見出し画像

0378 - バイト中のアンビリーバボー

t= 9 d= 1

もうかれこれ20年以上前、20世紀の終わり頃の話だ。

当時の僕は20歳ちょっと過ぎたくらい。学生生活を終え、生活のためにバイトしながら、ドラマーとして音楽活動(バンド活動)を本格的にスタートさせたばかりだった。

週4〜5ペースで入るレギュラーバイトとは別に、時間に余裕がある時は音楽仲間な友達と一緒に日払い系の単発バイトもしていた。

その日は、新宿駅周辺の交通量調査を行っていた。正確には「路上駐車」の調査だ。

駅前で各自に「ここからここまで」という範囲が割り振られ「9:12〜9:18まで業者のトラック」「11:35〜11:51まで一般車」といった具合に、車がやってきて路上駐車があった際に時間と種類をメモする簡単なお仕事。たしか東京都からの依頼による調査だったと記憶している。

新宿駅という巨大ターミナル駅の周辺ということもあり、人通りはもとより、車の数も相当なもの。更に僕が担当した場所は東口のロータリーだったため、ひっきり無しに駐車する車がやって来た。

しばらくして「おーい」と呼ぶ声が聞こえた。見ると、少し向こうにいる「いかにも」な恐い風貌のお兄さんグループがこっちを見ている。そして目が合うなり、片方の手は僕を指差し、もう一方の手は手招きしはじめた。気づかないフリもできず、その場からしれっといなくなるわけにもいかず、仕方なく呼ばれるがままに近づいた。

「君、何してるの?」

ストレートな質問だ。内心ドキドキしながらもできる限り平静を装いつつ、路上駐車の調査バイトですと告げると、お兄さんは更にこう訊いてきた。

「それって、警察に頼まれてやってるの?」

その質問の意味するところはわからないが、とりあえず正直に「いえ、東京都からの依頼です」と答えると「そっか、、、じゃあいいや。がんばれよ」と、あっけなく緊張タイムは終了。僕は業務に戻った。

それ以降もお兄さんグループはずっとロータリーにいる。正確には、そわそわした様子でロータリーの周りをあっちこっち歩き回っている。

声をかけられてから30分ほど経過した頃、お兄さんたちの動きが変わった。

けたたましく携帯電話が鳴り響いたと思いきや、電話に出ることなく全員が一度ロータリーから居なくなった。5分ほどしてまた姿を表すグループのメンバー。1人の手には茶色い袋。

少しばかり周りを気にしつつ、ロータリーにいくつかある赤いカラーコーンの1つに近づき、1人がコーンを持ち上げ、茶色い袋の中身を地面に置いていく。

少し距離は離れていたが、そこに置いていたのは「栄養ドリンクのような瓶」だというのはハッキリ分かった。数にして10本ほど。カラーコーンを元に戻すとグループ全員がその場を立ち去った。

それから5分もしないうちに、ロータリーに白いワゴン車がやってきた。後部席から男性が1人降りてきて、先ほどのカラーコーンの下に置かれた瓶を手持ちの袋に入れて回収し、再び車に乗り込みワゴン車は風のように走り去っていった。まさに「あっという間の出来事」という言葉が当てはまるスピーディーな流れ。

更に5分ほど経った頃、またロータリーに姿を現すお兄さんグループ。そして先ほどのワゴン車もロータリーに戻ってきて、お兄さんたちの前で一旦停車。窓が開き、車の中から伸びる手には巾着袋が。それを受け取るお兄さんグループ。ほんの数秒のやり取りだけでワゴン車はいなくなってしまった。

端的に言うと、トルエン(またはシンナー)を売買する瞬間を目にしてしまったのだと思われる。

もちろんまじまじとは眺めていない。路上駐車をチェックしながら一連の流れを視界の隅でずっと追いかけていた。

なかなか信じられないような光景を目にしてしまったなー、やっぱり都会はいろいろあるんだなーと、静岡の片田舎から上京して長くない僕はアンビリーバボーなベクトルで大きな衝撃を受けた。

気を取り直し、残りの時間もやるべき事に集中しようと背筋を伸ばした瞬間、その伸ばした背筋が凍りつくようなものが目に飛び込んできた。

・・・お兄さんが、こちらに近づいて来る。

どう見ても僕のほうへ向かってくる。視線が僕に向いている。やっぱり見ていたことがバレていたのだろうか。

「おい、ちょっといいか」

その声は完全に僕に向けられている。先ほどとは比べ物にならないレベルの大きな緊張が走った。

「君、何をどうチェックしてるの?ちょっと見せて」

僕の手にあるシートを覗き込んで確認するお兄さん。どう見ても、先ほどのワゴン車をチェックしているかどうかの確認だろう。

幸い「運転手が車を離れたら記入する」というルールがあったため、ワゴン車はノーチェックだった。というか、万が一運転手が降りていても、さすがにチェックは入れなかっただろう。触れてはいけないという勘が働いたので。

お兄さんが思いのほかまじまじとシートを確認するため、さりげなくルールについて説明してみたところ、チェック対象外だったと判断してくれたのか「そっか、じゃあいいや。がんばれよ」と、最初に声をかけられた時と全く同じセリフを残して去っていった。

それを最後に、お兄さんグループがロータリーに姿を現すことはなかった。

もし、ルールが違っていたり、僕が勘違いしていたりで、シートにワゴン車のことが記載されていたら、その後どうなっていたのだろう。振り返って考えてみると少し恐い。

ふと思い出した、昔のバイト話。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?