暗闇のGT-R(トラウマ)

小学生の頃、プチ家出をしたことがあります。いや、1時間くらいで戻ってきたので、実際にはプチ家出ですらない、ミクロ家出ですね。

何が理由かは忘れましたが、なんとなく家出したかったのかもしれません(ひでー子供だな……)。

当時の自分の家は丘陵地帯の麓みたいな位置にあって、とある坂道を登っていくと山道の方へと入り込めました。

山道に入る手前には地元でかなり有名な神社があって、その神社の周辺一帯には草むらがあり、草むらの真ん中を縫うように、畦道みたいな細い通りが伸びていました。

山道の側には駅もスーパーもないので、普段は踏み入れることがまずありませんでした。それだけに未知の世界だったので、好奇心が動いたのでしょう。家出するならここだ、と直感で閃いたのでしょう。たぶん。

とはいえ、勢いで来てみたは良いものの、歩けど歩けど草むらで、その先にはいちおう神社が見えるものの、灯りのいっさいない夜の神社はとても不気味でした。神社の横にある謎の3階建てくらいのビルディングが、怪しい結社の本部に見えました。

だんだん怖くなってきて、良からぬ考えが巡ってきました。

きっとあの神社にはゾンビが眠っていて、あの建物は死者を蘇らせる技術を秘密裏に開発している新興宗教団体の施設に違いない。うっかり団体の者に見つかったら自分はあの建物の中でモルヒネを打たれ実験台に……。

いや、当時の自分にそこまでの妄想力はなさそうなのでこれは盛りましたが、とにかくまあ、あの、そのくらい怖かったのです。

おまけに何の生物から出ているのかよくわからない鳴き声が方々から聞こえてくるし、草むらだから臭いし、蚊に刺されまくるし、家出とか言い出したの誰だよ(おまえだよ)、という気分になって、引き返そうとすると、前方にかっこいい車が停まっているのが見えました。

日産スカイラインGT-R R32。

あの32GT-R。通称BNR32。

1989年、16年ぶりにGT-Rの名称を復活させ、その後、数々のレースでライバル車を圧倒した伝説の名車である。

まあ当時はそこまで具体的には知りませんでしたが、とにかくなんか凄い車だということは知っていた自分は感動して、GT-Rに近づいていきました。

そのGT-Rは後輪のホイールがハの字状に開いたいわゆるシャコタン車で、どう見ても純正ではない太すぎるホイールを履いていました。

車内は真っ暗で、どうやら持ち主はGT-Rをここに置いてどこかに出かけている?あるいは乗り捨てたのか?などと思案を巡らせつつ歩いていくと、誰もいないはずの車内から、女性の叫び声が聞こえてきました。

叫び声といっても、『名探偵コナン』で殺人事件が起きた時の第一発見者の、「きゃあああっ!」というような甲高いものではなく、あくまで「あぁっ……、あぁっ……」というようなローテンションな叫び声。しかもなぜか後部座席あたりから聞こえてくる……。

なんだか怖いなあ……嫌だなあ……、と、自分の脳内の稲川淳二さんも尻込んでしまったのですが、結果的には抑えられない小学生の好奇心が脳内の稲川さんに「うるせえ!」と叫んで、自分はGT-Rの前部座席の方へと行きました。子供は怖いもの知らずなので、たとえ稲川さんが相手でも「うるせえ!」の一言です。

すると、突然ドアが開き、暗闇からドスの効いた、男性の声がしました。

「おう!なんや?」

……めっちゃくちゃ怖かったので、一目散に走って逃げて家に帰りました。

健全な小学生であった当時は、もちろんカー○ックスなんて知るはずもありません。

あの人たちはあんな山奥の暗闇に車を停めて電気を消して、一体なんの儀式をしていたんだ?……と、しばらくモヤモヤしました。やっぱりあの神社の横にある建物に何かあるんだ……そうに違いない……、そう勝手に妄想して、勝手に怯えていました。稲川さんにも無礼な態度を取りました……申し訳ございません。

ごはんは食べました。夜もたぶん7時間は寝ました。でもモヤモヤは、世の中にはカーセッ○スという遊び(?)が存在すると知るまで消えませんでした。

もう、当時に住んでいた家はないし、草むらは開発されて幹線道路みたいになったし、神社はあるけど怪しげな建物は取り壊されました。そしてもちろんきっと、今あそこに行ってもGT-Rはいないでしょう。

20年ちょっと前にあそこでよろしくなされていたカップルは今はどうされているのでしょうか。ずっとGT-Rに乗り続けているのでしょうか。子供ができてエルグランドに買い替えたでしょうか。そしてエルグランドの真ん中のシートを倒して(オイコラやめとけ)。

きっと、あなたたちは、僕のことを忘れているでしょう。あの時はお楽しみのところを邪魔してごめんなさい。

そしてこの夏も日本のどこかで、照明を消した車の後部座席で儀式が(だからやめなさい)花火大会の夜とかに(やめろって)よろしく行われているのだ(ひどい締めかた)。

あ、なんの生物だかよくわからなかった鳴き声の正体は後年そこを訪れた時に判明しました。カルガモさんの親子でした。

カルガモって親子で一列に並んで歩くんですよね。とてもかわいい。カルガモはかわいい。とてもいい。うん、カルガモはかわいいという健全なお話でした。おしまい。

サウナはたのしい。