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吟遊詩人の唄

 吟遊詩人の朝は早い。
 一般には彼らはノソノソと晩飯時の酒場に繰り出し、太鼓持ち宜しく冒険者どもをおだてて小銭を稼ぐご商売と思われがちだが、その実熾烈な競争を繰り広げ、羽ペンという爪とよく回る舌という牙で戦う猛獣だ。冒険者と共にダンジョンに身を投じる者ではなくとも、吟遊詩人は例外無く逞しい。タフじゃなければ生きていけないのは何処でも一緒だ。

「師匠、鍵束屋で九官鳥のアリアがやらかしました」
「アリアは鍵束逗留中か?」
「いえ、ここ数日は大店おおだなのマリクさん宅にいる様です」
「行くぞ、剣を持て」

「ラララ九官鳥のアリアは賢い子ー♪
 直ぐに他人の歌真似る〜♪
 良く似てる〜♪
 似過ぎてる〜」

 黒マントのフェルミは朝の街を高らかに声を張り上げて歩いていく。揶揄と美声、そして揶揄。birdが朝に囁くのは可愛らしいが、吟遊詩人bardの声は騒がしい。

「素晴らしきパスティーシュ♪
 誰に許可を取ったのか〜♪
 記憶力は素晴らしいー
 似過ぎてる〜♪」
 弟子が続く。若さが取り柄のソプラノボイス。師匠に続けて即興で歌うのは修行の一環である。

「プロットも、起きる事件も」
「黒幕も、事後の話も」
「台詞さえ!」
「町の名前も!」
「「パークーリーじゃーん♪」」

 師弟の奏でるハーモニー。シメはこれと決まっているので高低の響きは見事というしかない。そしてクッとフェルミが右手で空を掴んで歌を止めるとマリク邸の前である。タイミングはばっちりだ。
 そして窓から女性の歌声が聞こえてくる。恋愛ものなら並ぶものは無いが、昨今の流行が英雄詩なので今一つメジャーになれないアリアのハスキーボイスだ。
「黒いマントはー分からない♪
 話の違いと言うものを〜♪
 何でもかんでも俺、俺、俺!
 小銭をせがみにやって来る♪」

 ナニヲォ!と凄む弟子を抑え、フェルミはバリトン全開で応報する。
「剣を槍に持ち替えてぇ
 みんな金髪美男子でっ♪
 夢見る乙女は宜しいがー
 鏡を見てみろ九官鳥!
 どこが違いだ九官鳥ぉぉお〜っ!」
 胸に手を当て、もう片方の腕を斜め上に掲げたフェルミの無駄に良い声が朝の街に響き渡る。朝はオペラかカンタータかオラトリオか……この街の片隅のありふれた風景だ。年中彼は使用料の取り立てに走り回っている。

 大鴉レイブンの字名を持つフェルミはこの地方では1等級の吟遊詩人である。持ち歌も多く、歌を剽窃される機会も多い。それ故主だった吟遊詩人が街に来るとそれとなく情報を回してくれる顧客も多く……アリアの到来を知ったフェルミは変装させた弟子を夜の町の密偵として放っていた。その経緯もあり弟子は夜梟ナイトオウルの字名を名乗っている。
 吟遊詩人には持ち歌がある。これは主に吟遊詩人達の経済上の理由財布の具合で捻り出された物であり、それをそのままパクるのはご法度だ。他人の歌で稼ぐ時は凡そ3割を上納するのが古くからの慣しとされている。しかし先の理由で3割も上納する者はまずおらず、チョコチョコと細部を変えて「別の歌だ」と主張するのも常である。流行りが過ぎるとエピゴーネンが次々産まれるのはどこの国、どこの世界も同じである。この際改変が小規模でオリジナルと然程変わらぬ歌を歌うものを業界用語で「九官鳥」と呼び、改変すらほぼ無しの場合は「オウム」と呼ばれる。そしてアリアは地上スレスレを飛ぶ驚異の九官鳥として悪名高い毒婦である。又の名を「1割以下のアリア」
 この様なパクリパクられ罵り合いが常態化した結果、ここ数年の吟遊詩人達の歌はひと夜毎に怪物化が進む異常事態となっている。ゴブリンが次の日には(オークを飛ばして)トロルになり、トロルが(オーガやエティンを軽やかに飛び越えて)クラウドジャイアントになるまで僅か72時間しか要しない。一匹が二匹、二匹が四匹、3日目となれば16匹と、倍を超える速度でホラを吹く。町娘が明くる日には亡国の美姫となり、雷撃の一条ライトニングボルトは夜の闇を裂く無数の稲妻に、明くる日には嵐を呼び寄せたストーム・ブリンガー事になってしまう。打ち捨てられた古代のカタコンベは狂王の試練場に! いつの間にか創世の女神の祝福を受けた事になっている勇者は大体無敵である。
 フェルミは以前に余興として「かつてこの世が何度壊滅しかけたか」弟子に試算させたことがあるが、ざっとこの界隈で半年に一度は王国が滅んでいる事になっていた。フェルミは微笑みながら応じる。
「知る限り、7年前に一回だけだ」
 世界はいつの間にか滅びかけ、人知れず救われている。弟子は7年前にそんな事があったなど聞いたこともなかった。なんで師匠はそんな事を知っているのだろう?

 アリアから15%の利用料徴収を認めさせたフェルミは、差し出された銀貨30枚を手に再度アリアに確認をした。
「間違いなく3日間合計で銀貨200枚の収入だったと誓えるかね?」
「2〜3枚の差分はあるでしょうよ、そこまでは知らないわ」
「ご安心くださいアリアさん。私が数えておきました。324枚で15%は48枚です!」
 弟子は《《適当な数字》》を挙げたが、概ね300枚はほぼ間違いない。まさか数えたの?とアリアは驚いているが、シレッとリアリティのある数字を捏造するのは吟遊詩人の基礎スキルだ。断言、断言、迷わず断言。言えばそれがまことになる。古代社会に於いて吟遊詩人は時として裁判の弁護人を兼ねたという。意見を通し抜く言葉と音律の力……この技を究めたものが吟遊詩人の歌う《《まじない歌》》だ。当然アリアも同じ技を使う……創作は苦手でも彼女は吟遊詩人である。 1割を越える使用料を引き出すのはそれ故に非常に困難である。反論を封じた弟子の一言は見事と言うしかない。

「流石頭が九官鳥〜
 集めるだけで数えない〜♪
 ……鳥頭に免じて15枚追加で手を打ちましょう。朝から淑女レィディーの顔を曇らせる趣味はないのでね」
 嫌味満載でレィディなどと持ち上げたフェルミの一言で2時間に渡る舌戦は幕を閉じた。片目の神の使い魔たる思考フギンの相手は九官鳥には重過ぎる。

「あのツッコミは絶妙だった……腕を上げたなトマス。
 ああご主人、この子に焼きソーセージを。マスタードマシマシ。
 育ち盛りなのでねぇ……」
「嗚呼慈悲深きフェルミ卿!
 マスタードは大好きです!」
 素早く讃えるのも修行だ。瞬発、機転、当意即妙! 息を吐く様に言葉を吐き、考えるより早く讃えるべし。そこに機転ウィットが加われば更に良いが物事には段取りというものがある……あとは狩場さかばで自ら学ぶのだ。思慮分別は犬にでも食わせておけば良い。
 朝とも昼ともつかぬ時間帯に優雅な食事を済ませると、次は弟子の訓練。意外な事にフェルミは吟遊詩人には珍しく生粋の貴族……の次男であった。家名は継げずに商家の入り婿になったのだが店は少年のニキビより簡単に潰れた。以来キチンと本格的に《《趣味として学んだ》》詩と音楽を活用して「本格派ストロングスタイルの吟遊詩人」として名を馳せている。
「ソネットのリズムは?」
「8行の問いと6行の応答! 4+4からターンして3+3! 押韻が命です!」
「残念ながらそれはオーソドックスで酒場の客はそれを知らん…どうするべきかな?」
「《《1人が褒めれば伝播する!》》」
「excellent! そう、実際はどうかと言うのは短期的には意味が無い。しかし高名な第三者の批評は万言にも勝る。その批評を確かなものにする為に学ぶのだ! さあ、今日は紋章について学ぼう……」
 吟遊詩人として学ぶことの範囲は大変幅広い。実は剣術含む戦闘すら学ぶ。何しろ語って聞かせる相手は戦闘のプロフェッショナルである冒険者あらくれもの達だ、下手な描写はすぐブーイングに繋がる。アリアなどは良く「そんなん簡単にできるかボケェ!」の罵声を浴びているという。また、稀ではあるが冒険者に帯同したり、或いは冒険者を雇用して実際に魔物との戦闘を取材する事もない訳ではない。その際にも各種の知識や呪文、剣術などは身を助ける。それらは二重の意味で重要だった。
「正しく学んで正しくホラを吹く。ホラだからといってデタラメでは騙せない」
 フェルミはこの点にこだわっている。ホラに知性の光を宿せというのは宮廷に上がることもあったという師の教えの一つであった。歴史に地理、貴族の家系や伝承詩、モンスターの事から手品まで! 恋愛の機微や韻文の創作力に劣らず、これらへの広範な理解は創作に役立つ。
 夕方、陽が傾くまで学習は続いた。
 そして夜の帳が下りる頃……吟遊詩人達の狩が始まる!

 若き吟遊詩人、トマスは語る。

 いつも旅人や冒険者で賑わう鍵束屋は一階で食事が取れる旅籠兼酒場だ。夕の鐘が鳴り響く頃はまだ主人おやじさんが皿やグラスをピカピカに磨き上げるだけで、今日の客を待ち受けるキリッとした雰囲気に包まれていた。砕けた雰囲気の酒場も嫌いではないんだけど、僕はこのおろしたてのシャツの様に折り目正しい酒場が一番好きだ。
 師匠の命で鍵束屋を張り込みする僕はこの早い時間の酒場の雰囲気に併せて盛装し、オヤジさんに一礼してアリアさんの事を尋ねた。
「追い出しといてぬけぬけと……と言う事は今日はお前のフライトなんだろう?」
 師匠は「飛べるなら飛んでしまえ」……つまり初舞台を踏めるなら踏めと言っていた。上手くやれなくても場数を踏まなければ分からない事があると。
「はい、お願いします」
「なら客引きでスローナンバーから頼む。賑やかなのはテーブルが埋まってからだ」
 客も居ないのにガチャガチャ音鳴らすな! ……だったっけ。

 "On either side the river lie
 Long fields of barley and of rye,
 That clothe the wold and meet the sky;
 And thro' the field the road runs by…

 最初の演目はシャルロットの姫。
 最初に師匠から教わった古い歌……これは使用料が取られないって言ってたけど、それを別にしても綺麗な歌だ。
 チョロチョロと中を覗く往来の人が気になるが、気にせず1人歌う事、気にしたら客は店に入れない。
 ……Four gray walls, and four gray towers,
 Overlook a space of flowers,
 And the silent isle imbowers
 The Lady of Shalott.
 まだお客さんは来ない。静かな店の中、僕の声だけが響く……

 "……And little other care hath she,
 The Lady of Shalott.

 お客さんが1人着席。ちらとオヤジさんを見ると続けろの合図。雰囲気重視で高いワインだな! ご商売の邪魔はいけない……

 "……There the river eddy whirls,
 And there the surly village-churls,
 And the red cloaks of market girls,
 Pass onward from Shalott.

 2組来店! 惜しい今日はここまでか……

「続けてくれ……」

 ! 最初のお客さんだ! テーブルに置かれたコインを店のお姉さんが傍に置いてくれた。僅か銀貨三枚、しかし三枚!

 …
 ………
 ……God in his mercy lend her grace,
 The Lady of Shalott".

 ……長いシャルロットの姫を歌い終わるとパラパラと疎らな拍手が湧いた。恭しく帽子を取り、足元に置いて先の銀貨を置く。そして一礼。
「最も若い詩人が最も古い詩を歌いました。皆さんはじめまして、僕はトマス、皆さんご存知「大鴉レイブンのフェルミ」の弟子、「夜梟《ナイト・オウル》のトマス」です!」
 こうして僕は夜の帳へと羽ばたき始めた……

 宿に帰ると師匠はまだ戻っていない様だった。初舞台の割には緊張はしなかったが《《あがり》》はまだまだと言ったところ。銀貨のカウントが素早く終わるのが悲しい。
 最初に一人で稼いだ3枚は記念にしよう。1000枚貯めたら師匠に何かお礼がしたい。3年前押し掛けて無理矢理弟子になってから、師匠は色々面倒を見てくれた。あんなツラしてお人好しだから店潰れるんだ。
 タフじゃなければ生きていけない。優しくなければ……そうか、生きる力と生きる資格が必要なのか。流石師匠は師匠だな。

 翌朝も師匠は留守だった。金持ちの家に呼ばれたか、いい女性ひとでも口説いたのか。

 朝食を食べて支払いを済ませようとすると「もう頂いている」と断られた。誰が? 師匠が? なんで?
 店の主人から渡された羊皮紙は丸められて封印がされている。なんでこんな大仰な言付けを?

 〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
 もしも空を飛べたなら
 自ら生きて、学び、響かせよ。
 弟子の活躍を旅の空から祈念する。

 フェルミ・ド・ロマーニャ
 〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

 よく分からない。
 何のことだ、これは。
 なんで涙が溢れるんだ?
 はじめての日の報告をしたかったのに!
 どうして隣に居てくれないんですか師匠!

「言い辛いんだけどね……こう言ってくれと言われたんだ……
『1ヶ月分は頂いてる。食費込みでね。一月の内に蓄え、生活の基盤が作れないなら……故郷にお帰んなさい』
 ……俺は、信じてるよ」
「何でなんですか、おじさん! どうして……」
「何とも説明し難いんだが……ようやく君はフェルミに《《認められた》》んだよ。一人で生きていけると。一人前になったと……胸を張るんだ」
「大丈夫よトマスちゃん、貴方フェルミ卿のお弟子さんですもの……」
「トマス、いつまでお前フェルミの荷物持ちするつもりだったんだ? 俺は飛び出す方に賭けてたんだぜ!」
「泣くな。吟遊詩人なら歌え。もしかしたらフェルミの奴《《離別の気持ち》》を教えたかったのかもしれんぞ!」
 宿屋のご主人、女将さん、魔法使いのおっちゃん、変な小剣のにーさん……分かる、分かるんだけど身体が今は言う事を聞かない……分かりたくない……
「分かる分からないじゃあ、無いんだ。ただその時が来た。何でもかんでも理解して納得して充分な準備ができてから始められるもんじゃ無い。
 "時至らば立ち、風至らば飛び……」
 知ってる。その歌も師匠から習った……
「……嶺を目指す(ズズっ)鷹になれ……"」

 "いつか強い風が吹く
  自ら羽ばたき
  飛ばねばならぬ
 巣立ちの日は来たれり

 もしも空を飛べたなら
  時来たれば立て
  風と行く空
 ひとり高き嶺目指して"

巣立つ鳥は、いつも孤独だ。

 泣いてばかりはいられない。師匠が居ないという事は自分で食べていくという事だ。食い扶持はなしのネタを探さなければいけない……

「……で、その時前走ってた兄さんが……こう……剣を振るうとね、ジャキン!って音と共に剣が伸びたんですよ!」
「それは魔法ってことですかね……あ、すいませーん! お茶のポットおかわりでー!」
 昼下がり、トマスは食堂で妙な話をしていた2人の冒険者に「取材」をしていた。
 吟遊詩人というのは古い英雄詩や恋愛詩だけではなく、今この世にいるちょっとした有名人や武勲の話なども詩に仕立てて歌う。この際、完全な想像で英雄を作り上げる吟遊詩人も少なからず存在するが、事実は小説より奇なりというのは誓って真実である。人の世というのは本当に素晴らしい……素晴らしい題材あほうに満ち溢れている……剣が?伸びる?なんで?ネタ?
「これがまたにーさんえらい芸術家気取りアーティストでね、夜とか剣分解整備してニヤニヤしてるんだわー。変態だわあれー……その後素振りしてジャキンジャキン音させてたんだけど、何と戦ってたんですかねー?」
「悪霊でも見つけたんじゃね?」
「イマジナリーフレンドならぬイマジナリー悪霊。コワイ!」
 トマスはその変な小剣使いロマーニュに何処かで出会っているのだが、彼は街中や酒場で剣を伸ばしたりしないから「変な小剣のニーさん」としてしか認識していなかった。嗚呼運命の神はロマンは解すが吟遊詩人には厳し目だ。
「えーっと……その方は魔法で伸びる剣を携え《《オーク》》と戦い、バッタバッタと敵を倒して……」
「あれ? 《《小鬼》》だったかな? 余りのインパクトで忘れちまった!」
「ゴブリンにしてはデカかった、様な……俺も1匹殺してんだからな! 詩人さんここ頼むよ!」
「俺は3匹と《《いうことで》》」
「うわっ、ヒデェ。《《じゃあ俺も》》3匹追加で!」
「名前はなんて?」
「カーヘンケンさん……だっけ?」
ロマーニュ村のヘンケンヘンケン・ド・ロマーニュさん? ロマーニャだっけ?」
「僕の師匠ロマーニ《《ャ》》の町の出なんですけど、そんな美味しいネタ知らなかったなぁ……ロマーニ《《ュ》》村ってどこら辺ですかねぇ……」
「山裾辺りだと開拓村がポンポコできてニキビみたいに潰れるから、あの辺じゃねーかな?」
 酒が入って無くとも冒険者はいいかげんだ。吟遊詩人の唄なんてホラばっかりだから適当でいいだろうという姿勢がはっきりしているし、実のところトマス自身も「これだけじゃインパクト弱いなー」という視点で「どこで盛るか」思案している。エンタメは喜んで貰ってなんぼだ。宿屋代や場所代だってタダじゃない。お茶だって割と良いのを奢ってるんだ……折角のオリジナルネタ、ここでガッツリ稼いでおきたい。

 一方その頃話のネタにされている男は、宿屋の自室でクシュンクシュンとクシャミをしながら剣の調整に悪戦苦闘していた。野宿1日で風邪引くとは参ったな。ダンジョンで頑張り過ぎたかもしれない。今日は生姜を効かせた鶏肉団子スープが美味いあの店でホットワインでも飲みながらゆっくりす……へ、へ、へっくしっ!(がちん!)
 また叩き過ぎた……万力か何かで締め上げた方が楽だなぁ……

 翌々日。
 歩きながら歌を歌うのはもうトマスの習慣になっていた。
「……わーりーとー楽にー空をーとべーたよー♪
 ……
 アッリアさーん! あーそーぼー!」
「遊んでる暇なんかないわよっ!
 新作作らなきゃジリ貧だわっ!」
「良い話があるんですよおねーさん!
 《《ぼろ儲け》》、嫌いですか?」
「……いっぱいちゅき……」

 午後2時の鍵束屋はお客が少ない。
「いや、この間作った新作が大人気でして。さしあげよっかなー、なんて……」
「なんで黒髭まで……」
「俺も九官鳥なんて好かんのだが……」
「同じ町で稼ぐもの同士、仲良くしましょうよ……まぁ、僕は旅に出ようかと思うんですがっ!」
「あら? 鍵束屋ここを根城にするんじゃないの?」
「師匠でも追いかけるのか?」
「いやいや、独り立ちはするんですけど圧倒的に僕持ち歌無いじゃないですか? 少し旅にでも出てストック作ろうかと……」
「それで自分居ないから歌をあげるーって事? 先輩想いの後輩ってステキねぇ」
「どうせ買ってくれって話だろ……」
「正解! ただ、昨日歌ってますがかなりイケますよこれ……なんと今なら銀貨500枚!」
「呆れた……路銀くれって話じゃない……押し売りだわ!」
「2つで500だし、かなりウケるんでジャンジャンバリバリですよ? 昨日だけで銀貨200枚超えましたからねっ!」
「マジでかよ? お前みたいな新人でか?」
「疑うなら今晩セッションしましょうよ、1/4づつでどうです?」
「どんな唄なのよ……?」
「シンプルに言うと《《ジャキン!》》です!」
「「はぁ?」」

「ね?」
 銀貨は200枚をかなり超えていた。ヘンケン卿の唄2曲を今晩だけで6回は歌っただろう。初回歌って銀貨貰ってアンコール時には「さっきより少ないとなぁ……」で釣り上げる。更に3回目からは黒髭とアリアにジャキン!だけ頼んで更に銀貨を巻き上げた。
「あんた……その歳で老獪ねぇ……」
「師匠の指導の賜物です!」
 アゴに手を当て、トマスは決め顔をした。まるで似合っていない。若者には渋さという概念が決定的に欠けていた。
「確かに面白いし合いの手入れやすいから盛り上がるなこれ……本当に500で良いのか?」
「稼げはするわね、これ」
「でしょー? 更にヘンケン卿の話が山裾の方に行けば見つかるんじゃないかなって……取材費ちょーだい☆」
「続きも権利頂戴。鍵束に手紙出してよ。それならいいわ」
「おまっ……まぁ、今度会ったら飯でも酒でも稼ぎに応じて奢ったるわ……」
「毎度♪ いやぁ良い取引ですなぁ。気持ちいいですねー」
「黒髭先生、100貸して」
「利息取るからな、アリア」

「じゃあ、明日昼に鍵束でー!」

 ……
 …………
「……あの子、やっぱり行くのね……」
「フェルミの言いつけ守りつつ、歌増やそうと旅に出たら偶然……って言い張る気だろうな。路銀欲しけりゃ暫くあの歌歌ってりゃいい。焦る事はなーんにもねー」
「たくさん歌ってあの子の名前広めときますか。
 トーマスだっけ?」
「トマス! マロリーと同じトマスだよ!」
「トマトね了解」
「トーマースーっ!」
「あらやだ、やっぱりトーマスなんじゃない!」

 路銀調達の為に権利収入を惜し気もなく売り払ったトマス、余りアレンジを入れないアリア、人は良い黒髭……
 まさか、この日の何気ない一幕が人々の運命を左右し、本物の英雄が生まれる素地を作るとは……遥か彼方で今は別の仕事をしている神々すら気が付かなかった。またそれは別の話ではあるのだが。

「気ぃ付けろよ。金貨にしといてやったぞ」
「毎度〜♪ 手紙書きますよ黒髭さん」
「ラバ買ったんだ……武器はあるの?」
「一応ここに、ショートソードですけどね♪」
「扱えるの?」
「元々冒険者ですよ、僕」
「え? そうなの?」
 トマスは以前半年程斥候レンジャーをしていた。地元では父と共に猟師をしていたのだ。何の因果か旅に出て名を馳せたがる同郷の仲間とパーティを組んで冒険者稼業をしていたのだが……
「僕美形でしょ? それで仲間がギクシャクしちゃって……」
「自分で言う? 黙ってればお坊ちゃんだけどさ……」
「余り自慢できる話じゃないんですが、メアリー、ジェーン、アニタの3人から言い寄られて……パーティ組んでるから誰がいいとか選べなかったんですよ。子供でしたねー……そしたら刃傷沙汰《しゅらば》になりまして……」
「フカし無しかよ?」
「無しですよ。ガチですよ!
 その件でパーティクラッシャーの汚名を受けてギルド追放処分。僕何もしてないのに酷くない?」
「……まさかフェルミのハーレム追放の歌は……あの脇腹ぐっさりって……」
「あれ、僕です。割と脚色無しで。ホント脇腹ぐっさりいきました。死ぬかと思った! それで食って行けなくて吟遊詩人になる事に……誰も傷付けたく無いんだーで全員ボロボロとか超実話です……一番ボロボロにされたの僕ですがねっ!」
「ハーレムも良し悪しだなぁ……」
「ツラいっスよー……隊長だったケンまで恋愛ご法度だからな! から華麗な手のひら返しで……誰か選べ、アニタとくっつけ、ジェーンが可愛そうだ、いや待てパーティ外のウェイトレスさんにしろ……僕の意思とか関係無しで好き勝手言うし」
「今度の旅では女にゃ気を付けろよ!」
「はい、どさくさに紛れて500枚誤魔化そうとする様な女の人には気を付けます!」
「減らず口が無ければモテるわよ!」
「数足りなかったら催促しますね!」
「おねぇさん九官鳥だから数間違えるのは仕方ないの!」
 アリアの差し出した革袋はちょっと軽い気持ちがした。流石ねえさんブレないな。

「はるかー草原をー♪
 ひと刷毛の雲がー♪」
 旅装にポンチョを被り、頭には営業用の羽帽子。帽子に刺した梟の羽が朝の爽やかな風に揺れている。ラバを引きつつ唄を口ずさみながらトマスはポンチョに草原の風をはらませつつ歩き出した。
「さぁ、旅立ちだ! 今、夜が明ける!
 希望の光、この手に掴みー♪」
 まず向かうのは山裾の町。ヘンケン卿が実在するとしたらあの町の周囲の開拓村じゃ無いかと当たりを付けた。ダンジョンに出た「剣を生やしたストーンゴーレム」の話も気になるし……旅の吟遊詩人が居るとしたら面白い噂話には惹きつけられる筈だ!
 独り立ちはいいけど、一言ぐらいは言わせて欲しいよ、カイゼル髭の大鴉!
 1ヶ月路銀を稼げって言うぐらいだからまだそう遠くには行って無いはず。まだ一言言ってやれるぐらいの余裕はある……
 リュートを爪弾きながらラバと共に少年は行く。目指すは北の山裾、僅か30里の道のりだ。

「……師匠がいる あの雲の下
 遥かな空をーめーざーせー♪」
 調子に乗って歌っていたらゴブリン二匹に出くわしたが、剣も魔法もまじない歌もイケるトマスの敵ではない。早々に冒険者の道を閉ざされた彼ではあるが、才能的には有名冒険者として名を馳せ「歌われる側」になる道もあっただろう。全ては整った容姿……金色の柔らかな髪、長い睫毛、白い肌、しなやかな身体、少女の様な背丈に細い肩……これらが全て潰してしまった。輝くものが全て金貨では無く、鈍く光るものが必ず鉛と決まったものではない。人間は与えられた境遇の中で踠きながら生きていくものだ。手の中のものは状況次第で如何様にも姿を変える。
 歴史に「もしも」は禁句だが、下手をすれば彼も男娼に身を落す未来があったかもしれない、また或いは勇者の唄を歌う事なく街の吟遊詩人で生涯を終える道があったかもしれない。

 金色の朝日を浴びて少年は行く。

 彼は吟遊詩人おおほらふきの道を選んだ。

 いつか強い風が吹く
  自ら羽ばたき
  飛ばねばならぬ
 巣立ちの日は来たれり

 もしも空を飛べたなら
  時来たれば立て
  風と行く空
 ひとり高き嶺目指して

 若き日々の一人旅
  家族と別れ
   家族を作るその日まで

 やがて子らは一人立ち
  家族と別れ
   峻峰目指す、かつての父の様に  

方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!