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やはり俺の青春ラブコメは間違っていたし勇者になれなかったのでしぶしぶ就職を決意したこんな世の中じゃ……夏

灼けつくような暑さだった。

ビルから出るや否や、俺はスーツを乱暴に脱いで肩に掛け、向かいのローソンでタバコを買った。いつもよりも強めのタバコ、12ミリの赤いラーク。

「ちっ……。灰皿ねえのかよ!」

最近のコンビニは、入口付近の灰皿を撤去していることが多い。しかもこの周辺は路上喫煙が特に厳しく取り締まられている地区だ。

「社会なんてクソだな!」

わざと大声で言った。犬の散歩をしていたおばさんが、少しぎょっとした顔をした。犬はいとも平和に人懐こくキャンと吠えた。

公園のベンチに座り、そこで一服することにした。

高層ビルだらけのオフィス街に不似合いな、砂場と滑り台しかない簡素な公園。くたびれたサラリーマンが膝を抱えるには最適なスポットだ。

……もっとも、俺は、現状、そのくたびれたサラリーマンですらないのだが。

滑り台には、特撮ヒーローのステッカーが貼られていた。かなり古いステッカーらしくドロドロに汚れていて、ヒーローの名前と思しき文字が書かれているが掠れていて、「勇者」の部分しか読めない。このステッカーはおそらく子供が貼ったものだろうが、最後にここに子供が来たのはいつなのだろう。

炎天下で何本もタバコを燻らせているうちに、段々と肺が苦しくなり、頭が朦朧としてきた。しかしそれが心地好くもあった。このまま身体を苛め抜いて、腐乱死体として発見されるのも悪くない。そんな気分でいた。

ラークの箱にあと数本しか残っていないことに気づいた時に、後方からけたたましいエンジン音が聞こえた。

フェラーリ488GTB。

寂れた公園に横付けされると、一際その存在感が増す。運転席には、見慣れたサングラスの女の姿があった。

「今日も、ダメだったの?」

首を縦にも横にも振らずに、俺は助手席のドアを無造作に開けて乗り込み、レカロシートに身体を沈ませて、わざと大きな溜め息を吹き出した。

「レイ……」

女は、俺の首筋にねっとりとした唇を当て、その後で飼い犬の戯れのごとくぺろぺろと舐め回した。俺は抵抗するでも受け容れるでもなく、ただ黙って項垂れた。ただ一言、窓の外に目をやりながら溢した。

「……今夜も、マナの部屋にお世話に……」

女は俺の首筋から唇を離し、指でマルを作ってウインクした。そして、今度は俺の首を強引に掴んで振り向かせ、濡れた舌を唇に押し入れた。飼われているのは、俺の方だ。

この女はマナ。俺といる時はマナだが、マナミの時もあるし、マナカの時もあるし、名刺には奈未と書かれていた。

なぜかフェラーリを乗り回していて、なぜか昼間はいつも暇そうで、なぜか自分の部屋を俺に明け渡してくれる。

会うたびにペッティングをするが、それ以上の肉体関係は今のところはないし、きっと永遠にないように思う。

こんな、ひたすらタバコを吸い続けているだけの男にどんな価値を見出だしてヒモにしていただけているのかは俺にもわからないが、マナの元を離れてひとりで生きる気力などはとっくに失っていた。

だけどその一方で、マナをひとりの女性として愛する気持ちもなかった。

自分のことを最低だと思うし、歪んだ関係だという迷いもあった。だからこうしてたまにスーツを着て就職活動を発作的に行って、そのたびに打ちのめされる。

「じゃあね。この部屋、自由に使っていいから」そう告げると、マナは488GTBに乗り込んでどこかへと去った。

ワンルームとはいえ、15畳ほどはあるであろう一室は、ひとりで過ごすにはもて余す広さだ。おまけに置かれているのはダブルベッドである。心なしか、少し血液の匂いがする。

残っていたラークに火を点け、テレビを点けた。

まだ夕方の5時台なので、人気のバラエティー番組や連続ドラマは放送されていない。そんなものを視る気分ではないので、ちょうど良かった。

コカインで逮捕されたタレントに対して、名前も知らないがどこかの識者らしい人物が激しく怒っていた。最近しょっちゅう取り上げられている事件で、そろそろ見るのも億劫になってきていた。

チャンネルを替えると、昔の特撮ヒーローものの再放送だった。俺が小学生の頃に流行ったヒーローだ。主人公を演じていた俳優はその後、清純派アイドルと不倫問題を起こしたことで業界から追放されてしまった。

物語はもう後半に突入していて、敵にとどめを食らわせて街じゅうの人々から感謝される場面へと流れた。この瞬間、確かに彼は勇者だった。マスクの裏では薄汚れた恋愛をしていたとしても、少なくとも、画面の中では勇者だった。

エンディングロールが終わり、テロップが表示された。-次回もお楽しみに!-

「クソだな!」

再び大声を上げたが、この部屋の中には誰もいない。そして、とうとうラークの箱が空になった。

その後しばらく、意味もなくライターの火を点けたり消したりを繰り返した。

「箱も燃やすか……」

誰かに話しかけるかのように呟いて、空になったラークの赤い紙箱に火を点けた。ボワッ、と激しい音がして、紙箱は一瞬のうちに焼け爛れた。

火災報知器のベルが鳴った。火はだんだん大きくなっていく。このまま終わればいい。本気でそう思った。

そういえば、俺は子供の頃から赤が好きだったっけ……そんなことが頭をよぎった。

いつも吸っていたのはマルボロミディアムだったし、お気に入りのミニカーはフェラーリテスタロッサ、太陽が眩しい夏休みが楽しみでしかたがなくて……。

生まれ変わったら、勇者になりたいな。できれば主役の、赤いスーツの奴。

↓ぶんちゃんのnote

↓りおんさんのnote

サウナはたのしい。