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マスカレイドを貴女と(4/9):ユキの仮面

さすがはリューグナーエンゲルである。開演までまだかなりの時間があるのに、フロアはすでに満員に近かった。


なんとか、カレンさんが見えやすい中央の位置に陣取った。カレンさんは歌っている間、基本的に直立不動で、スタンドからマイクを離すことはほとんどない。


やがて演奏が始まり、カレンさんの七色の声が乗る。冗談や比喩ではなく、フロアを異世界に変えてしまうような魔法の声が。そして、異世界の住人のように澄んだ碧眼と、見たことがないくらいに綺麗な金色の長い髪。今日は赤いワンピースで、少し主張が強め。


僕は、ただただ圧倒された。彼女の魅力を上手く表現する語彙力がないが、本当にこの世界に立っている同じ人間なのか?と思わせてくれるほど、完璧に美しくて、それがなんとなく儚く思えて、少し涙が出た。


鳴り止まない拍手の中で、カレンさんは軽く微笑んで、手を振りながら舞台袖にはけた。カレンさんは、いっさいMCをしない。まるで、歌うとき以外は口を開くことができない自動人形みたいに。


僕は、カレンさんが好きだ。でもそれは、恋愛感情ではなく、ボーカリストとして尊敬するという意味でもなく、ただただ、永遠の憧れ。


マテリアルから出ようとする前に、コージュンから電話が来た。


「お前、リューグナーエンゲル観に来てるだろ?裏手に来いよ。Twitterで募集かけたら、バンドに興味ある、って人からDMが来たんだよ!今から、その人に会うんだ。ラッテちゃんってハンドルネームの人」


「……僕、今、ライヒじゃなくて、普通の僕なんだけど……」


「いや、普通の姿で来いよ。今までは黙ってたけど、メンバー内では、ライヒの正体がお前だってわかってたほうが具合いいだろ」


幼稚園からの幼馴染みのコージュンは、こうして僕の気持ちをなんとなく察してくれる。タツジさんとタクマさんに正体を隠してスタジオ練習やライブ出演をするのは、なんとなく心苦しい気持ちもあった。だけど……。


「いや、ライヒの姿で行くよ……」


僕には、コージュンの気遣いに応えられる勇気がなかった。まだしばらく、騙し続けるんだ。


「…………わかった。じゃあライヒの姿で来い。女の子らしいぜ。しかも俺らと同い年、15歳だってよ!」


コージュンの声がだんだん興奮しているのがわかる。僕たちの通う高校は男子校だ。女っ気というものがまるでない。


そして、優等生にもヤンキーにもなれないコージュンと僕のもうひとつの共通点は、異性に免疫がまるでないということだ。僕よりかなりコミュニケーション能力が高いコージュンでも、同世代の女の子と接した経験値は非常に少ない。


食事を一緒するならどこが良いのか?チェーン店だとカッコ悪いかな?色めき立ちながら話し合って、結局はタツジさんのカフェに行こう、という着地点に落ちた。


FINが解散した後に新しいバンドメンバーを連れてくるのが義理なのか不義理なのか判断がつかないが、チェーン店でない場所で知っているカフェというのがそもそもタツジさんのお店しかない。地味な高校生男子の悲しさ。


急ぎ足で家に帰り、クローゼットからライヒの衣装を探した。ステージに上がるとき以外は着ないので、普段はユキがどこかに閉まってある。どうやらユキは留守のようなので、自力で探すも、僕の部屋の中からは見つからなかった。


仕方がないので、ユキの部屋に無断で入り、同じようにクローゼットを漁った。悪いとは思ったが、ユキはいつも僕の部屋を占領しているのだから、少しくらい許してくれ。


奥のほうに、見覚えのある、赤茶色のゴシックな衣装、フリルが絡んだテンガロンハット、スカル柄のピアスの3点セットが見えた。


そして、その奥にはもうひとつ、見覚えのあるものが見えた。


…………カレンさんだ。いや、正確にいえば、カレンさんの髪だ。鮮やかな金髪の、被れば腰まで掛かりそうな、大きなウィッグ。さっきマテリアルで目に焼き付けたカレンさんの姿と、全く同じものだ……。


「ちょっと!にぃに!勝手にユキの部屋入らないでよ!」


頬を膨らませたユキに背中を蹴られた。


「あの……、これ、……カレンさん……?」


僕が呟くと、ユキはウィッグを強く抱き締めて、大声で怒鳴った。


「バカ!触らないで!大事なものなんだから!にぃにキライ!出てけ!」


もう一度、背中を蹴られ、ドアの外へと締め出されてしまった。


「わかった。ごめん!お願い、ライヒの衣装だけ貸してくれ!今すぐ必要なんだ!」


ユキは一瞬だけドアを開け、衣装を僕に向かって投げ捨てると、ガチャリと鍵を閉めた。

「少年の館メーカー」というもので作成した、ライヒのイメージ図です。ここでMALICE MIZERって言ったら歳がバレますよ。

異性の兄弟というのはいないのですが、あ、自分の場合は姉妹がいないのですが、……「きょうだい」って漢字で書くときややこしいよね。

このジェンダーフリーな時代、「きょうだい」表記についてメディアは考えるべきなのではないか。などというプチ社会派なことは置いておいて……「置いておいて」って同じこと2回つづけて書いてるのなんか文章ヘタクソみたいでなんか……、すみません脱線しすぎですね。

現実に姉妹がいないので、ユキちゃんは完全に妄想です。実際にこんな妹がほしいかというと別にそうでもありません。こんな姉ならほしいです(正直)。

直立不動のボーカルといえば、相対性理論のやくしまるえつこさんが有名ですが、やくしまるさんがカレンさんのモデルというわけではありません。

九龍からニューヨークまでタクシーで行くのは基本的に無理です(リュック・ベッソン氏の脳内にあるタクシーのみ可能)。

サウナはたのしい。