見出し画像

【#パー蔵の日々短文日記】"Study-Leisure-Balance"ではなく"Study-As-Leisure"という概念

パー蔵です. ここ数週間, 人と時間を過ごし, 他人のために自分の時間を費やすことが多く, 一方で自分のために自分の時間を費やすことが少ないんです. 友人と語り合う時間というのは, 自己承認欲求が十分に満たされるため, 癖になりやすいんですよね.つい自分の話をしすぎてしまった」なんて気持ちになったことは, 誰しも一回はあるのではないでしょうか. 僕は特にそのような心情に陥りやすいので, かなり注意したいなぁと思うのですが, 癖を治していくというのは, 想像以上に難しいものでして...

友人との時間の共有に酔いしれている状態でも, 一度勉強あるいはそれに類いするものからの刺激を受けると, やはり心地よく感じる. その瞬間にこう思うのです.

「あぁ, 遊びすぎた. 無駄な時間を過ごしてしまったもったいない...」

これは, "Study(勉強)"と"Leisure(遊び)"が二項対立的に考えられているからではないだろうか. 「いやいや, 他にどう考えるねん」「勉強と遊びは別物だろ」などと思う方も少なくはないかと思います. ですが, 本当にそうなのか?と問い直してみると, 意外とそうでもないこともあるということがわかります. 

そもそも, どちらか一方が良いと思った瞬間, もう一方が悪く見えてしまうものです. だからこそ, ほとんどの人が勉強をせずに遊んでしまう. また, 「この課題さえ終われば自由に遊べる」「さっさと授業終わって遊びてぇ」などの声も良く耳にするのではないでしょうか. これも結局, "Study(勉強)"より"Leisure(遊び)"が先行してしまうからです.

そして, 僕はこう思いました. 

"Study(勉強)-Leisure(遊び)-Balance(両立)"ではなく, 

”Study(勉強) As(としての) Leisure(遊び)”という概念を持とう

これは, 昨日ある書店に慈悲歩行瞑想をしながら向かっている途中に, ふと思いついたことです. 最近, 自分があまりインプットの刺激を得られておらず, 代わりにアウトプットの刺激が多く得られているという状況に, どこか不満を覚えていました. 「もっとあの時間で勉強していれば」「もっと遊ぶ時間を制限して勉強の時間を設けていれば」「夜遅くまで起きて作業するより朝早く起きた方がやはり良かった」など, 不満を書き起こそうと思えばどこまでも書き起こせます. でも良く考えてみれば, "Study(勉強)"or"Leisure(遊び)"の二択で考えなければいけない自分の思考体系自体が本質的ではないのではないかと, 疑問を抱きました. 

そもそも何をもって"Study(勉強)"とし, "Leisure(遊び)"とするのかは, 個人の捉え方によって異なります. その捉え方自体に, ある種周囲の人々が抱く, いわゆる普通の捉え方に, 自分も知らずのうちに縛られてしまっていました. どこか, 知識を詰め込むことだけが, 自分の中の"Study(勉強)"になってしまっていた. 友人と鍋パをしたり飲みに行ったりすることだけが, 自分の中の"Leisure(遊び)"になってしまっていた. 

大切なことは, Study(勉強)を"Study(勉強)だけ"で終わらせず, Leisure(遊び)を"Leisure(遊び)だけ"で終わらせない, ということではないだろうか. 

常に一つの対象物の中にある"複数の存在する意義"を見出すこと, この探究心が掻き立てられることこそが, 真のLeisure(遊び)なのではないだろうか. 

良く考えてみると, ゲームにしろ, 友達との遊びにしろ, 旅行にしろ, 何かしらの探究心を掻き立てられています. そこに心躍るワクワクが発生し, "Leisure(遊び)"と感じるようになるのだと思います. パー蔵自身, 高校3年生になるまで勉強が嫌いで逃げてきましたが, 大学受験を皮切りに, 勉強することによる知的探究心の向上と, それが満たされることの達成感や充実感を味わうことで, 勉強の楽しさすなわち"Leisure(遊び)"たる感覚を得ることができました. これは僕だからとかではなく誰にでも起こり得ることです. 

あなたの探究心を駆り立てるものはなんですか?

是非, この記事を読んでくれたあなたと共に, 互いの探究心を刺激し合い, "Study As Leisure"という概念を持って, それぞれのオリジナルの勉強を確率していけたら大変嬉しく思います.

パー蔵自身, まだまだこの概念を胸張って語れるほど, 成熟しているわけではありません. 

この記事を最後まで読んでくれたあなたと共に, どんな姿になっていようと, いつまでも若々しく, 学び続けられる大人で在りたい.

まだまだ未熟者ですが, どうか温かい目で見守っていただけると幸いです.


スクリーンショット 2020-12-01 1.42.09

※これは成人式の時の写真です. 懐かしいものですね, これがもう2年前になるとは. みんな元気にしているだろうか.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?