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0500 - 母について

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昔から「好きな女性のタイプは?」という質問には上手く答えられない。これまで好きになってきた女性のタイプは本当にバラバラで「これ」といった共通の特徴を述べることができないのだ。好きな芸能人は?と訊かれれば何人も答えることができるが、やはりタイプはバラバラだ。その人の全体的な雰囲気を見て「良いな」と感じるため、好みの傾向は見出せない。

あえて無理やり答えるとすれば、真面目な話「母親のような女性」と答える。マザコン宣言をしたいわけではない。長く一緒にいるのなら、こんな女性がいいなという「尊敬」の意味で、母親は素敵な人だなと感じている。

ちなみに、母はもうこの世にはいない。10数年前に亡くなっている。

子どもの頃の母の印象は「恐い人」だった。とにかく頻繁に叱られた。宿題をやらなかったり約束を守らなかったりで、叱る原因を作っていたのは間違いなく僕なのだが、中学生くらいまでは、何か自分の好きなことをする際は「いかに母の目に(耳に)入らないように好き勝手やるか」が重要だった。

高校を卒業後に上京して離れて暮らすようになって、月並みだが、母の存在の偉大さをジワジワと実感するようになった。食事の準備や片付けをはじめ、洗濯物を干したり畳んだり、家の掃除だったり買い物だったり。こんなに大変な「家事」を毎日こなしていたとは。しかも3人の子どもを育てつつ、更に週に何日かはパートにも出かけつつである。ひとり暮らしになって1ヶ月ほど経った時に、母の苦労を思い知り「こりゃもう逆らえないな」と感じたことを今でもハッキリと覚えている。

母は結婚をして、これまで他人だった家に嫁いできた。義理の母である僕の祖母が言うことにゃ「一度も私とケンカしたことない」とのこと。いわゆる嫁姑問題とは無縁だったようだ。たしかに、母が家族の誰かと不仲な空気感を漂わせていたことは全く無い。

振り返ってみて思うに、母の口から「誰かの悪口」を聞いたことも一度たりとも無い。「いやー、今日も疲れたわー」とか「あんたが約束を守ってくれないからお母さん泣けてきちゃう」といった愚痴っぽいことをこぼすことこそあれど、「○○さんがねー」といった陰口を叩く姿は見たことが無い。

もう、それだけで人として充分すぎるほど立派だ。さながらパーフェクト超人とでも呼びたくなるレベルである。

そんな母はまだまだこれからという年齢で亡くなってしまった。お通夜や葬儀に参列してくれた近所の主婦仲間の皆さん(僕にとっては幼なじみのお母さんたち)が「何で、こんなにいい人が、こんなに早く逝ってしまうんだろうねー」と、みな本気で泣いてくれていたことが、とても印象的だった。よく、誰かが亡くなった際には、ここぞとばかりに溜まりに溜まっていた故人への不満や愚痴の吐き出し選手権のような状況が始まりがちだが、母が亡くなった際には、先述の通り、近所の人たちはもとより、親族にも、一人として母のことを悪く言う人はいなかった。

これらが全てを物語ってくれている。母はとても素敵な人だった。

一周忌で親族が集まった際、親戚の子が僕たち家族に「お母さんの料理で好きだったものはある?」と質問してきた。父、兄、僕、弟の4人が口を揃えて真っ先に挙げたのは「餃子」だった。我が家では頻繁に夕飯として餃子が出てきた。買ってきた出来合いのモノや冷凍モノではない。母が餡を作り、手で皮に包んで焼いてくれる。餡は肉が多め。皮に包む際にも具を多めにしてくれるので、一つ一つに身がギュッと詰まっていて、食べると肉汁がジュワーっと出てきて最高に旨かった。残念ながら母に作ってもらうことはもう不可能だが、小さい頃によく餃子を包むのを手伝って(手伝わされて)いた甲斐あって、僕も「得意料理は餃子です」と言えるくらいには自信がある。

母は雲一つ無い快晴な秋の日に亡くなった。毎年、命日が近づくと様々なことを思い出す。迷惑や心配ばかりかけていたこと。僕のことで一緒に喜んでくれたこと。家族で出かけた時のこと。亡くなるまでの数年間の流れ。最後に顔を合わせた時のこと。最後に電話で聞いた声。夜中に父から連絡をもらい始発の新幹線で東京から静岡へ駆けつけるも、ギリギリ病院に着けず、息を引き取る瞬間に立ち会えなかったこと、などなど。

あれから。もちろん現在も。仕事でも趣味でも、僕が何かを行う際に、1つ大きな指針となっていることがある。それは「これからやろうとしている事は、母に堂々と報告できることなのか」というもの。やるか、やらないかは、それを最優先の基準にして決めている。

生まれてからこのかた、なんなら今現在も、僕の人生に最も大きな影響を与えてくれている人物は「母」だと言っても過言では無い。冒頭に書いたような「好きな女性のタイプは?」と訊かれて「母親」と答えるのは少し違うように思うが、質問内容が「尊敬できる女性は?」であれば、歴史上の偉人などではなく、堂々と「母親」と答えたい。

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