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爬虫類は誰にでも懐く

『俺の楽しみを奪うなよ!』

オレは父親を睨みつけながら言い放った。


オレはひとり暮らしをしたことがない。

つまり結婚するまで実家暮らしだった。

2DKに父母オレ妹の4人暮らし

お世辞にも広いとは言えないし

当然自分の部屋なんかない

プライベート空間はトイレくらい

そのたったひとつのプライベート空間ですら

用を足したい家族から『早く出ろ』と促される始末だ。

仕方ないそこはトイレだから…

まぁ、中高生の思春期には友達みたいに自分の部屋がほしいとも思ったが

部屋数からして物理的に難しいのはわかってたのであきらめるしかなかった。

というか別に強がりでもなく

自分の部屋があったらいいよなくらいなもんだった。

好きなこともさせてもらったし

好きなものそれなりに買ってもらえたし

行きたい学校にも行かせてもらえた

家庭に特に不満はなかった。

仕事をするようになってからは

美容師という職業柄

休日は平日だった

休みが他の家族と被ることもないので

家は自分ひとりしかいないので快適に過ごせるのだ

ひとり暮らしをしようなんて考えもしなかった。


学生時代だけでなく、社会人になっても

最大限親のスネをかじらせていただき放題だ。

本当に父親にには感謝しているし、尊敬している。

そんな父親にオレは

『俺の楽しみを奪うなよ!』

と強く言い放ったのだ。

オレは特に反抗期とかもなかったし

父親と口をきかない期間とかもなかった

父親は俺が30歳の時に亡くなったが

多分この時が30年間で
1番強く当たったんじゃないかと思う


なぜオレがこんなに父親に怒ったのか?

それは

父親が勝手にカメにエサをやったからだ

当時オレは4畳半の部屋でひとりで寝ていた

ただ寝るのがひとりなだけで

寝てる布団の足元側には家族が身支度をする鏡面台があり

オレが寝てても朝からオレの足元では

家族が着替えたり、髪の毛をセットしたり大賑わいだ

まぁ家族の誰もが自分だけのスペースはないし

オール共有スペースだから仕方ない

オレは自分の寝てる部屋に置いてある

学生の頃からほぼ勉強では使ったことのない

自分の勉強机の上で亀を飼育していた


朝亀に挨拶をして仕事に行き

仕事から帰ると机の上の亀に挨拶をしエサをやるのが楽しみだった

毎日そのルーティンをやっていると

亀たちもそのルーティンを覚える

オレが帰って来ると

「ごはんだ、ごはんだ」とオレの帰宅を大歓迎してくるようになった。


しかし

どうやら大歓迎されてたのはオレだけじゃなかったらしい

父親も大歓迎されていたのだ。

帰宅すると亀がこちらに寄ってきて

壁にドカドカぶつかりながら

ごはんちょうだい!ごはんちょうだい!

とせがまれた父は

腹ペコの亀についついエサをやった

きっと喜んで食べたんだろうなぁ


そして日付けが変わった深夜

エサやりを楽しみに帰宅したオレに

父親は言った

『亀にエサやっといたぞ』


なんと

オレの1番の楽しみである

エサやりを勝手にやってしまったと…


これは友達が皿に出したプッチンプリンのカラメル部分だけを勝手に全部食べるくらい罪深い

いや

帰ってきたら食べようと冷凍庫に入れていたハーゲンダッツを勝手に食べるくらい罪深い

いや

ハンバーガーで例えるなら…

ダメだ食べ物の例えしか浮かばない(どすこい)



とにかくエサやりは、飼い主だけが味わえる神聖なる行為なのである。

その至福の時間を楽しみに、日々過酷な水換えなどの世話をしているのだ。

飼育には陰と陽があり

表裏一体

やりたくないお世話をするからこそ、楽しいエサやりが許されるのだ。

例え家族といえども

その神聖なるエサやりを勝手に行うなど断じて許させるわけがない。


しか〜っし

肝心なペットの亀たちは

あっけなく許す…

エサをくれるなら相手は誰でもいい

爬虫類飼育とはそういうこと。


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