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【餅は餅屋、チンピラにはヤクザ】ワシの自宅浪人記

ワシの初恋や浪人時代の回顧録について、最近お話したお友達より「すげーオモロイ、続編見たい」と言っていただけたので、書いてみようと思う。

・自宅浪人編(二浪目の話)
・自暴自棄、デート屋など、夜の人編
・バブルでウハウハ時代編
・慰謝料で学費ゲット編

など、考えておるが、今回は自宅浪人編。

一浪目は、新聞配達をしながら、代々木ゼミナールに通ってた。ワシは現役時代、シャイニング・ブライトネス・バカ(以降、SBB)で、偏差値の低い順から受験して12校落ちた。定員割れしてる今なら考えられないことだけど、ワシの頃は浪人ビジネスも活況で、福岡の第一経済大学という偏差値32の大学でも、併願見越して合格者多く出したら、想定より入学多く来過ぎて、急いでプレハブ校舎作ったなんていう時代。ワシは名古屋の専門学校で第一経済大学の受験してて、試験官が「会場は、全面喫煙です」って言い間違えてて、「こんな馬鹿な大学絶対に行くもんか」って思ってたら、落とされた。。そんくらいな異次元な馬鹿やった。もし第一経済大学に受かってたら、早稲田に入ることも無いし、今の自分も無かった。ホンマに落としてくれてありがとうやわ。

で、一浪した時。最初は代ゼミの私立文系コースやった、誰でも入れるやつ。関西だと産近甲龍、東だと日東駒専。愛知だと愛知大あたり狙うとこ。そこでシコシコで真面目にやってた。しかし、人生で大学様に一個も受からせていただけなかったので、「ワシ、このままで、どこかの大学入れるんやろか」と不安だった。しばらくして、最近だとMARCHと言われる、ワシの頃は青明立中法(せいめいりっちゅうぽう)なんて言ってたコースの選抜に受かり、異動することに。しかし、まだ不安。まだまだ、「ワシごときのSBBは大学様が受からせてくださるわけはない」と思い、「ワシくらいのSBBなクズはTOP目指さないとどこにも入れない」と思って、早慶上智クラスの編入試験を受けて、そっちに異動。東大早慶上智の過去問をひたすらやる生活へと移行する。そして、早稲田のキャンパスツアーに参加し、感化され、校歌集のCDを買い、毎朝早稲田の校歌を聞いて気合をいれ、いつのまにか立派なワセキチ(早稲田気狂い)となっていた。

一浪の時は、早稲田の2学部と法政の3つを受けたが全滅。二浪が確定するが、もう新聞配るのは嫌だったので、愛知に戻り、自宅浪人生活に突入する。

二浪目は、一浪目より波乱万丈やった。受験費用稼がないといけないので、アルバイトをする。隣町で自転車で1時間くらいのとこの、中古ファミコンソフト屋で働くことに。客はそんなに来ないので、まったり働き、馴れると、暇な時は参考書読んだりしてた。

しばらくして、暇な店に変なのが居つくことになる。「森」という、小僧。こやつが、なんともまあ狼少年で、息を吐くように、白々しい嘘ばかり言いやがる。ワシは良い人なんで、「へぇ、凄いねぇ」と、小僧の言う武勇伝に、相槌打ってた。森は友達少ないみたいで、嘘の武勇伝を褒めてもらいたくて、しょっちゅう店に来るようになり、たまに、店閉店後に、店内で酒盛りするようになってた。

で、森の友達というか、腐れ縁な仲間もたまに来るのだが、森は仲間風な奴らからアホみたく嫌われてて、仲間風はワシの店来ると、いつも森の悪口言ってる。ハンパなチンピラって、暇で、世界狭いんよな。

そんな中、比較的まともな子が店に来るようになり、たまにお家に呼ばれたりして、遊ぶようになった。金沢から越して来たばかりの兄と弟コンビで、弟と仲良くなってた。仲良いというか、なんかつるむだけなんだが。

で、森一味と、金沢一家が、なんか敵対しだして、ワシも巻き込まれることに。森一味が、「(ヤクザの)◯◯さんに、金沢の子シメてもらおう」みたいなことになり、金沢の子も「上等じゃ、こっちも筋呼ぶわ」みたいな感じになる。ヤクザがカタギのしょーもないことにクビ突っ込むわけ無いんだがの。

そんな中、閉店後の酒盛り中に、店長が店に来て、「福島くん、、何コレ?」みたいな感じで、当然のガン切れ。「明日から来ないでいいから」となり、即刻クビに。ワシのせいで、その店自体も畳むことになってもた。

で、バイトクビになるは、ヤクザやチンピラの抗争に巻き込まれるわで、「勉強どころでないがな!」となって、友達のいる福井県に高飛びすることに。原付スクーターで、わけもわからず、時に自動車専用道路も走ったりして、福井に逃げた。

福井では、友達の家で居候生活を3ヶ月ほどすることに。

その友達の影響で、アメリカのバスケNBAを観るようになり、わが人生にも影響を与えることに。バイトクビで給料もらえんかったけど、「クビでも働いた分はもらえる、即時クビだと、解雇予告手当ももらえる」という情報を聞きつけ、長い交渉の末、クビになったバイト先から両方もらえることに。

なんとか、受験費用の足しになる銭もゲットし、居候にも飽きて、本格的に勉強しないとヤバイということで、愛知の実家に戻ることに。原付で五県縦断するガッツは無かったので、友達の軽トラに原付乗せてもらって軽トラで愛知に帰った。

それから、猛烈な受験勉強を再開する。9月からだが、朝の3時に起きて、1教科づつ限界まで勉強して、22時に寝ることを繰り返す毎日。1日最低15時間は勉強した。受験の金が少し足りないので、個別指導塾の講師のバイトもした。模試でやっとこさ、偏差値が60超えるようになり、解けない問題も減って来たのだが、やはり人生で一度も大学に受かったことなかったので、自信が無かった。受験辞めようかと思ったのだが、バイト先の塾長に「1つだけでもいいから、受けたら?」って言われて、早稲田の本命の学部1つだけ受けた。この貧乏で馬鹿だから1点集中することによる成功が、生きる上で大切なヒントになる。ワシは器用で無いのだ。

ところで、二浪ということは、浪人中に成人するのである。図書館で受験勉強してる隣の会場では、成人式が行われてた。これは、すごく惨めやった。そもそも銭無いから、式出るにも服とかいるし、面倒でもあったのだが、それに行けない自分がなんか悲しかった。

受験費用と新幹線代はあったけど、宿代安く上げたいので、知恵を絞った。やる気もないのに、新聞奨学生の申し込みして、新聞奨学生の内定者用の宿を無料で使った。まぁ、やる気なくても、それを口説くのが奨学会の仕事やし、そもそも早稲田受からんと、どうなるかわからんかったから。落ちてたら、また東京で、新聞奨学生やってた可能性も無くは無かった。

宿が高田馬場にあって、ふらっと近くにあった早稲田予備校に寄った。早稲田の問題集みたいの無料で配布してたのでもらった。

宿は相部屋だったのだが、毎朝3時起きは崩したく無いので、「他の人起こしたら迷惑になるので、個室にしてほしい」と言って、個室にしてもらい、自習室も3時から開けてもらった。一通り勉強は終わらせてたので、昨日もらった早稲田予備校の問題集やった。

ほしたらよ!出たんやわ、翌朝の英語の試験で、その問題集に出てた長文が1つ。ほんまにバビったわ。

無事受験終わり、合格発表を待つ日々に。問題は解けた自信あったが、受かる自信は無かった、これまで1つも受かったこと無いから。「そもそも大学様は、勉強出来るだけで合格できるのか」良くわからんかった。

合格発表日、地方のワシは東京まで見に行けんけ、愛知にいた。オカンから「早稲田から手紙」って言われて受け取った。ペラペラやった。「また落ちた」と確信した。「合格者は分厚いやつもらえるんやろ」と。中見たら、

合格

やった。
ほんま、力抜けて崩れた。「なんなん、大学って勉強出来たら、受かるんかい」って。 二階から転がるように降りて行って、

早稲田受かった

ってオカンに報告した。専修大を専門学校と思ってたオカンだが、早稲田はさすがに知ってたけ、目剥いて喜んでくれた。

色んな偶然が重なった二浪時代、1つでも欠けてたら、受かってなかったかもしれん。

浪人時代、唯一の楽しみは、テレビアニメ。これまでアニメはそんなに見てなかったけど、どハマりした。図書館で勉強しては、合間にアニメージュとか読んでた。声優の久川綾さんが好きで、本のサイン会に名古屋まで出てったわ。CDも買ったし、なぜかラジオたんぱで番組持ってたので、それを聞きたくてよ。でもたんぱラジオ聴けるラジオの機械って値段が高いんよ。

だで、名古屋の大須の電気街行って、コイル巻いて作る自作のラジオキット買って、雑音混じりのラジオを聴いてたやわ、えらい懐かしい、胸が締め付けられるわ。

ほんな、ワテの自宅浪人物語でしたの(╹◡╹)

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スキ、ありがティオス!アモーレ
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福島だいすけ(ぷく)民泊オーナー

埼玉県比企郡ときがわ町に移住して1年経った半農半ライター。都会的な「消費・成長・競争」な生き方を辞め、「金持ちより時間持ち」なダウンシフト生活を始める。移住先に買った古民家を改装し、民泊「ほっこり堂」を2018年8月よりスタート。airbnbにて「スーパーホスト認定」。

ぷくの人となりシリーズ

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