落語の話

「らくだ」の噺

ぷらすです、こんばんは。

今日は、僕が知る古典落語の演目の中でも、一番パンクな噺。
「らくだ」について書きたいと思います。

この「らくだ」というのは、砂漠にいるコブ付きのラクダじゃなくて、人のあだ名です。
といっても、そのあだ名の由来は動物のラクダなんですけども。(ややこしい)

1821年(文政4年)、江戸の両国に見世物としてラクダがやってきたんだそうです。今でこそ日本で知らない人はいないラクダですが、当時、ラクダについての情報はまったくなくって、初めてラクダを見た江戸っ子達は、その大きな図体と背中のコブを見て「いったい何の役に立つんだ?」と思ったらしいです。
それで、図体の大きな人や、のそのそした人に「らくだ」というあだ名がつくようになったというのが、この物語のベースになってるそうです。

といっても、この「らくだ」は、元々は江戸落語ではなく、上方落語で演じられていたネタを、大正時代に三代目柳家小さんが東京へ持ってきたそうですが。

ちなみにこの噺、登場人物が多い上に、歌や踊り、酔っ払いの芝居が入るなど演者にとって難しい噺な上に、まともに演ると60分を超えるネタなので、「真打の大ネタ」言われているんだそうです。


ストーリー

ある長屋に「丁目の半次」というヤクザものが、「らくだ」というあだ名の弟分を訪ね、部屋の中で死んでいる彼を発見します。
その近くには、食べさしの鍋があって、そういえば昨日会った時に「らくだ」はふぐを持っていて、自分で捌いて食べると言っていた事を半次は思い出します。

さてはコイツ、フグに当たって死にやがったなと推測した半次。
「らくだ」は弟分だし葬式をだしてやりたいと思いますが、なにぶん博打で負けて金がない。
さて、どうしようかと思っていると表をクズ屋(廃品回収)が通りがかります。

半次はクズ屋を呼び止め、「らくだ」の葬式を出したいが金がないので、この家にあるものを買えと言いますが、この「らくだ」近所でも評判の札付きのワルで、クズ屋も生前の「らくだ」には金にもならないガラクタを無理やり買わされてきたので、この家にはもう金になりそうなものはないと言い、香典代わりに少々のお金を置いて立ち去ろうとします。

しかし半次はクズ屋を引き止め、この長屋の月番(町内会の班長みたいな感じ)に、「らくだ」が死んだことを知らせて、長屋の連中から香典を集めさせろと頼みます。(というか命令)
「もしも、払うの払わないのと抜かしたら、長屋に火をつけるから、昼のうちに女子供を逃がしておけ」と伝えるよう言われ、しかも仕事道具をモノ質に取られ逃げられなくなったクズ屋は、渋々月番の家に出向きます。
長屋の鼻つまみ者だった「らくだ」の訃報に大喜びする月番。
しかし香典の件になり最初は断るも、長屋に火をつけると聞いて、渋々了解します。

その話を、半次に伝えてクズ屋が仕事に戻ろうとすると、再び引き止められ、今度は大家の元に行き、通夜に出す酒と料理を届けさせるよう言われます。
ところが、ここの大家は有名なドケチ。そのことを話すと半次は、
「もしも断ったら、死骸のやり場に困っているからここ(大家の家)へ持ってくる。ついでに『かんかんのう』(江戸時代の面白ソング)を踊らせる」と言えと。

で、クズ屋は大家の家に。
「らくだ」が死んだ事を伝えると大喜びし、酒と料理の話になると、「らくだ」は、入居以来ただの一度も家賃を払ったことがない。そんな奴の為に酒だの料理だのバカバカしい。せめて家賃は棒引きにしてやるからありがたく思えと。クズ屋が『かんかんのう』の話をすると、やれるものならやってみろとタンカを切ります。

クズ屋が半次にその事を伝えると、半次はクズ屋に(無理やり)「らくだ」の死体を背負わせて大家の家まで行き、本当に『かんかんのう』を踊らせます。さすがの大家も、これには堪らず、慌てて酒と料理を届けることを約束し、二人(と死体)は家に戻ります。

ヘトヘトになったクズ屋が仕事に戻ろうとすると、半次は漬物屋に行ってこいと言います。死体を運ぶ棺桶がないから、古い漬物樽を一つ貰ってこいと。
「もしも、断ったら……」
「『かんかんのう』でしょ」
で、結局クズ屋は漬物屋から、漬物樽とそれを縛る縄を貰うことに成功します。

クズ屋が「らくだ」の家に戻ると、すでに香典、酒、料理が届いていて、これでやっとお役御免と帰ろうとすると、半次にまた引き止められます。
お前には世話をかけたから、清めの酒を一杯引っ掛けていけと。
クズ屋は仕事があるからと断りますが、半次に脅されて仕方なく出された酒を一気飲み。
クズ屋の飲みっぷりを見た半次は、もう一杯と勧め、結局クズ屋は三杯目あたりで、すっかり酔っ払ってしまい、自分が「らくだ」にどれほど酷い目にあわされたかを愚痴りはじめます。
次第に口調も荒くなり、態度も大きくなるクズ屋。元々酒癖のいい方ではなかったんですね。
ここで、立場が逆転。
「らくだ」の髪を剃るため(多分、そういう風習だった?)に、近所の髪結いの家に狩りに行って来いと半次に言いつけるクズ屋。
「もし、嫌だと抜かしたら死骸に『かんかんのう』を躍らせると言え」
と。

※ここで終わるバージョンもあるんですが、今回は長い方のバージョンのあらすじを紹介。

泥酔状態で「らくだ」の髪を剃って漬物樽に入れて縄で縛ると、酔っ払った二人は大声で「葬式だ葬式だ」と言いながら、クズ屋の知り合いの火屋(ひや・火葬場の事)に向かいます。
田んぼ道を歩き、火屋への分かれ道に差し掛かったところで、窪みに足を取られた二人は樽を落とし、その拍子に樽の底が抜けて、「らくだ」の死体は落ちてしまいますが、泥酔している二人はそれに気づかず、空の樽を持って火屋に到着。
火屋の主人に言われてやっと気づいた二人は、落とした死体を拾いに行きます。

さて、この時代、托鉢や祈祷の真似事をして金をせびり、その金で博打をしたり酒を飲んだりする願人坊主(がんにんぼうず)というエセ坊主がいて、この日も丁度二人に道すがらに酔っ払って寝ていました。

二人は、その願人坊主を「らくだ」と勘違いし、火屋まで連れて行くと火の中に放り込んでしまう。
酔っ払って気持ちよく寝ていた願人坊主、突然火の中に放り込まれ堪らず飛び出してくる。
「なんだなんだ、ここは何処だ!?」
と訊く坊主に、クズ屋は
「ここは火屋だ。日本一の火屋(ひや)だ」
と。すると坊主は、
「そうか、冷や(ひや)でもいいからもう一杯」

というオチ。

※名前とか細かい部分は西と東で違ってたりしますが、今回は東京の落語に合わせてあります。

この噺の面白いところは、噺のメインキャラクターである「らくだ」がイキナリ死んでいて、周囲の人の語りによって、彼の人物像が見えてくるというところでしょう。

これって、わりと小説や映画では見かける手法で、最近では映画にもなった『桐島部活やめるってよ』も、同じ構造なのかなと思います。
ただ、古典落語でこの手法を取っているのは僕の知る限り、この『らくだ』だけで、そこが凄く面白いなーと。

さて、この噺を持ちネタにしている人は結構いますが、その中でも個人的には、上方なら6代目 笑福亭松鶴さん(鶴瓶さんの師匠)、東京なら古今亭志ん生さんじゃないかと思います。
松鶴さんは、クズ屋を調子のいい男として、半次はどら声で勢いよく演じ、志ん生さんは、クズ屋も半次も、独特の高い声と江戸弁のイントネーションで愛嬌たっぷりに演じています。

今回、この噺を書くにあたって、ほかの人の「らくだ」も聞いてみたんですが、クズ屋が泥酔していく過程で、自分がいかに「らくだ」に酷い目に合わされたかを愚痴るシーンでどうしても悲壮感が出ちゃうんですね。
ところが、松鶴さんと志ん生さんは、その問題のシーンも実に軽やかに、面白く演って、その後の火屋のシーンに繋いでいくので個人的に好みでした。

この噺は、最初に書いたように長尺な上に色んな要素が入っているので、演る人によって色々省略したり設定を変えたりしているので、いろんな人の『らくだ』を聞いて、自分の好みのバージョンを見つけるのも面白いかもしれません。

#落語




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?