大な作品。劇中劇のように、西洋芸術の影響を受けた1人のタイの芸術家を中心に繰り広げられる物語は、なにもタイや主人公だけの話ではなく、私たちの私生活と境界線をもたない世界でもあります。(物語のあらすじ・みどころはこちら

物語が幾重にも紡がれ、長く複雑で観ることにパワーを使う、非常に“わかりにくい”本作品をどう見せ伝えるか――と始まったトークセッションでは、まだ作品を見ていない清水さんがわかりやすいことの価値について問いました。

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清水:
仕事で「わかりやすくてよかったよ」って言われる時、果たしてわかりやすいことだけがいいのか? と思うことがあります。『プラータナー』は確かに結構わかりにくそうだけど、それってつまり自分の頭で物語を補完しながら考えられる、リッチな体験じゃないかと。わかりやすさばかりを求めてしまう「わかりやすさ病」って、ありますよね。

会場:
『プラータナー』の新しい試みは、劇場を「わからないを楽しむ場」にすることだと思いました。例えば今この会場にいる人は、既にそういうことに関心があるでしょう。実際、どんな人に劇場に来てほしいですか?

中村:
この2年海外に居住していて、久々に東京の劇場に行ったんですが、客席が堅苦しくて、居心地が悪かった。小さな子どもは泣くとうるさくて迷惑だから入場禁止など、当たり前のことを疑いたくなりました。家族で来てみんなで演劇を体験したら、感想をシェアしていい家族間のコミュニケーションができたりしますよね。工夫することでもっといろんな人が楽しめる場にできるのではと思っています。

例えば、以前目の見えない人に、上演前に会場を触って歩くツアーをしてから観劇するというものがありました。そうやって、新しい楽しみ方にトライしていきたいです。

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臼井:
今回観劇ガイドを学生向けにつくったのですが、大人にも入っていきやすい内容になったと思います。それはわかりやすさというよりも、紹介する切り口のバリエーションの豊富さが功を成したのかもしれません。感覚・知覚の異なる人に伝えるとなると、対象者はもちろんそれ以外の人にも伝わる伝え方になるのでは、と捉えています。

つまり、いつもと違うターゲットを設定することで、さらに新しい人との接点ができる可能性がある。客席を変えれば、劇場に入りやすくなる人が増えるかも。これって、インクルーシブ・デザインとも共通する話ですね。

◎ 言葉にならないものを感じる「主観」のちから

会場:
「こんな感じ」を伝えようという話があったけれど、そもそも「こんな感じ」の解像度がまだ低くて私自身が認知できないことがあります。「こんな感じ」との向き合い方を知りたいです。

清水:
「こんな感じ」をわかるのもひとつの技術で、そのための筋肉が要ります。大人になると、客観的に見なさい、って言われることが増えて、主観をおさえて仕事する人は多いと思いますが、主観の筋肉はちゃんと鍛えないといけない。

レビューサイトの評価が2.0でも、めちゃくちゃ美味しいものってあるじゃないですか。誰かが2.0って言っても、美味しいものは美味しい。それでいいのに、「美味しくないのかも……」って主観に蓋をする癖がつきがちな気がします。普通に生活してたら、主観の筋肉は衰えますよ。どこかの誰かの評価が社会にあふれて、自分が感じた五感を信じづらい世の中だけど、自分の主観を信じましょう。

自分でも合ってるかわからないものを示すのって難しいことですが、「感想」って非常にパーソナルなものですし。気にせずそのまま晒していいと思います。

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臼井:
ファシリテーションも、色んな人の主観が噴出しているのをまとめて合意形成をとらないといけない時がある。でも大事なのは話を引き出して時間内に聴ききることで、まとまらなくてもメモを見て再構築するのは話し手本人の作業です。

まとめる責務というのはファシリテーターに付きまといますが、今回に関してはその責務は弱いと思います。場を握ることも大事ですが、時にあえて弱い存在になることで、当人にまとめを促すことに繋がりますし、やり方のひとつですね。

◎ 《『プラータナー』に参加するには》

「『プラータナー』スクール」は既に終了しましたが、公演期間中には皆さまにご参加いただける、観劇者で感想を語り合う場「あなたのポストトーク」という場を設けます。ぜひ劇場で「あなたの物語」を聞かせてください!

「あなたのポストトーク」
■6月30日(日)17:30〜19:00
■7月06日(土)17:30〜19:00
詳細・お申し込みはこちらから

※6月2日「[プラータナースクール 2]グラフィックレコーディングWS」と6月26日「演劇グラフィックレコーディング ワークショップ」は、お申し込みを締め切らせていただきました。ご応募いただいた皆さまありがとうございました。

なお、6月中旬には、「観劇レビュー」の短文編・長文編の公募企画の情報を公開予定です。『プラータナー』公式サイトをご確認のうえ、こちらもお楽しみください!


写真=加藤 甫
文=原口 さとみ
協力=AWRD



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