GEEK-18(最終回)
ぷらすです。
GEEK-18アップです。
10話以内に収めようと思っていた「GEEK」でしたが、結局ほぼ倍の長さになってしまいました。
最後までお付き合い下さった方、本当にありがとうございます。
途中「これ、ホントに終わるんだろうか」と自分の計画性の無さを呪いつつ書き続けた本作ですが、何とかゴールにたどり着くことが出来てホッとしていますよーw
というわけで、最終回です。
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです(*´∀`*)ノ
ギークマスクを脱ぎ去ったZ・C・Sの若手、ケント・エルマンに、ボロ雑巾のようになったオペラ・ナイトの拘束を任せ、レオニーズ状態を解いたヒューバートが振り向くと、BHに向かってギークが歩いている背中が見えた。
ギークの背中の筋肉がボディスーツ越しでも分かるほど盛り上がっている。
怒っているのだ。
ヒューバートは、そんな彼の背中をじっと見守る。
膝をついたままのBHの漆黒のマスクを掴むと、ギークは一気に引き脱がし床に叩きつける。そして自分のマスクも同じようにすると、疲れ果てたような元恩師の顔を睨みつけた。
「セシルはどこだ」
男の横に転がる人間大の袋には目もくれず、ヒューバートは低い声で質問する。その声にいつもの陽気さは微塵もない。
「……倉庫の外にいる。既に君らの仲間が見つけているだろう」
ヘヌリは抜け殻のような表情でボソボソと言う。
近くで見れば彼が持ち込んだ袋はただの麻袋で、底からマネキンの白い足が覗いていた。
「そうか」
一瞬ホッとしたような表情を見せたコンラッドだったが、ヘヌリのネクタイを掴むと、グイと力任せに引き上げた。二人の顔が触れそうな程に近づく。
「満足か」
「……」
「昨日、ここでサマンサが死んだよ。覚えてるか? いつもみんなを気遣って研究チームのムードメーカーだったメガネの彼女だ」
ヘヌリは虚ろな目で地面を眺めたまま何も答えない。
「あんたが殺したんだ、教授」
ネクタイを掴む手に力が篭る。
「ジャックは、あの齢で大量殺人犯になっちまった。トリッキー・ロドリゲスも、アンディー・アンダーソンも、MA3もテロリストとして裁かれる」
奥歯を噛み締めながら、コンラッドが声を振り絞る。
「サンドシールドも、ジャックハンマーも、ロドリゲスに洗脳されたホルヘ・ノエミも、あんたに関わったせいで人生を狂わされた。あんたのせいで、死ななくていい人間が何人も死んだ!」
コンラッドはヘヌリを睨みつけ、「満足か」と繰り返す。
ヘヌリは抜け殻のような表情のまま、地面を見つめている。
「答えろ!!」
叫びながらギークは、ヘヌリの横っ面を思い切り殴りつけた。
コンラッドは壁際まで吹っ飛んだヘヌリに馬乗りになる。
「お前に騙されて研究に関わったスタッフは、全員研究者の道を絶たれた!」
そのまま、ヘヌリの顔面にパンチを浴びせるコンラッド。
三年前の実験失敗で、あの場にいた研究スタッフは地球を滅亡させかけたマッド・サイエンティストの仲間として、研究者の職を失い、心無い者たちから嫌がらせや誹謗中傷を受け、今も苦しんでいるのだ。
おそらくは殺されたサマンサも。
「もっと、別の道だってあったはずなのに!」
殴る。
「何故! 何故! 何故!」
殴る。殴る。殴る。
色々な感情が綯交ぜになった拳を、コンラッドはヘヌリの顔面に叩きつける。コンラッドのパンチを何発も顔面に受けたヘヌリの顔は腫れあがり、原型を止めないほど変形している。意識もあるかどうか分からない。
これ以上は危険だと判断し、ヒューバートがコンラッドを止めるために足を踏み出したその横を、誰かが駆け抜けた。
「コート!」
コンラッドの背中から飛びついて、セシリアが振り上げた拳を止めた。
勢い余った二人はそのまま横倒しに倒れてしまう。
「それ以上はダメ。死んでしまうわ」
「セシル……」
耳元で聞こえる幼馴染の声に、体の力が抜けたコンラッドは、ゆっくりと上半身を起こすと、確かめるようにその名を呼んで、しがみつくように抱きしめた。
「無事で良かった……」
コンラッドが搾り出すように、湿気の篭った声で言う。
「うん。助けに来てくれてありがとう」
セシルは子供をあやすように、その背中をポンポンと叩いた。
そんな二人の横では、ケントが気まずい顔で、対ゾイド用の手錠を、ヘヌリの手にはめている。
ゾイドの能力を封じる最新の手錠に、コンラッドが自ら改造を施した特別性だ。
ケントに立たされ連行されるヘヌリの背中に、セシルが声をかけた。
「あなたの話を聞いて、私もずっと考えてたの。
もしかしたら将来、あなたの正しさが証明されるのかもしれない。いつか誰かが地球を破壊するような発明をして、それを利用しようとする誰かが地球を危機に陥れるかもしれない」
セシルの言葉を、立ち止まったままヘヌリは背中で聞いていた。
「でも、だからといって先回りして全て可能性を潰すのは、きっと違う。
それが愚かな選択だとしても、それでも私たちは、一つ一つ起こった問題に対処していく道を選ぶわ」
「……それが、君の選択か」
ヘヌリの言葉に、セシリアは「いいえ」と首を振る。
「“私たち“の選択よ」
そう言ったセシリアの言葉に、マイク、ヒューバート、コンラッドが頷く。
「Aだ」
ヘヌリ“教授“はそう言って頷くと、マイクと共に歩き出した。
こうして、ニューヨークを騒がせた大騒動は、幕を閉じたのだった。
「つまり、“未来“っていうのは絶対じゃなく、あくまで“起こりうる無数の可能性の一つ“に過ぎないの」
カフェ「リズ・キッチン」のお気に入りの席に座ったレイラ・ブレイズは、今回の経過を説明に来たサポーター ジェリー・デッカーに言った。
「それじゃぁ、ヘヌリ教授の“未来視“は可能性の一つを見ただけってことっすか」
ジェリーの質問に、レイラは頷く。
「皮肉なことに、彼が未来を変えようとした事で、可能性の一つに過ぎなかった未来を引き寄せる結果になってしまったけれど、もし彼がやらなくても、何処かの誰かが理論を発見し装置を作り上げていたかもしれないし、違ったかもしれない」
「じゃぁ、まかり間違って地球がブラックホールに飲み込まれてバッドエンドなんてシナリオもありうるってことっすか?」
ゾッとしないっすねとジェリーが呟く。
「もちろんその可能性もあるわ。ただ、それは決定した未来ではないの。バタフライ効果じゃないけれど、ちょっとした選択の違いでルートは変わる。そのくらい未来は流動的なのよ」
「なるほどー、ギャルゲーのシステムみたいなもんすね」
「なに? そのギャルゲーって」
「え、知らないっすか? 日本のビジュアルテキストゲームで、主人公が女の子と恋人になるとクリアなんす。最近では、女の子の主人公がイケメンたちと…」
ノリノリで説明しようとするジェリーを、レイラは慌てて止めようと話題を変える。
「それで、物質転送装置の解体の方はどうなっているの?」
「元研究メンバーの皆さんが担当してくれてるっすよ。リーダーはコンラッドさんっす。今回の事件の裏で『スポンサー』が糸を引いてる事が分かったんで、装置解体チームの彼らは一躍ヒーロー扱いっすよ。この仕事が終わったら彼らが研究職に戻れるように、支局長が色々手を回してるみたいっす」
ジェリーの説明にレイラは安心したように微笑む。
「良かった。でも、これから『スポンサー』のグループ会社は大変ね」
「そうっすねー。連日マスコミは大騒ぎ、ネットはお祭り状態で、会社の前じゃ毎日のようにデモ行進やってますしねー」
でも、とジェリーは続ける。
「今回の件はクラウザーが単独で引き起こした事件ってことになってるっすから。クラウザーの逮捕とCEOのマッケンジーの退陣で幕引きっすかね。
まぁ、今騒いでる連中も、そのうち飽きるっすよ」
ジェリーは軽い調子でそう言い切る。実際その通りになるのだろうと、レイラは自分の長い人生を振り返って思う。
「ファイヤークラッカーのMA3とアンディー・アンダーソンは、そう重い罪には問われないみたいっす。他の連中はそれなりっすかね」
レイラは気になっていた事を質問する。
「ホルヘ・ノエミは?」
「あー、彼はロドリゲスに洗脳された被害者っすからね。退院したら無罪放免っす」
「そう、良かった。それにしてもボーダー因子を持たなかった彼が、一時的とはいえ、どうして異能力を持ったのかしら?」
「それなんすけどねー、研究チームによれば、どうやら人間は元々全員がボーダー因子を持ってるらしいんす。って言っても計測器でも測れないくらい極々微量で普通なら絶対、異能力を発動したりは出来ないハズんすけど」
ジェリーは唇に人差し指を当てながら、考え込むように言う。
「彼はロドリゲスの洗脳で何らかのスイッチが入って、一瞬だけ爆発的に異能力が底上げされたっぽいっすね。その辺は、現在ロドリゲスを鋭意取り調べ中っす」
と、ジェリーの説明が終わるタイミングを計ったように、レイラのデバイスが鳴った。見ればレイラが経営する弁護士事務所からの呼び出しメールだ。
「いけない、じゃぁ私はそろそろいくけど」
「あ、あたしもそろそろ戻ろないとっす」
「じゃぁ、また何か分かったら教えて頂戴」
レイラはそこでいたずらっぽい目で声を潜める。
「セシルとコンラッドの進展具合とか」
「……うへへへ、姐さんも好きっすねー」
ジェリーはニヤリと笑い「お任せあれっすー!」と元気に手を振って店を出ていった。
ヘヌリは、ニューヨークの街に立っていた。
無人の街は靄がかかり、静寂に包まれている。
「……MA3か」
「正解」
靄の中から、真っ赤なライダースーツを着た、銀髪ショートカットの女が現れると、「ひどい顔ね」と笑う。腫れは随分引いたが、ヘヌリの顔にはまだ、大きな絆創膏が貼られていた。
「どう? ずっと背負ってた荷物を降ろした気分は」
「ああ、悪くない。随分と肩が軽くなったよ」
ただ、とヘヌリは苦笑いを浮かべる。
「長いあいだ自分を支えてきた物が無くなって、なんとも心細い気分だ」
「そう」
短く返事をすると、MA3はそっとヘヌリの肩に両手を回して唇を合わせた。
「じゃぁ、これからは私があなたを支えてあげるわ」
夢の中でだけど。と、MA3は艶っぽい笑みを浮かべる。
「君をずっと騙し、利用してきた男をか」
戸惑うように言うヘヌリに、MA3はそうねと笑う。
「おまけに、女の気持ちも分からない朴念仁だしね」
そう笑って、彼女はもう一度、ヘヌリにキスをした。
ニューヨークを騒がせた事件から五年が経った。
コンラッドを始めとした研究チームによって物質転送装置は無事解体され、その後研究データは日本のボーダーによって完全に消去された。
装置解体を終えたチームメンバーはそれぞれ、研究員の職を得ることが出来た。大物政治家の口添えがあったらしいが詳しいことは分かっていない。
BHの下で暗殺者として育てられたジャック・ザ・リッパーは、ロスアンゼルスに移り住んだプロフェッサー・Gの家で共に暮らしている。
ジャックが収容されていた施設にGが通いつめ、徐々に距離を詰めていったらしい。現在ジャックは(条件付きではあるが)その能力を活かし、Gのサイドキックとして共にロスアンゼルスの治安を守っている。
ヒューバートは、ある一件がキッカケでアリス・ウィックローと付き合い始めたらしい。どうやら二人の馴れ初めには黄色いヒヨコが関わっているらしいが、ヒューバートが頑なに黙秘を続けている為、真偽のほどは明らかになっていない。
あの事件から五年が経っても、ニューヨークの街は相変わらず賑やかで物騒だ。しかし、一つ大きく変わったことといえば、FBIニューヨーク支部 ゾイド犯罪対策チーム、通称Z・C・Sが解体され、そのメンバーとボーダーが全員、新設された組織、NBA(全米ボーダー協会)の所属になった事だろう。
世界の国々と比べれば、随分遅れての協会設立だが、結果的に五年前の事件とサンフランシスコで起こった事件の解決が決め手となり、国会決議で協会の設立が決まった。
これによって、各州それぞれが対処していたゾイド犯罪も、州や国を超えての捜査強力が可能となり、事件の早期解決に役立っているという。
デイヴ・クラウザーは、国家反逆罪で終身刑を言い渡され、残り短い余生を刑務所で過ごすことになった。
ゾイドギャング団 ファイヤークラッカーのリーダーBHことルンドバリ・ヘヌリは懲役三十年、オペラ・ナイトには懲役五十年、トリッキー・ロドリゲスは懲役十年の判決を受け、それぞれゾイド専門の刑務所に収監されている。
アンディー・アンダーソンは懲役三年の実刑判決。
MA3は司法取引もあり、懲役一年の実刑判決を受けたが今は刑を終えて出所。
二人とも現在はボーダーとしてNBAに所属、クロウカシスらと共に、ニューヨークの治安維持に貢献している。
Sunday, June 6
その日、久しぶりに元Z・C・S(現NBAニューヨーク支部)全メンバーと、ニューヨークを拠点に活躍するボーダーたちが一同に集まった。
「まったく、随分と気をもんだっすよ」
そうこぼすジェリーにマイクが「お前は茶化して楽しんでただけだろう」と突っ込むのをレイラが楽しげに見ている。
その横では、真新しいスーツに身を包んだヒューバートとドレス姿のアリス、そして三匹のマスコットキャラクターのようなお供を連れ、中学生になったエリザベス・ディクソンが談笑していた。
少し離れた場所では、FBIを定年退職したソロモン・クラークとNBAニューヨーク支局長となったアントニー・シャノン、そしてワシントンから来たNBA長官リッキー・ブリッジスがいる。普段は苦虫を噛み潰したようなアントニーも今日ばかりは笑顔だ。
今やすっかりボーダーが板に付いたアンディー・アンダーソンやMA3が、透視能力を持つ女性ボーダー リゼット・ディヴリーと話すその横で、気慣れないスーツに嫌そうな顔をしているジャックを嗜めるプロフェッサーGの姿も見える。
その他にも、金髪にオリエンタルな顔立ちの小柄な女性や、やけに背の高い東洋人、アフロ頭の双子のティーンエイジャーなどが、それぞれ楽しそうに話を弾ませていた。小太りのメキシコ人らしき男が小さなノートを持ってボーダーと見ればとサインをねだり、顔面に包帯を巻いた男に小突かれているのも見える。
やがて、鐘の音と共に重厚なドアが開くと、会場は歓声と拍手に包まれた。
扉の中から出てきたのは、純白のドレスに身を包んだ金髪ボブの女性と、白黒のタキシードに身を包んだ黒髪に中肉中背の男。
男が集まった仲間たちにピースサインを向け、その耳を純白のドレスの女性が引っ張られている。
「やれやれ、先が思いやられるな」
そんな二人の様子に、ヒューバートが溜息を漏らす。
「二人はあれでいいのよ」
と、アリスが笑い、横の少女もつられて笑っていた。
それは、どこにでもありふれた、幸せの光景だった。
the end
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