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ミュージカル『のだめカンタービレ』感想


サボりの多い人生でした

 昔、ピアノ教室に通っていた時のこと。私は楽譜を読むのが嫌いだった。傍線の中の黒い記号。名前も覚えられないし、一つ一つ指さし数えないと音もわからない。読解するのが難しい暗号のようだった。そしてそれが永遠に何ページも続く。暗号を解いて終わりじゃない、さらに暗記が必要で、さらにさらに、それを音として表さなければいけない。先生から新しい楽譜をもらう度に、本をポンっと閉じてそのまま、ピアノ教室を抜けて小学校のグランドに戻ってブランコに乗ってしまいたかった。
 結果、小さな頃の私が思いついたのが楽譜を読まないことだった。読むよりも音楽を聴いて音を探り当てることは簡単だったので、先生のダメだよという言葉を無視し、ただ好きな曲を好きなように、聴いたように弾くピアノレッスンの時間を過ごした。つまり怠惰であった。
 本来なら譜面は音楽の中では大事な共通言語で、そこには作曲者の意図が込められていたりする。そんなことも知らずにただ、ピアノというものや同級生の中でピアノを弾ける人達への憧れだけで、私はピアノ教室に通うということ自体にしがみついていたのだと思う。
 しかし、そんな子供でも生徒で、どうにかピアノの先生もレッスンをしなければならない。多分、必死だったのだと思う。先生が持ってきてくれたのが『のだめカンタービレ』だった。

 漫画の中ののだめは、変態で、自分の好きに一直線に走る大学生。千秋先輩が好きでプリごろたが好き。子供が好きでピアノが好き。マキちゃんのお弁当を盗み食いするしマングースにもなるし、マスコットガールで野球拳もする。とんだ破天荒だけど、でもピアノを弾くのだめは誰よりも格好いい。

 たっぷりドはまりした私はその日から、ピアノの先生と漫画大好きオタク友達となったのだった。
 ※こんな私を発表会で発表できるレベルまで仕上げてくださったり、学校の合唱の伴奏ができる程度にまで育てて下さったピアノの先生マリボン♡、本当にありがとうございます。今でも漫画大好きオタクしてます。

ドラマのだめから舞台のだめ 時と共に変化していた樹里ちゃんの演技


 一家でのだめ好きが止まらず、漫画はもちろんドラマのDVD、映画のDVDもみんな持っていて、多分我が家で一番リピートされているのではないかくらいみんなが大好きな上野樹里ちゃんと樹里ちゃんの演技。みんなが思わず笑ってしまう天真爛漫な大学生がしかし、今回の舞台では少し味が違う気がした。

 ──樹里ちゃんののだめに対する解釈が少し変化している?

 今回の記事を書こうと思ったきっかけがこの樹里ちゃんの演技の変化で、でもこうして書こうと思うととても難しいのだけれど、とりあえず思いを綴ってみる。
 のだめのドラマが放送されたのが2006年10月。そして今回の舞台は2023年10月公演開始。17年もの歳月が経っている。学生だった私は、すっかり社会人になった。
 私達観客側も年をとった。だけど同時に上野樹里ちゃんも同じく17年分の時間が経過し、そして、のだめに対する解釈自体が少し変わったのではないだろうかと思えた。
 一番心に残っている舞台のシーンが、ハリセンこと江藤耕造との苦しいレッスンの末にコンクール最後の曲を未完成のまま弾き、そして結果も見ずに実家の福岡に帰る。何日もピアノを弾こうともしないのだめが、ある日不意にピアノを弾きたくなって実家のピアノに向かう。
「あ、調律してある」
 なんだろう、このセリフ。ドラマの時に聞いたセリフよりも、漫画で読んだ時よりも、今回の舞台の樹里ちゃんのこの一言が凄く素朴で、なのに、ふっと自然と口から零れ落ちたような言葉。私はこのシーンで思わず泣いてしまった。このシーンってこんなに泣けたっけ。多分これ、樹里ちゃんの演技のせいだと思う。
 このセリフ自体も今までそんなに重要なセリフと思ったことが無く、でも樹里ちゃんが舞台でこのセリフを言った瞬間、ああ、のだめって愛されていた子なんだなってストンと腑に落ちた。
 どれだけのだめが絶望しても、打ちのめされても、のだめにはちゃんと帰る場所があって、あんなに娘を放任している家族(違うベクトルで構ってはいる)だけど、のだめが急に帰ってきてピアノを弾きたい時に弾けるように調律をしてくれていたんだ。私が思っていたのだめの家族に対するイメージと、樹里ちゃんのセリフから読み取れるのだめと家族との関係性がかなり違って感じる。
 私が大人になったというのもあるかもしれないけれど、もうのだめ舞台から三ヶ月経っている今でも私は樹里ちゃんのあの演じてくれた瞬間に戻れる気がするし、今回舞台を観に行って本当に良かったなと思える。
 ドラマや映画のだめも良かったけど、今回舞台で観た樹里ちゃんの演じるのだめが私は一番好きです。


久々にお会いできた仙名彩世さん

 ミュージカルのだめを楽しみにしていた理由の一つが仙名彩世さん!!
 花組トップ娘時代から大好きだった仙名さん。ご卒業されてからも舞台に立ち続けていらっしゃっていたのは知っていたが、まさかのだめの舞台でまたお会いできるなんて思わなかった。
 しかも、しかも、シアタークリエ。東京宝塚劇場のお向かい!!こんな近くでなんだか懐かしさいっぱいになりました。
 相変わらず、美人ではっと目覚めるような歌声。花組をご卒業されてからもしばらく経ちますがその歌声は今も変わらずお美しく。仙名さんが歌えば吸い込まれるように見てしまう。今回の舞台でも三木清良として大活躍されていた仙名さん。これからも応援しています。

終わった瞬間、全員が一斉にスタンディング・オベーションをした舞台

 NYブロードウェイや宝塚、劇団四季の舞台を何度も観に行っていますが、全員が一斉に立ち上がるスタンディング・オーベーションは初めてでした。
 もうこれ以上に語ることって無いのかもしれない。時に言葉は蛇足ってこともある。
 舞台のだめ、最初に公演のお知らせがSNSで出回った時は一体どんな出来になるのだろう、キャストは誰になるのだろうと正直ドラマのクオリティがあまりに良すぎた作品だったので、疑心暗鬼でした。
 しかし、実際に観た感想とそして、劇場の観客の心をも一つにした結果がこの一斉スタンディング・オーベーションなんだと思います。
 ということであんまりこれ以上はもう何も言いません。

 神様が呼んでるから 行かなきゃ。
(のだめカンタービレ8巻 Lesson42より)



読んでくださってありがとうございました。

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