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【どんな人と覚えられたか】父親の思い出

旅行というのは、自分を見つめ直したり思い出したり、整理したり、瞑想的な効果があると感じてる。

先日、和歌山県へ訪れた。
グリーンコーナーというところ行き、ラーメンとソフトクリームを食べた。

特別美味いわけで無いけど、なんか良い。地元の人のソウルフードなんやろなーって思う。

ワシは愛知と三重で育った。東海地区のソウルフードといえば断然スガキヤである。

異論は断じて認めない(多様性ギャフンw)。白濁したスープに中細麺。ワシの小さい頃はラーメンが170円くらいだったと思う。もともとは甘味屋だったらしく、名残で、ラーメンとソフトクリームなどの甘味が楽しめる、小さい子にはたまらないお店。

ジャスコとかユニーとかスーパーの中にフードコート的にあって、買い物行くとスガキヤ行けるのが小さい頃から楽しみやった。

ワテは、父親の実家がある神戸で生まれたが、家はもともと名古屋にあって、産んでからすぐ名古屋へ戻る。

その後、父方の親父、ワシのじいちゃんが三重県に二世帯住宅を建てて、一緒に暮らすことに。三重県いた時は良くスガキヤ行ってた。おかんに連れられて。

父親の思い出はかなり少ない。
5歳の時に離婚して、それから会ってないし、一度電話した切り。

覚えてる父親は、
・理不尽にキレる
・何事も中途半端
・ワシ(だいすけ)はいらなかった
ということくらい。

昔、父親に連れられ、ワシとおねんと従兄弟でどっか遊びに行ってた時のこと。車の中で、従兄弟が悪ふざけして、おねんをからかってたら、従兄弟に向かって
「降りろ」
と言って降ろして、車を発進。数メートル置き去りにし、また戻って従兄弟を拾ったこと。

父親は、おねんを溺愛してたから、からかうのを許せなかったみたい。ジョボっ。

で、当然従兄弟はギャン泣き。幼児に「二度とからかいません」と言わせるダメぶり。これは、虐待ですよ。

父親は、愛知大学に二浪して入り、二年留年して中退。名古屋の市営住宅で暮らし、じいちゃんに二世帯住宅をあてがわれるも、浮気し、他所に家庭を作って二世帯居住が終了。離婚し、二世帯住宅に老親2人を置いていくダメっぷり。スネかじるのが当たり前と思ってるんやろな。これは甘やかしたジジババの責任でもある。

離婚裁判では、おねんの親権を争い
「だいすけはいらない」とのたまったらしい。。

小2くらいのとき、久しぶりに父親から電話があって話した。
「ファミコンソフトいるか?」
って言われて、
「欲しい欲しい」って言ったら、おかんからメチャ怒られた。

その時は何で怒られたかわからんかったが、別れた父親から、新しい家庭の子供の遊ばなくなったゲームをもらうなんてのは、嫌だったんだろう。おかんは、清貧で頑固だが、一本通ってる人。そもそも養育費が滞っていて、養育費を値下げして欲しいという電話だったらしい。この人ダメぽだわ。子供に高価なオモチャ買う銭はあるんかいっていう。

んなわけで、ワシにとっての実の父親は

ダメぽな人

としか、言いようがない。ただ、恨みつらみは無い、5歳から前の記憶ほとんど無いから。1人の人としての客観的な評価しか無い。

さて、ワシは息子にどんな父親と思われてるんやろ。

息子に嫌われる時があっても、ワシはずっと好きだで、後悔無い子育てするだけだがの。ちゃんと向き合ってることだけは、伝わってると嬉しいわな(^^)

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福島だいすけ(ぷく)民泊オーナー

埼玉県比企郡ときがわ町に移住して1年経った半農半ライター。都会的な「消費・成長・競争」な生き方を辞め、「金持ちより時間持ち」なダウンシフト生活を始める。移住先に買った古民家を改装し、民泊「ほっこり堂」を2018年8月よりスタート。airbnbにて「スーパーホスト認定」。

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