見出し画像

範疇のうちがわ

夜、なんの前触れもなく、長女が泣いた。
お布団の上で遊ぶ弟と妹を尻目に、声も出さずはらはらと泣いていた。
夫は、「話をちゃんと聞かなかったからかな」と気まずそうにしていたけれど、本人に訊くとそうじゃないの、と首を振る。

「ママにだけ話してごらん」と耳を寄せてもなにも言わない。
ただ、静かに涙を拭っていた。
膝にのせてどうしたの、と何度訊いても「わからない」と泣く。
こんなとき、「そうか泣きたいのね、そんなときって大人にもあるんだ」って言ってあげたいから良識的な私は言うのだけど、ほんとうは往生際が悪くてせっかちだから、早いとこ長女にまた笑ってほしくて悪あがきしてしまう。
泣いていいよと言っておきながら、
「どこか痛いの?さみしい?こわい?いやな気持ち?ママのこと?それともパパ??あ、弟?妹?????」
鬱陶しい尋問は続いてしまう。
泣いている顔はかなしいし、その気持ちの中に私も入れてほしいのだけど、入りようがないことがさみしくもあった。
とりあえずからだを密着させて抱きしめた。
抱きしめながらまだしつこくあれこれと思いを巡らせる。
「さみしい?」って聞いたときに少しだけ頷いたように見えたことが引っかかっていた。
弟と妹は仲良くお布団に転がって遊んでいたし、なにか長女にちょっかいをかけたわけでもなかったはずだ。
夫は子どもたちの歯ブラシやお薬など寝る前の支度をしていただけだ。
私はときおり夫と話しながら、台所の片付けやなんだと家の中をうろうろしていた。
なんてことないいつもの光景だけど、きっとこの数分のあいだに娘のさみしいが潜んでいたのかもしれない。

「もしかして、弟と妹が仲良く遊んでて、ママとパパがお話してて、ひとりぼっちみたいな気持ちになったのかな?」

膝の上の長女に訊ねると小さく頷いて、また泣いた。

そうか、それだったのか。
なんだかもやっとしたさみしさがあったけれど、誰になにをされたわけでもないのに涙が出る理由が彼女にも分からなかったのだと思う。
まだ六歳だものね。ぼんやりした感情を言語化するのはとっても難しいものね。

「弟も妹も、お姉ちゃんのことが大好きだし、きっと妹が大きくなったらいっしょにかわいいものを見たり、女の子同士でもっと楽しいことができるんだよ」
と話した。

息子のすごいところは一歳児となんの違和感もなく遊べてしまうところだ。
というか、末っ子がゼロ歳の頃でさえ、精力的に「一緒に」遊んでいた。
その時々で末っ子にとって反応のいいことを見つけては、「一緒に遊ぼう!」と言ってごく自然に遊ぶのだ。その姿は遊んであげているのではなく、紛れもなく「一緒に遊んでいる」のだ。
気がつけば、息子と末っ子は親密になり、末っ子とほぼ五歳離れた長女は末っ子のお世話をする「お姉ちゃん」にとどまる様になっていた。
昨夜は、特に下の二人が親密で(枕に頭を並べてお布団を着て寝かしつけごっこに興じていた)、しかも私と夫は話をしているし、さみしさが際立ってしまったらしい。

私と長女のやりとりを聞いていた弟は真面目な顔で「ねーねのこと大好きだよ」と言い、末っ子は姉の頭をなでていた。
ここまででほぼ登場していない夫も、隣で長女を撫でまわしていた。

長女は嬉しそうに頷いたり微笑んだりしていたものの、なかなか涙は止まらず、少しご機嫌を取り戻したあとも、思い出したようにまた泣いた。
なかなか消化しきれないのか、それとも他にまだなにかうまく伝えられないなにかがあったのか、ただ泣きたいだけなのか、さすがの私もそれ以上詮索することはしなかった。
なんだか不安が募って泣いたりすること、私にも身におぼえがあるし、これ以上の詮索が長女にとって心地がよいものだとも思えなかった。

そういえば昨日は息子の参観で、教室に入ったら息子はなんだかさえない顔をしていた。手遊びのあいだも、歌を歌うあいだも、首をだらしなく曲げて、かなしい顔をしていた。
後で聞けば、参観が始まる前に椅子が壊れてしまって、椅子が壊れた拍子に腕を打って痛かったのだと話してくれた。
教室の隅っこからしょんぼりした息子を見るのはなんだかさみしい気持ちがした。こちらが笑いかけても眉をハの字に曲げているのはなんだかもどかしかった。
笑ってくれないかなぁ、と思ってもそれって私の都合なんだよな、と思いながらもやっぱり笑って手を振ってほしかった。

お腹が減ったらそれを満たして、のどが乾いたらのどを潤して、疲れたら寝かせて、適切にいろいろなことをほどこしてやれているような気がしているけれど、実際のところしてやれることなんて今あげたことくらいなのかもしれない。
気持ちのことは私には手が届かなくて、彼らは私と別の人格を確かに生きているのだな、と思う日だった。
寄り添うことはできても、気持ちを変えるなんてできやしないよね。

さらに、これを読んではっとした。
「お友達の気持ちはお友達のもの」、頷くしかできないのでとりあえず百回くらい頷いとく。


この記事が参加している募集

育児日記

また読みにきてくれたらそれでもう。