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ヘンケン・ド・ロマーニュの可変剣


「なんじゃこりゃあ……組み立て式の剣……か?」
「違う、可変機構付きの長剣だ」
 男は真剣そのものの眼でドワーフの鍛冶屋を見据えた。家名は無くただロマーニュ。以前にも何度か店に来た今年24の中堅冒険者。経歴8年。英雄と言うには些か武勲は足りないが、抜け目なく戦いそれなりの実績を残し、相応の資産を有する若手だった筈。確かこの間ケルベロスを退治してちょっとした小金を稼いでいた筈だ……こんな変な奴だったけか? と中年ドワーフは顎髭をしごきながら途方に暮れた。
 そして今、ロマーニュは正気を疑われてもおかしくない特注武器の発注説明を始めた所である。
「柄の所のグリップを固く握り込むと刀身部分が展開伸長して幅広小剣がロングソード形状に変形するんだ。パーツ構成と形状変形ギミックは3枚目以降に書いてある一応これで刀身長40cmから70cmへの伸長は出来るはずだがまだ机上の空論だ予算は試作分含めて6000GPを予定しているが足りなかったら言ってくれそれは出す」
 熱のこもった語り口と言うか、熱でうなされて悪い夢でも見ているのか……段々早くなる口調に狂気が滲んでいた。ドワーフ鍛冶屋の赤外線視(インフラビジョン)では頭に熱が出ている等の異常は見られない。並みの剣なら500本分近い大金……冷静に判断すると「こいつアホか」以外の結論は無い。
 ヤバい事になって来たぞと脂汗を浮かべながらドワーフ鍛冶屋は重い口を開く。
「敵ぶっ叩く刀身部分を脆弱にしてギミックを仕込む……なんでまたそんな事を……」
 言外に「お前はアホか」の侮蔑を込めてロマーニュに問い質す。しかし彼は一切躊躇する事なく返答する。
「幼き日に夢見た理想の武器さ。ダンジョン最奥で俺はこの剣をジャキンと伸長させ強敵に挑むのさ……こう……ゆっくり歩を進めてな……こうしてジャキンだ……格好いいだろ?」
「斬りつけた瞬間に刀身がバラけてくたばるだろうな」
「そんな武器普通に考えたら使い物にならないのは俺にだって判る。だからそれでも勝てるように鍛えてんだよ。俺は死ぬならこの剣とロマンを抱いて死にたいし、この剣で偉業を成し遂げ、ヒヨッコ冒険者が憧れと共にこの剣を見上げる……そんな夢を叶えたいんだ!」
「ふん、『こいつの扱いは難しい、お前らはまずそこの剣でも振り回してるがいいさ』……と数打ち渡すと、そんな世界か?」
「わかってるじゃないか! 『そうさ俺も最初は小剣から始めたもんさ』って言うんだよ!」
「ロマンか」
「ロマンだ!」
「やれンのか?」
「やるんだよ!」
「最後に言っとく、魔剣買い求めるんじゃいかんのか? 絶対そっちの方が有利だろう?」
「魔剣には俺が求めるロマンがねぇ」

 …………

「お前は……バカだ。もう少し具体的に言うとロマンと心中しようとする稀代のバカだ。普段は蹴り出して出入り禁止にするとこだがな……」
 鍛冶屋は立ち上がり、右手を出す。
「どうやら俺もバカになったらしい。やるか兄弟」
「頼むぜ兄弟」

 側から見れば熱い男同士の友情の握手ではある。側から見たらだ。2人は実に良い顔をしていた。
 後の世にヘンケン・ド・ロマーニュの勲と呼ばれるサーガは山の麓の小さな町で産声をあげた。

ジャキン!
「おお!」
「おおっ!」
 その音は二人の男を身震いさせ、心の中の火種を燃え上がらせた。可変剣の一号試作は多少の機構設計の変更を経て確かに完成はしたのだ。
「もっとシャキンと言う音になると思ってたが……」
「ジャキンと言ってただろう? こすれ合うパーツを磨き上げずに少し梨地にしてみた。やはり音は荒々しい方がいいと思ってな……」
「やるな兄弟、俺の目に間違いはなかった……」
「泣くな兄弟、これはまだ最初の一歩に過ぎん。ロマンの道は果てなく遠いぞ……」
「……そう……そうだな……では一つ試し斬りを……」

 しかし二人の心に暗雲が立ち込める。

 剣先で当てれば刀身が反り返り、可変接合部で叩けば剣先がお辞儀をし、根元で斬りつけると剣先が折れてあらぬ方向に飛んで行った。

「剣と物理の神はロマンを解さぬ……」
「そいつら股間に玉ぶら下げてない生き物だな。なぜ分からん!」
「強度設計が……」
「破断形状はどんな感じだ?」
「ポッキリだな……ここを急激に細くして刀身の厚みを稼いだのが裏目に出た」
「ここをもう少し厚めに出来ないか?」
「バランスが悪くなるぞ?」
「それは操法でなんとかする。この剣は俺たち二人で作り上げるんだ。お前が作って……」
「お前が戦う……か。よし、次の試作に移ろう!」
「俺も修練をしよう……店にレイピアあったよな? あれ売ってくれ」
「何をする気だ兄弟?」
「西のダンジョンの8層にストーンゴーレムが湧いた筈だ。レイピアで斬り殺してくる」
「おいバカやめろ。レイピアなんかじゃ折れちまうぞ!」
「生憎俺は稀代のバカでね……」
 ロマーニュはニヤリと笑う。
「それぐらい出来なきゃこの剣を扱えないなら、俺は必ず成し遂げる。やろうぜ兄弟、これが俺らの人生ロマンだ!」
「やるのか兄弟、生きて帰れよ!」

 翌日、二人の男はそれぞれの戦場に戻って行った。ドワーフは鍛冶場で火と鋼を相手とし、ロマーニュは単身ダンジョンへ。ハンマーとレイピアは競う様に敵を打ち据え、二人の手には血豆とタコが新たに生まれていた。
 遠く離れても心は一つ。二人の魂はロマンの道をひたすらに走り続けていた。
 そして瞬く間に月日は巡り、二人は山裾の町で再会を果たす。
「出来たか兄弟?」
「やれたか兄弟?」
 二人は固く握手を交わし、互いの掌の感触で互いの成功を感じ取った。
「剣の方はな……些か不細工かも知らんが接合部を強化した。オリハルコンとまでは言わんがせめてミスリルが使えればもう少し強度が上がるんだが……」
「量産できないのは痛いな……鋼で行きたい」
「お前ならそう言うと信じてた。だが鋼で行くならやはりここと……ここだ。この部分はどうしても強度が出ずショックに弱い。だから根元15cmほどは刃を付けずに剣を受けやすい様に形状と強度を工夫した。やるならここで受けてくれ」
「こっちも収穫があった。ダンジョンで知り合った剣士が薄刃の曲刀使いでな……受け止めずに受け流し、叩き付けずに引いて切ると言う操法を使ってた。あれはこの剣使うのにはいいかもしれない」
「引き切る? どんなだ?」
「剣の刃の全長を使うんだそうな……斬りつける際にここで当てて切っ先まで引きつけつつ切る。ほら、そうするとここからここまでの断面形状で斬りつける事になるから擬似的に刃先が鋭くなるだろう?」
「……なるほど。剣自身は厚目であっても、斬りつけ部から見たら極薄の刃の様に見える訳か……」
「レイピアで練習してみたんだが……」
 ロマーニュは背嚢から細い石を取り出す。一つの面はまるで割れたかの様に鋭利で滑らかだった。
「なんじゃこれ?」
「ストーンゴーレムの指さ。綺麗なもんだろう? これぐらいまでならレイピアで切断できた。流石に腕は切り離せなかったがな!」

 2号試作(強度増強型)は敵に見立てた案山子を切り裂くことに成功したが、どうしても力強く斬りつけると多少の歪みが出てしまう。二人は協議の末に剣を分解整備出来るよう改良した3号試作をフィールドテストに使用する事にした。

 ……が、作業は遅々として進まない。
 西のダンジョンから一番近い鍛冶屋であるドワーフの店に、何故かレイピアの注文が殺到したのである。
「レイピアを腕に生やしたストーンゴーレムが現れた」の報は冒険者たちの心にロマンの火を灯した。折れて刺さったままのレイピアはやり方次第で石を断てると言う証明であり、討伐後にゴーレムの腕を折ってみた冒険者が見たものはレイピアが生み出した滑らかな断面だった。
 酒場は大いに盛り上がった。
 折れた刀身は全く魔力を感じさせなかったが、魔力付与により強化されていたのではと言うもの、たまたま誰かの魔剣が切り裂いた跡に偶然レイピアが食い込んだだけだと考えるもの、レイピアでは石を切るのは当然難しいが、無理ではないのでは……と予想するもの。
 いずれも腕には覚えがある冒険者たち。誰が言うともなく彼らは自分でもそれを試したくなってしまったのだろう。かくして「レイピアチャレンジ」と後の世の人々が語るブームが巻き起こった。ただ倒すだけならウォーハンマーが最適なのに何故か愚か者たちがレイピアで挑む。故にレイピアは枯れ枝の様に折れまくり、当然補充が求められる。
「弱ったなこりゃ……」
「他から在庫仕入れるか……」
 ロマーニュまでレイピアの組み立てに駆り出される盛況は彼らのロマン追求には不要であったが、何せ原因は当のロマーニュである。形は違えど彼奴らも俺たちの兄弟だと思えば「バカなことは止めろ」とも言い出しにくい。二人はバカの上に大が付くバカなのだから。

 ロマーニュは馬車で2日先にある街まで可変剣3号試作を携え買い付けに行く事にした。とりあえず20もあれば熱狂も納まるに違いない……
 と、乗合馬車に腰を下ろして半日。なんとも間の悪いことにゴブリンが6匹ほど現れた。居合わせたロマーニュ他2名の冒険者が迎撃に向かい……何気なく3号試作を展開する。

 ジャキン!

 その時、空気が止まった。
 先頭を切り走るロマーニュが不恰好な小剣を左肩から右下に振るいつつ刀身を展開。
 ゴブリンは目を剥いた。
 二人の冒険者はロマーニュが「この角度から見たら絶対格好いい」と言う絶妙な角度でその変形を目撃した。馬車で見守る商人と御者は何が起きたのか分からなかった。
 そして冒険者とゴブリンだけではなく、空と大地と草と風がおお……と声を上げて驚嘆した。
 ただ、漢気溢れる運命の神だけがその様を暖かく見守っていた。

「可変剣のロマーニュだ!」

 後に伝言ゲームによりヘンケン・ド・ロマーニュと呼ばれる男はこの様にして物語の世界に足を踏み入れたのだ。  

 ストーンゴーレムを単独で狩りに行く程度には熟達したロマーニュであるから、ゴブリンは瞬く間に殲滅された。ただ、最後の一匹の首を撥ねようと試作3号を横に斬り払った際に剣は頭蓋に命中……試作3号は僅かに歪んでしまった。
 馬車に戻ると質問責めに遭う。
 いやこれはクセが強くて今のところ俺しか扱えないと言う説明は「選ばれた者にしか扱えない」と変換されて伝わった。山裾のドワーフ鍛冶屋が作った試作品と言う説明は時系列を無視して「山裾に住まう古の偉大なドワーフの鍛冶屋の作品」に、3本目だと言う話に至っては「この魔剣は3振りある」に変化した。つくづく人と言うものは真実ではなく見たいものを見る。試作1号はとっくに折れて儚い命を散らしたと言うのに!

 野営の折、試作3号を分解してゲージに当てながらトンカチで微調整をしている姿がこれまた二人の冒険者の心をくすぐった。慣れた手つきで分解し、刀身を睨みつつ微調整をするロマーニュの姿は玄人の様であり、普段は手入れもろくにしない愛剣を二人はロマーニュを真似して丁寧に……とは言えオイルストーンのオイルが無くて砥石でこする程度だが……手入れをした。
 顔には出さないがロマーニュは心の底から満足していた。あのジャキンはやはりいい。実にいい。アレをやりたくて冒険者になったのだ。ようやくあの日の夢に近付いた。斬ったのがゴブリンというのが些か不満ではあるが、これでトロルやオーガを切るのはまだ不安が残る。まだ俺はこの剣を使いこなしていないし、剣もまだ万全ではない……
 読者諸兄も既に御察しの通り、上記の独白は「魔剣は復活したばかりでまだ本来の力を取り戻していない」と解釈された。

 手入れが終わり、ロマーニュが展開動作を闇に向け何度か確認する様は一行の目に隙無き武人の印象を与え、彼らはロマーニュを一人の勇者の様に見上げるのであった……

 街の武器屋に行くと、流石にレイピアの在庫は20も無いと言われ……生産するから5日待つ様促された。街をブラブラしながら時間を潰し、3日目の夜に宿でささやかな夕食を楽しんでいると、吟遊詩人が何やら聞いたことのない歌を歌い始めた。
 太古の魔剣が若き勇者を求めて出会い、剣と勇者は契りを交わしてどーのこーの。旅人達がオークの一団に追われて危機一髪と言うシーンで勇者が現れ、剣が魔法で大剣となり瞬く間に1ダースのオークを切り裂いたこと。なんか大剣に変化する時ジャキン!と高らかに音がしたと言うシーン(リュートでジャキンの効果音付き)には「なんだ、他にもロマンを解する奴がいるんだな」と妙な感心とシンパシーを感じたが、まさかロマーニュ自身の話に手足が生えトサカが付き火を吹き始めたとは夢にも思わない。彼も自分の話に毛が生えたり尾鰭が付いた程度なら気が付いたろうが、鶏がいつの間にかコカトリスになっていたら気付きようがない。
 歌が終わるとロマーニュはザウアークラウトを頬張りつつ拍手をし、吟遊詩人にワインを一杯奢って三枚の銀貨を帽子に放った。いやいい歌を聞いた。魔剣に興味は無いが世の中には似た奴が居るもんだなぁ。あっちは魔法で伸びるのか!

 誰も当人がここにいるとは気付かなかった。そりゃそうだ、ここにいるのはコカトリスではなく鶏だもの。畳まれた可変剣は奇妙なショートソードにしか見えないし。

 明くる日は全く酷い日だった……
 朝から官憲の事情聴取を受けた。理由はレイピアの大量注文。何故だ。
 レイピアは護身用であったり貴族の決闘用の刀剣である。これの大量発注は大規模な決闘……私闘の可能性を匂わせる。何か不埒な事を考えているんじゃ無いかと詰問され、衛兵の皆様には少々理解し難い「レイピアでストーンゴーレムを切る」と言う奇習の説明をする羽目になったのだ。余りに理解して貰えなかったのでロマーニュはザックに入れたままになっているゴーレムの指を見せつつ「やりようによってはこの様な芸当が可能である」事を説明したが、中々理解はして貰えない。最後には実際石を剣で切って見ろと実演を求められたが試作3号でそんな事をしたら大惨事だ。そしてその話をすると今度は可変剣の話を長々としなければならなくなった。
 ゴーレム斬りの辺りまでは変な奴程度だった眼差しが、可変剣の話になると「可哀想な子を見る目」に変わったのをロマーニュは見逃さなかった。勢いでロマーニュは試し斬りを了承し、可変剣を伸長させると訓練用の案山子の兜の下、ちょうど喉の辺りを上手い具合に切り落とした。
「……伸ばす意味……あるのか……」
「俺の内なる魂の要求だ……」
「普通の剣ではいかんのか……」
「普通の剣より強力だから文句垂れられるなら判るが、脆弱で文句言われる筋合いは無い」
「そらそうだが……酔狂にも程がある!」
「こっちはソロの冒険者稼業、背負うものなき流れ者だ。だったら背中にちょっとしたロマンを背負うぐらい許してくれよ……」
「今話題の勇者ヘンケンもロマンを背負っているのかねぇ……そういやお前もロマーニュだな?」
「あっちは家名でこっちは名前。農家の倅にご大層な家名はねぇ!
 ……で、ヘンケン卿ってどの辺の人?」
「荒野で夜、魔剣を振るって死霊と戦ってたと聞くぞ。魔剣が姿の見えぬ死霊を見つけると自動的に剣が伸び、光の大剣が苦もなく死霊を切り裂いたとか……」
「魔剣はすげぇなぁ。こっちはギミックだけだってのに」
「でも、ジャキンは良かったぞ! アレだけはいいな! ヘンケン卿の剣もあんな音なのかもしれないな!」
「音は調整出来るから、一回聞いてみたいもんだよなぁ。似た音にできるかも……」
「おいおい魔剣の偽物作りはやめてくれよ!」

 どちらかと言えばヘンケンなる非実在冒険者こそロマーニュの偽物なのだが、乖離し過ぎたイメージは既に2人を別人と規定していた。死霊が云々はメンテナンスと組み立て後の動作テストがある吟遊詩人の手により針小棒大に拡張された話であるとは……やはり誰も気付かない。拡張というより捏造。共通点は夜に剣を振り回したと言うたったそれだけ。
 夜の宿屋では早速その「新たなヘンケンの歌」が披露されていたが、メインボーカルにリュートが2つのトリオ構成で、ジャキンジャキンは2人が交互にリュートをかき鳴らしていた。
 それにしてもこの宿屋の酢漬けは最高だ! 今日は厚切り豚肉のソテーと合わせたが、柔らかな酢の酸味がややしつこい豚の脂を爽やかに洗い流してワインが進む!

 …案の定飲み過ぎた。

 ロマーニュがレイピアを仕入れて鍛冶屋に戻るとドワーフは(髭で隠れて識別は困難なのだが)青い顔をして憔悴していた。
「帰ったか兄弟、ちょいと不味い事になった……」
「どうした兄弟、レイピア売れなくなったのか?」
「冒険者組合ギルドが……まぁいい、行こう……」
 山裾の町の冒険者組合は登録者数9名(5名パーティの新人組が1、中堅コンビが1、ソロのロマーニュとあと1人)、これにたまに立ち寄る旅の冒険者が出入りする小さな施設だ。依頼はさほど多くはなく、中堅冒険者が比較的低位の依頼を気まぐれで処理してなんとか依頼達成率を稼いでいた。
「中堅さんはどこで遊んでるんですかねー……」
 受付嬢はおかんむりだった。それもその筈、新人組はヘロヘロになってテーブルに突っ伏し、いつもなら5〜6人はいるはずの流れを含む中堅組はどこかに消えていた。
「みんなどこかでロマンを追いかけてるらしいんですけど、ロマーニュさんは違いますよねぇ……?」
 例のチャレンジが誰のせいで引き起こされたか勘付いている様な気がしないでもない。
「ロマーニュさん、鎧や武器は既製品で済ませて貯金するタイプ……堅実ですよね……その装備でベテラン向け依頼ソロとか実は実力凄いでしょ。街でゆっくり英気を養ったロマーニュさんなら3日で5件行けますよねぇ……?」
「いやそれはむ……
「あ"?」
「……いや、行けますやります取ってきます!」
 オーガ×3、トロル×6、シャーマン付きゴブリン12、わ……ワイバーン×1……ロッティングコープス数不明……
「ケンちゃん達5連勤で頑張ったんですよ……」
(う。)
「これ、地図です。暇だったんでまとめときました。山の西のワイバーンとオーガはソロで行けますよね? ケンちゃん達1日だけお休みしたら数の多いゴブリンとトロルは手伝ってくれるそうです。いい後輩ですよねー……ロマン追っかけてる最低野郎は除名したくなりますねー……」
 ワイバーン自体やったことがないロマーニュにはそもそも出来るか出来ないかは判断がつかない。オーガは2体までなら経験があるが、討伐したのは確か2年前。2年の経験で+1体行けるかどうかは判断が難しい。最も無理だとしても拒否権は無さそうだし多少無理をしてでも仕留めなければ後は無さそうだ。
「馬は用意しました。死なせたら買取です。一日遅れで東の村の斥候スカウトさんが確認に走る様手配は済んでます。わぁただ倒すだけ。私有能!
溜まりに溜まった依頼解消お願いしまっす♪」
 受付嬢の目は冬の曇天の様だった。どこにも朗らかな要素は無い。イケんのか、これは……
「やべぇぞ兄弟……」
「俺も行くわ兄弟……」
「……そらドワーフの手でも借りたい所だがよ……」
「安心しろ、これでも元吟遊詩人に武勇を歌われた勇者だ……ホラだがな……」

「10年は昔の話なんだがよ……大岩割りのバノックバーンなんて呼ばれちまってなぁ……あ、ちょっとケツ押してくれ」
「兄弟、馬乗れンのか?」
「乗っちまえば降りるのは落ちるだけだかんな……昔は採掘した鉱石運びで使ってたさ……っしょ」
「で、大岩割りがどーしたって?」
「トロルごと大岩割った奴の話知らんか?」
「……トロルのネームド追い詰めて頭から斧で両断したってアレか?」
「あれ、ワシの話じゃ……ホラだがな。
この町で店構えてすぐ、大雨で山道に岩落ちて来たことあってな。ノミ当ててハンマーで割ってやったのさ。それを若いのに運ばせて道通してたらたまたまトロルが出て来てな……石のみで大岩割った話が3日後にはトロルの頭ごと大岩割ったって話になっとった。トロルは若いのが倒したのに」
「大岩は割ったのか」
「ワシら鍛治修行の下っ端時代に鉱石採掘やらされっからな。岩の目が判れば案外割れるもんなんだよ……真っ二つとかは無理だぞ当然!」
「案外あてにならんもんだな、英雄詩」
「ドラゴン殺しだトロル三匹殺しだがシチューの具にする程居たら冒険者なんてやってられんじゃろ……狩り尽くされちまうわ」
「そうだなぁ。今回の依頼もヘンケン卿が居たら片付いてるだろうしなぁ」
「……誰だ、ヘンケンて?」
「今、街で大人気の勇者さ。ヘンケン・ド・ロマーニュ。魔剣使いの冒険者」
「ロマーニュって……」
「あっちは家名、こっちは名前! 別人だよ。俺は可変剣のロマーニュ!」
「……かへんけんのろまーにゅ
 ……ヵヘンケン ノ ロマーニュ……」
「どうした兄弟?」
「声に出してみろや、そら聞き間違えで可変剣のロマーニュだよ!」
「いやバカな」
「まぁた吟遊詩人どもがやらかしたってわけだ。大体可変剣なんて言葉は俺たちの造語なんだから他人にはなんのことかサッパリだろ! 人名と勘違いされてんだ!」
「……やられたな兄弟」
「ヤベェぞ兄弟、それがお前のことだと知られたらどうなると思う?」
「有名になれるな」
「カラカラ笑ってる場合か。とんでもねぇ討伐依頼やらされっぞ!」
「今と大して変わらねぇんじゃないか? 3日で5件だぞ?」
「それ四六時中やらされてみろ。見事に悲劇の出来上がりって寸法だ」
「死んだ英雄だけが永遠に語り継がれる……って奴だな」
「死んじまえばなんぼホラ吹かれても文句言われないからそらーもー盛られるぞ」
「世の中の真理に触れた気がするぜ兄弟」
「伝説の鍛冶屋として魔剣量産とか請われても困ンだよ兄弟、レイピア事件で懲り懲りだ!」
「じゃあ、殺しとくか」
「何を?」

「英雄をさ、兄弟」
 ロマーニュは悪戯っぽく微笑んだ。


「さぁて皆の衆ここからだぁ!」バンバン
(へ?)
「傷付き倒れた我らの前に、待っていましたヘンケン卿!」ババン
(ええー? (でもヘンケン卿なら……
「卿は愛剣むンずと掴みぃ、勇躍竜の眼前へェ!」
(ごくり……)
『ここは任せて卿は引け、今日がお山の悪竜のぉ、今ぞ命運尽きる時ィ!』ババン!
「光輝く愛剣がぁ、聖なる光を解き放つ! 斬り結ぶ事十何合! 大岩割りも力尽きィ!」ババン!!
(ドン!)
 乗ってきた! みんな軽く足踏みで合わせてきた!
「突き出す愛剣、ついに悪竜の邪悪な顎門を貫いたっ!」
『これで終いだ、悪竜クロンヴィル! 剣よ今こそ誓いを果たせ!』
「剣を掲げて10フィート、伸びた光で20は超えた!」パンっ!
(ダンッ!)
『よくもやったなヘンケン卿! しかし貴様も道連れじゃあ!』バババン!
(ダダンッ!)
「力尽きたかヘンケン卿、愛剣既に光無くぅ!」
(おい! (オィイーッ!
「剣を遺してヘンケン卿! 竜と一緒に谷底へ!」バンバン!
(えーっっ!!)
「雨よ降れ降れ天も泣け! かくしてお山の悪は去り、今日もジャキンの音がする!」ジャキン!

「マジか……」
「マジでか……俺らのヘンケン卿が……」
 いつ俺がお前らのモンになったんだ……まぁ、ヘンケンは俺が今トドメを刺したがな!……という意味でロマーニュは悪い顔をする。

「ホラなんだろ? なんか証拠あるのかよ?」

「この剣なんだと思ってんだ」
 ロマーニュは変形機構がバージョンアップした第四式可変剣を高々と掲げる。
「これぞヘンケン卿の竜殺し、俺が持ち帰った可変剣よ!
 ……魔力切れたらしいけど」

 今日も酒場は大盛況。
 ロマーニュとバノックバーン(の名前が出ると大岩割りとバレるので、今も彼は名無しのドワーフ鍛冶屋を名乗っている)は妙な節を付けつつ壇上でヘンケン卿の死と名付けた語りを披露する。

 実際危ない所だった。
 2人は「ドラゴン出てきて危ない所をヘンケン卿に救われた」という筋書きで話をしているが、危なかったのはワイバーンである。ドラゴンなんか出てきたらそりゃあもう直ぐにあの世行きだろう。
 顎下から可変剣で斬りつけたまでは本当だ。切ったのはドラゴンじゃなくワイバーンだけど。うっかり顎下動脈を切ってしまい頭からワイバーンの血を大量に浴びてビショビショになったまま下山したものだから、それはそれでまた「血まみれの騎士」なる新たな勇者を生み出してしまった。
 まぁなんだ。邪魔ならヘンケン卿と同じで殺してしまえば良い。

 初級冒険者チームのリーダーであるケンが近付いて来て可変剣を弄り回す。
「これが伝説の剣か、流石にこう……綺麗ですね……」
 未使用品なんだから当たり前だが、2人はそんなことは話さない。
「これ……譲って貰えませんか?」

 バノックバーン「ふん、こいつの扱いは難しい、お前らはまず腰の剣でも振り回してるがいいさ…なぁ兄弟?」
 ロマーニュ「ヘンケン卿だって小剣から始めたって言うぜ、なぁ兄弟?」
 ケン「なんでそんな事知ってるんですか?」

 そりゃぁ、ロマーニュほどヘンケン卿に詳しい奴はこの世に居ない。  

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