恋するむすめ

5歳の娘が結婚なんてものに興味を持ちだしたのはここ1年ほど。
最初のうちは、いつか父、母と離れて暮らすのが結婚、と微妙にずれた定義づけをしてしまったらしく、随分動揺していた。
以前、テレビでラッコの巣立ち(生後1年で親元を離れるのだそう)を見た時も「なんで…」と絶句していた。そして、しばらくの間は「大きくなっても結婚しない」と切羽詰まった面持ちで言い続けていた。娘は甘えん坊なのだ。
したくなきゃしなくてもいいんだけどね、結婚して帰ってきてもいいわけだし、結婚して近くに住むこともできるし、まぁ、大きくなってからゆっくり考えたらいいよ。とその都度なだめていた。

この1年の間に、姉と妹が立て続けに結婚した。
姉は実家の隣に暮らし、妹は実家から車で5分くらいのところに新居を構えた。
そんなサンプルを見たせいか、どうやら最近、結婚してもいいかな、と思い始めているらしい。

S(妹)ちゃんみたいにママの近くに住むから結婚しようかな。

そんなことを言い出した。
うんうん。順番から言えば先に逝く身としてはやはり結婚してくれると安心というもの。
いいんじゃないの、と伝える。
「誰と結婚するの?」
「Mくん。背が高くてかっこいいし、優しいんだよ」
「へえ。いいじゃない」
いじわる心が顔を出した。
「でも、みんながMくんと結婚したかったらどうする?」
娘は息をのんで「どうしよう…」と言った。
そうそう。好きな人が必ず手に入ると思ったら大間違いなのよ。娘よ。想い想われ振り振られ。男なんてシャボン玉。手が届かない相手を想って泣く夜を幾つも超えて人は幸せになるのだ。

ところが数日が経ったある日の夕食時。
「Mくんに結婚しようって言ったらいいよって言ってくれた」
と弾むような声で娘。なんと行動が早いこと。交際をすっ飛ばしたプロポーズ。
しかもMくんの快諾付きだ。

なんだか、子供って合理的な生き物だな、とつくづく思う。
目的が全て。
まったくまぶしくってくらくらする。
目的地に立っている旗を手にしてから過程を振り返ったっていいのだと思う。
登りきった山を降りながら景色を楽しめばいいのだと思う。
不器用だからなかなかどうしてそういうわけにはいかないのだけれど。
私もそういう風にやれたら見える景色が少し変わるのかな、なんて思ったりする。

娘はその後、Mくんにバレンタインのチョコレートもあげ、お礼にかわいらしいお手紙ももらった。結婚を前提とした健全な交際の只中だ。
少し前まで「本当はパパと結婚したいんだけど」なんて言っていたのに。
因みに「どうしてママはパパと結婚したんだと思う?」と娘に尋ねると
「かっこいいから!」と満面の笑みで答えていた。
「じゃあじゃあ、パパはどうしてママと結婚したのかなぁ」と期待を存分に込めて尋ねれば、考え込んで「わからない」と答えたのだけど、これっていったいどう受け止めたら。

また読みにきてくれたらそれでもう。