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NIKKA「カフェモルト」と、カフェ式連続式蒸溜機「カフェスチル」について

今回はニッカの独自性が際立つウイスキー「カフェモルト」を採り上げたいと思います。
ニッカが販売している「カフェモルト」は2013年12月にヨーロッパで先行販売され、2014年6月には日本でも販売が開始されました。

「カフェモルト」というボトルは伝統的な連続式蒸溜機「カフェスチル」を使用し、原材料をモルト(大麦麦芽)だけで製造したウイスキーです。
連続式蒸溜機「カフェスチル」から生み出されたカフェモルト原酒は麦芽の甘さと芳ばしさ、バニラの香りと軽快なモルト香が調和し、ふわりとクリーミーな甘さと爽やかな後味が特徴です。

世界的に見てもモルト(大麦麦芽)を連続式蒸溜機で蒸溜することはめったにないという理由もあり、ニッカ「カフェモルト」は発売開始から現在まで通常のモルトウイスキーでは到底成し得られないであろう栄誉ある賞を2つ獲得しています。
先ず「THE MOST INNOVATIVE SPIRITS LAUNCH OF 2014」と言い、直訳すると2014年度の最も革新的なスピリッツの発売となります。
こちらは英国のスピリッツ専門誌「THE SPIRITS BUSINESS」において、2014年に発売された全てのスピリッツの中から選ばれた栄誉ある賞で、モルトウイスキーをカフェスチルで作り上げるという斬新な手法と、芳醇な香味を持つウイスキーとしての仕上がりが高く評価された様です。

そして、もう1つが2017年に受賞した「International Spirits Challenge 2017、グレーンウイスキー部門カテゴリー最高賞”トロフィー”」です。
「International Spirits Challenge(通称ISC)」は、毎年イギリスの酒類専門誌「DRINKS INTERNATIONAL」が主催している世界的な酒類品評会で、特に"トロフィー"は金賞の中から選ばれた最高賞です。
特に原材料が100%モルト(大麦麦芽)のウイスキーが、主にトウモロコシや雑穀などを主原料としたグレーンウイスキー部門における最高賞”トロフィー”を獲得したことは間違いなく大きな"事件"でした。

ウイスキーの定義としてモルトのもろみをカフェスチル(連続式蒸溜機)で蒸溜したウイスキー原酒は「連続式蒸溜機で蒸溜した」という構成要件により、たとえ原料がモルト(大麦麦芽)であったとしても「連続式蒸溜機を使用したウイスキー原酒」ということで、製造工程の判断でいえば、種類別としては「モルト」ウイスキーではなく「グレーン」ウイスキーに分類されることになります。
一般的なモルトウイスキーと同じくモルト(大麦麦芽)が原材料で、精麦(モルティング)から醸造してもろみ(ウォッシュ)を造るまでの製造工程は同じですが、蒸溜工程を単式蒸溜機(ポットスチル)で行わず、主にトウモロコシや雑穀などを原料としたグレーンウイスキーの製造に用いられる連続式蒸溜機で蒸溜工程が行われるところが大きく違います。

つまり、割と誤解されがちではありますが、一般的なモルトウイスキーとは異なり、ニッカの「カフェモルト」は一見すると"モルト"と名乗っていますが、ピュアモルトウイスキー別名ヴァッテッドモルトウイスキー、あるいはブレンデッドモルトウイスキーなどではなく、れっきとした"グレーンウイスキー"なのです。

"グレーンウイスキー"という立ち位置であるカフェモルト原酒が使われているボトルで代表的なものでは、ニッカ独自の“オールモルト製法”が売りだった終売ボトル「オールモルト」と「モルトクラブ」が特に有名です。
単式蒸溜機で蒸溜したモルト原酒に連続式蒸溜機で蒸溜したカフェモルト原酒をブレンドするモルト(大麦麦芽)100%のブレンデッドウイスキーです。
他にも宮城県限定品として有名な「伊達」などがあり、カフェモルトが明確に使われていると確認出来る銘柄は、カフェモルトに加え、オールモルト、モルトクラブ、そして伊達の4銘柄です。
現在は「カフェモルト」「伊達」の2銘柄のみ販売が継続されています。

では、ここからはニッカ独自の「カフェモルト」原酒を生み出す「カフェ式連続式蒸溜機」いわゆる「カフェスチル」について掘り下げていきたいと思います。

ニッカのウイスキーには3つの蒸溜器(機)が生み出す特徴的な原酒の味わいが根幹にあります。
ひとつは余市蒸溜所のストレート型ポットスチルで、現在では世界唯一となった石炭直火蒸溜から生まれるヘビーで力強いモルト原酒はピートやスモークの香味成分が堪能出来るフルボディさが魅力の原酒です。
もうひとつは宮城峡蒸溜所のバルジ型ポットスチルで、スチーム間接蒸溜によって生み出された華やかで香り高いモルト原酒は、余市のモルト原酒とは全く異なるタイプのウイスキーを造りだします。
ニッカでは余市をハイランド、宮城峡をローランドとイメージして、それぞれの特色を生かしたウイスキー造りが続けられています。

その3つの中で最も特徴的な蒸溜機が1963年にニッカが導入した「カフェ式連続式蒸溜機」です。
この蒸溜機は1830年頃に発明され、開発者であるイーニアス・カフェ氏の名にちなんで“カフェスチル”の愛称で呼ばれています。
創業者の竹鶴政孝氏は創業当時より「国産のグレーンウイスキーを使えるようにならなければ、日本のウイスキーは一人前とは言えない」と、常々考えていました。
それは自社製造のモルト原酒だけではなく、グレーン原酒も自社製造することで本格的な国産ブレンデッドウイスキーを造りたいという夢がありました。
現在主流となっている一般的な連続式蒸溜機はアルコールの精製度が高品位である反面、残しておきたい香味成分までも除去してしまいます。
しかし、現在世界中でニッカのみが保有するカフェスチル」は、“極めて旧式”で蒸溜効率こそ劣りますが、蒸溜された原酒に原料由来の香りや成分が残るという特徴があります。

日本に初めてカフェスチル」がやってきたのは1963年、兵庫県西宮市にある当時の朝日酒造西宮工場に設置され、翌年本格操業を開始しました。
導入当時としても旧式な連続式蒸溜機でしたが「本物の美味しさ」を求め続け"日本ウイスキーの父"と呼ばれた、竹鶴氏ならではのこだわりでした。

ただ、当時のニッカは資金繰りに困難を極めていた時期だったこともあり、竹鶴氏が設備投資のために躊躇していると、竹鶴氏とは旧知の仲で当時の朝日麦酒(現アサヒビール)の社長だった山本為三郎氏が「ウチで買ってやるから選んで来い‼」と設備を竹鶴に選定させ、朝日麦酒(現アサヒビール)の子会社である朝日酒造に導入され、ニッカのグレーンウイスキーの生産にも使われてきました。
カフェスチル導入時点ではニッカが直接的に購入して製造や保全管理をするのではなく、あくまでも朝日麦酒(現アサヒビール)側が購入し、その子会社である朝日酒造がカフェスチルを所有・稼働してグレーンウイスキーを製造し、それをニッカが購入するという形を採用していた様です。
こういった特殊な形で日本での稼働を始めたカフェスチルですが、前述の通り既にウイスキーの本場スコットランドでは次々と新しい連続式蒸溜機が続々と開発されていて、導入時点で「最新設備」とは到底呼べる代物ではない蒸溜機となっていました。
しかし、旧型と揶揄されても竹鶴氏が信念を持ってグラスゴーのブレアー・キャンベル・マクリーン社に「カフェ式連続式蒸溜機」を発注した理由がハッキリとありました。
その最大の理由が1919年に竹鶴氏がスコットランドでウイスキー製造を学んでいた時、研修を行ったボーネス蒸溜所で採用されていたのが、この「カフェスチル」だったそうです。
有名な竹鶴ノートとは別に「連続式蒸溜機によるウイスキー製造、ボネーズ工場に於ける実習報告1919」と書かれた資料が現存していて、この実習報告で書かれているボネーズとはボーネス蒸溜所のことを指しています。
竹鶴氏は若かりし頃にボーネス蒸溜所で出会った蒸溜機でつくられるグレーンウイスキーの風味を「ニッカのグレーン」として再現したいという夢を長年温め続けていたのです。
その後、朝日酒造は1966年に朝日シードル社と合併、1969年にはニッカウヰスキーが吸収合併したことで「カフェスチル」もニッカに移管されました。
その後、1999年に「カフェスチル」は宮城峡蒸溜所に移され、グレーンウイスキーの製造だけでなく、ウォッカやジンの製造用として現在も現役で稼働しています。

竹鶴氏が最新式設備を備えた第二の蒸溜所の構想を描きながらも、敢えて旧式の「カフェスチル」を導入した理由、それは間違いなく本物志向の「旨い国産ウイスキー」への強い想いがあったからこそです。
宮城峡のカフェスチルから造られるグレーンウイスキーは余市と宮城峡の個性的なモルトとのバランスを取るために欠かせない存在です。
竹鶴氏から脈々と続くブレンディング技術が、それらをまとめ上げ調和を創出し、ニッカのブレンデッドウイスキーは個性豊かな味わいとなるのです。

宮城峡では連続式蒸溜機という工業機械然とした見た目とは裏腹に、熟練の技術者による蒸溜過程の見極めと機械操作の技術などが必要な繊細な原酒造りが行われています。
稼働から50年以上経過した今も当時と変わらない風味豊かな原酒を生み出しているカフェ式連続式蒸溜機"カフェスチル"。
ニッカのブレンデッドウイスキーを味わう時はこの"カフェスチル"の存在を思い出して下さい。
…そこに竹鶴氏の徹底した「本物志向」のこだわりを感じていただけることでしょう。

名称:「カフェモルト」
種類:グレーンウイスキー
販売:アサヒビール株式会社
製造:ニッカウヰスキー株式会社
原料:モルト
容量:700ml 45%
所見:モルト原酒でもグレーン扱いの不思議なウイスキー