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半蔵・オブ・ザ・デッド 1 (お試しサンプル版)

        text by 青空ぷらす / illustration by ちくわ【どんぐり】

 ◇ introduction

 1978年。

 突如として死者が蘇り人間を食らうという未曾有の大災害が地球を襲った。
 死者に噛み付かれたものは、概ね24時間以内に様態が悪化し死亡。
 その死亡者が蘇って生者を襲い、その傷がもとで死亡した者が……という連鎖により被害は文字通り鼠算式に増加、一時人類は滅亡の瀬戸際まで追い込まれた。

 特に土葬の習慣を持つ多くの国は甚大な被害を受け、これを受けWHO(世界保健機構)は世界各国に非常事態宣言を発令。
 その後、国連加盟国の混成軍による『甦る死者撲滅作戦』によって、世界各地に甚大な被害を出しつつも、この前代未聞の大災害はなんとか終結した。

 その後の研究により、この大災害は新種のウイルスが原因であることが判明。 WHOはこのウィルスが起こす現象を、西アフリカに伝わる民間信仰のある儀式に準(なぞら)え、甦る死体を「ゾンビ」新種のウイルスを「ゾンビウイルス」と各々命名し、今後の予防策として土葬の撤廃、死亡者の24時間以内の火葬の徹底を要請したのだった。

 ◇1

 長野県A市の山中には、太平洋戦争末期、日本の政府中枢機能移転のために掘られた巨大地下坑道跡がある。

 現在は一般公開され、観光客に人気を博しているが、それはあくまで全体の一部であり、巨大な地下坑道跡の殆どは保安上の理由から非公開になっており、無数にある入口の殆どは立ち入り禁止区域になっている。
 しかし、それはあくまで表向きの理由でしかないのだが。

 そんな坑道跡入口の前に停車している、黒塗りの大きな四輪駆動車から降り立ったひとりの男がいた。
 年の頃は五十~六十歳、白髪まじりの短髪、立派な口ひげを蓄え、海外の高級ブランドのスーツに身を包んだ一見して紳士然とした『彼』は、数人の作業服の男たちに迎えられ、まるで我が家に帰るような自然な足取りで、金網と有刺鉄線で厳重に囲われた坑道跡入口から内部へと入っていった。

 車一台もすれ違えないような細い砂利道の奥で草木に覆われ、言われなければ坑道跡入口だとは気づかれないだろう入口の奥はしかし、白塗りのモルタル壁と天井、リノリウムの床が伸び、まるで大病院か大学の研究施設のようだ。
 そんなリノリウムの『廊下』を無数に配置されたLED電球が明るく照らしており、とても山奥の坑道跡とは思えないほど、その施設は立派なものだった。

 広く清潔な廊下の両壁には幾つも扉が等間隔に並び、白衣の男女が忙しそうに行き来しているが、『彼』とすれ違う時は必ず立ち止まり深々と頭を下げる。そんな白衣の男女に軽く手を挙げて応えながら、『彼』は迷いなく廊下を進みエレベーターに乗り込む。
 一緒に乗り込んだ若い男が「B6」のボタンを押すと、エレベーターは微塵の振動も感じさせずに、地下深くへと降りていった。

 扉が開くと、そこには白衣姿の男女が十数人、頭を下げて彼を出迎える。「お待ちしておりました、お頭(おかしら)」
 整列した男女の中央にいた、一番年配の男が彼に言う。
「完成したのか」
 低く響くバリトンボイスで彼が尋ねると、年配の男はニヤリと笑いながら「はい」と応える。

 彼の名は「第十六代 服部半蔵」

 室町幕府十二代将軍 足利義晴の時代から、時の為政者の影として諜報と謀略を持って幕府を支え、太平洋戦争後は歴代の日本政府を裏から操ってきた忍の軍団、伊賀衆の頭領である。

 ◇2

「あちらをご覧下さい」 
 白衣の男、伊賀衆化学研究班リーダー泉田はそう言って、ガラスの向こうを右手で指した。

 地下6階の最深部にある、五坪ほどのこの部屋は他と比べて薄暗く、自動ドアの反対側一面がぶ厚い防弾ガラスになっている。
 そのガラスの向こうには、十坪ほどの明るく無機質な空間が広がっていた。
 空間から見れば、この窓はちょうど二階くらいの高さになっているだろう。
 半蔵たちのいる部屋が薄暗いのは、明かりの反射なく、その空間を眺めるためである。
 半蔵が案内されるまま窓際に設置されたソファーに座り、下方の空間を見下ろすと、そこには一人の男が立っていた。

 頭に小型のインカムを装着し、上半身裸の男からはしかし、まったく生気が感じられない。
 両手をだらりと下げ、猫背気味に正面を向いて立っている。眼球は白濁し、口元はだらしなく半開き。その姿は三十七年前、世界中を震撼させた「ゾンビ」の姿そのものだ。

「始めろ」
 半蔵の短い指令に頷くと、泉田は手元のスイッチを入れた。
 それに合わせて、ゾンビ正面の壁がスライドし、扉に向こうから三人の迷彩服の男が現れる。迷彩服の上から防弾チョッキを着込み、頭部にはフルフェイスのヘルメット姿の彼らは、全員自動小銃で武装していた。

『一応確認だが』
と、スピーカーから訛りの強い英語が聞こえる。
『目の前のゾンビを撃ち殺すだけでいいんだな』
「ええ、その通りです。ゾンビを殺した時点で契約完了とし、後金をお支払いします」
 マイクに向かって応えた泉田の英語は、スピーカーから彼らに伝わったようだ。男たちの笑い声が聞こえた。楽な仕事だと安心したのだろう。

「あの男たちは?」
 半蔵が泉田に尋ねる。
「今回の『実験』のために金で買った傭兵です。彼らには一匹のゾンビを始末してほしいとだけ伝えています」
「そうか。ゾンビのほうには?」
「三人の攻撃を躱し殲滅せよ。とだけ命令を」
 そんなやりとりの最中も、半蔵の視線は三人の男と一匹のゾンビに注がれたままだった。

 三人は、自動小銃の銃口をゾンビに向けたまま、中央の男はそのままに、残る二人が左右にじりじり広がりながら間合いを詰めていく。対するゾンビは、微動だにせず猫背の姿勢のまま立っているだけだ。
 中央の男が、片手の指を振って両脇の二人に合図を送ると、三人は一斉に自動小銃の引き金を引いた。
 スピーカー越しに、自動小銃特有の発射音と空薬莢が床に落ちる音が響き、ガラスの向こうには火薬の煙が立ち昇る。
 やがて射撃の音が止み、三人が弾倉を交換する音が聞こえた。
 尚も銃を構えたまま、一歩ずつ標的に向かい進む三人。

 しかし目の前にある筈のゾンビの残骸がない。

『状況確認!』
 中央の男の言葉に、左右の二人も慌てて辺りを見回す。
『ガッ!!』
と短い悲鳴。左の男の声。

 二人が男の方をに目をやると、首から上のない男が銃を構えたまま倒れようとしているところだった。

 倒れる男の方に二人は慌てて銃を構える。
 その時、中央の男の脇を、黒い影が横切った。
『うわっ!!』
 振り返ると、倒れた右側の男に馬乗りになっているゾンビがいた。
『このっ!』
 男はゾンビめがけて引き金を引くが、それより早く跳躍し、ゾンビは弾丸を躱す。放たれた弾丸は全て、味方の身体にめり込む。

『ファック!!』
 ひとり残された男は、横に跳ねたゾンビめがけて銃弾を撃つが、信じられないスピードで動くゾンビを捉える事は出来ず、無駄に壁に穴が増えていく。
 ゾンビの動きが速すぎて、動きを捉えきれないのだ。

 あっというまに弾倉が空になり、男は慌てて腰元の予備弾倉に手を伸ばすが、その手が予備弾倉を掴むことは無かった。
 いつの間にか背後に回ったゾンビの爪が、男の頭をヘルメットごと、横殴りに刈り取ったからだ。
 噴水のように首から血液を吹きながら、男はその場にバッタリと倒れ、三人の傭兵は全滅。わずか一分三秒の出来事だった。

「速いな。それに力も強い」
 半蔵が言うと、泉田は嬉しそうに口角を上げる。
「今のアレは、いわばリミッターが外れた状態ですので。
 速さも力も通常の約三倍。加えてアレにはこちらの命令を理解し、忠実に実行するだけの『知能』を残しております」
 泉田は嬉しそうに『自慢の作品』を説明する。
 見れば、三人の死体を喰らうでもなく、『仕事』を終えたゾンビは、最初に見たときと同じように、猫背の姿勢でその場に立っていた。

 ◇3

「お頭もご存知のように、『ゾンビウイルス』は肉体ではなく、脳細胞を喰らい、破壊していきます」
 泉田が話しているのは、ある日本人細菌学者が発見した『ゾンビウイルス』特性についてだった。

 『ゾンビウイルス』は感染者が生者に噛み付くと、感染者の口内粘膜から血液を介して生者に感染し、血管を通って脳に入る。
 脳に入ったウイルスは脳の細胞を破壊し、タンパク質を栄養源に増殖。感染者は脳機能が停止し死亡する。
 そして、脳を完全に食べ尽くす前に、ウイルスは身体と脳を繋ぐ神経に電気信号を発信して死体を操り、次の「宿主」に寄生するために非感染者を襲う。
 これが、忌まわしき「ゾンビ」と「ゾンビウイルス」の正体だったのだ。

 ゆえに火葬が一般的であり、四方を海に囲まれた日本は、海外に比べて「ゾンビ」被害は少なかったのだが、それでもゼロではなかった。
 大陸で変異したウイルスが鳥に寄生し、海を渡り入ってきたのだ。
 幸い数が少なかったのと、早期発見により被害は最小限で抑えられのたが……。

「このウイルスの特性を活かしつつ、ウィルスが喰らう脳細胞の部位を調節するようにウイルスの遺伝子を操作することで、三つのレベルのゾンビを作り出す事に成功したのです」

 「ゾンビウイルス」の学説が発表された当時、半蔵はまだ学生だった。
 しかし、彼はその時こう思ったのだ。

 ――このウイルスを上手く使えば、不死の軍団が作れるのではないか。

 そして、それが成功すれば、彼が長年抱いてきた思い――

『天下取り』も決して夢物語ではないのだと。

 しかし、当時まだ半蔵の名を継いでいなかった彼はその思惑をひた隠し、先代の忠実な部下として仕事をこなしながらその裏で、密かに当時『化学部主任』だった泉田と数名のスタッフと共に「ゾンビウイルス」の研究、改良をスタートさせた。
 当初、未知の部分が多かったゾンビウイルスの研究には苦労も多かったが、長年の努力が結実し、ついに今日『改良型ゾンビウイルス』が完成したと、泉田から連絡が入ったのだった。

『化学部』の開発した『新型ウイルス』には、全部で三種類。

レベル1:命令の理解と実行の知能だけを残す。

レベル2:状況を判断出来る知能を残す。ゆえにレベル1を指揮し作戦の遂行などは問題なくこなせる。 

レベル3:痛覚と、身体機能のセーブを司る部分のみ破壊。これにより、身体機能は飛躍的に上がり、思考に影響が出ることはない。

「レベル1の『性能』はご覧いただいた通りです」
「レベル2、3はどうだ」
「レベル2の実験も既に成功しております。レベル3は……、先程からご覧いただいております」
 そう言って泉田は、ニヤリと広角を持ち上げながら、右手で自分を指し示した。

 半蔵は、片眉を持ち上げて、そんな泉田を見やると、片方の口角を上げる。
「……そうか、ついに完成したのか」
 終始無表情だった半蔵は、この日、初めて目を細めたのだった。

 ◇4

 実験から一ヶ月後。

 長野県A市の地下坑道跡入口付近に山桜が咲き始めたこの日、坑道跡最深部のホールには、諜報、偵察活動や暗殺などの作戦実行を担当する『実行部隊』
 担当する国や都市に生活基盤を置きながら、密かに諜報活動や実行部隊のサポートをする『草』。
 薬剤や火薬、武器製造を担当する『化学部』『開発部』の上忍たちが全員揃っていた。
 皆、半蔵自ら集め、信頼を置く忠実な部下たちである。

 一見、普通の人間に見えるが、彼らは全員、既にレベル3のゾンビ化を済ませている。
 半蔵はこの一ヶ月で、伊賀衆全員をこの地に呼び寄せ、ゾンビ化を行っていたのだ。無論、半蔵自身も。

 生まれたときから、伊賀衆の忍びとして訓練を受けている彼らは、整列したまま、無駄口ひとつ叩くことなく前方の壇上を見ている。
 やがて、壇上袖から伝統的な忍装束に身を包んだ半蔵が現れると、ホール内は拍手に包まれる。その拍手には、これから語られるであろう半蔵の言葉への期待が込められていた。
 半蔵がマイクの前に立ち、右手を上げるのを合図に拍手がピタリと止む。
 整列した数百人の部下たちをゆっくりと見渡したあと半蔵は、最初の言葉を口にした。

「影に忍んでこその『忍』」
 シンと静まり返ったホール内に半蔵の低い声だけが響く。

「我らはこの、初代半蔵 保長の教えを守り、数百年ものあいだ為政者の影に埋もれることに甘んじてきた」
 半蔵は静かに、ゆっくりと噛み締めるように語り続ける。

「だが、本音は違う。
 我ら伊賀衆の誰もが、本当は天下を取りたかった。
 だが、我ら伊賀衆の里は小さく、数も少ない。
 いかに優れた技能も、戦闘力も、頭脳も、知識も、圧倒的な数の力には勝てぬ。それが分かっていたからこそ、我らは今まで『影』の中で力を蓄え、闇の中からじっと好機を伺っていたのだ……」
 半蔵はここで一旦、言葉を切って、再びホール内を見渡した。
 整列する上忍たちの瞳に、半蔵の次の言葉への期待が宿る。

「そしてついに、数百年待ち続けた好機が訪れた!
 今、不死の軍団となった我ら伊賀衆はついに今日、影の中から抜け出す!」

 ホール内が破裂するほどの大きな拍手が一斉に鳴り響く。

 半蔵は、彼らの顔をしばし眺め、再び右手で拍手を制してから、全員に号令を発した。

「我ら伊賀衆、これより『国取り』を開始する!」

To be continued

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