精神科の患者が「自分を認めること」の難しさに直面しています。

以前の記事で書いたように、私は精神疾患をいくつも持っているのだけれど、ここ2か月くらい、それを克服したくて「自己承認」「自己受容」についてのブログ記事などを読み漁っている。

それで(ここには詳しく説明分は書かないけれど、)自分の中でなんとなく「自己承認」や「自己受容」などについては少しずつ概要を把握できるようになってきていて、でもそれがいざやろうとしてみると難しくて仕方ない。

心理学などの専門家が、精神疾患を持つ患者や、そうでなくとも自己否定ばかりしてしまって苦しくなってしまう人間を少しでも救おうとして見出してくれたのであろう「自己承認」「自己受容」に文句をつけるのはとんだお門違いなのは百も承知なのだけれど、これは「こうしたらいいんだよ、こういう考え方をすれば楽だよ」と100回言われても、実際にそういう考え方にシフトするのは本当に難しい。
何せ、そっちは心理学や精神分析の専門家かもしれないけれど、こっちは「自己否定」の専門家ってくらい、何十年も毎日のように自己否定を繰り返してきて、もう何も考えずとも息をするように自己否定ができるようになってしまっているのだから。

私はだいぶひねくれてる。だからカウンセリングでよくやられる「なるほど、あなたは今、○○なんですね。」「○○だと考えてしまうんですね」といったような、まるで幼稚園児に話しかけているつもりなのか?と思える復唱が嫌いだ。
復唱されなくたって自分の考えなんだからわかってる、それは今私が私の口で言った発言だから繰り返して自分の気づきみたいにしないで、と思ってしまう。
(改めて文字に起こすと、本当にひねくれてるんだなと思う…)

それが理由でカウンセリングをやめて、その代わり冒頭でも記述したように、「自己承認」「自分を許す」「自己受容」などのワードで検索をかけ、ヒットするそれらしきブログ記事などを読み漁った。(この時、同時に宗教チックなものや怪しい商品を売りつけてきそうなブログは自分にほんのわずかながら備わっている危機管理能力を駆使して排除)

そうすると、だいたいどれも同じようなことが書いてある。

「自己承認」「自己受容」というのは、「自分はこんなにも優れている!」「私はできる人間だ!」「自分は長所だらけだ!すごいぞ!」と、何の根拠もなく思うことではなくて、自分のことを冷静に自己分析し、長所も短所も把握した上で、それでも自分のことを全部ひっくるめて認めてあげる事だという。
(そんなの、できたらとっくにしてるしこんな辛くなってない、と思う。)

正直な話、これは本当に本末転倒かもしれないのだけれど、本来であれば親や友人に短所を知られた上で「でも、そんなあなたでもいいんだよ」「そんなあなたが好きだよ」と言ってもらえていれば、そういう経験があれば、きっとこんな風に自己否定に走らないのではないかと思う。
つまりは、自己否定してしまう癖のついている人間は、周りの人に認めて貰えた、という経験が極端に少なかったり、それどころではない環境で生まれ育った人が多いように思う。(感触的な話で、理論や根拠に基づいたデータではないので悪しからず)

ただ、そんな相手がいる人は少なくとも「自己承認」「自己受容」についてこんなに考える必要もなければ、自らやろう!と努力しなくても自然にできるようになるもので、逆を言えばそういう相手がいない人ほど「認めてもらうこと」を欲している。

だけどネットには基本「自己承認ってこういう考え方のことだよ!」「自己受容ってこう思えばいいんだよ!」くらいの情報しかなくて、あとは「カウンセリング受けなよ!精神科医に聞いてよ!(意訳)」なので全然これができない。
しかもそれだけでなく、「自己承認やる場合は専門家の元で行ってね!」なんて文もあるけど、その専門家が合わない人はどうすればいいの、と迷子になる。
実際、わたしは医師が自分に合わなくて、精神科を転々とした口だし、カウンセリングも上記の通り、ひねくれた考えで受け取ってしまうので、嫌になって通わなくなることもある。
でも休み休み通ってみながら自己承認を勉強した結果、というかまだ途中経過だが、いかに難しくて時間がかかることなのかを知った。

最初から、自信をつけられるなんてことは、まずない。と、思う。
まずは、自分を受け入れることから始まる。

自分は今、こう考えているんだ。
こう言われたら、こう捉えてしまうんだ。
こういう風に感じてしまうんだ。

すぐに否定してしまう癖がついているので、この「そのままの状態を認める」だけでも本当に難しかった。
今でも、すぐに「こんな風に考えてしまう自分はなんて駄目なんd…」らへんまで思考が進んで、それからようやく「違う違う。こうやって思ってしまうんだよね、うんうん。」と思考の癖を修正している。

うんうん、と思って、それから、それでいいじゃん、と思えるまでに、またすごく時間がかかる。
というか、自分にとってはそれがまだ、だいぶ難しい。

自己承認とは関係なく、先日とあるドラマを見た。
精神科が題材になっていて、自分と同じ障害を持つ人もでてくるので、容易に感情移入ができた。
自分と同じ障害ではなくとも、精神科に通っているせいか、それとも自分が様々な問題を抱えているせいか、ほかの精神疾患にも関心が湧いていて、多少の知識は持っている状態で。
だからこそ、他人事とは思えずに見ていた。

そこで出てくる精神の病を患った患者が病気になった理由は、過去のトラウマによるものだった。
そして、それが直接的にというよりは、それにより、自己を否定し続けたから。
偶然見つけたドラマだったのに、そのドラマでも、焦点は自己承認にあてられていて、驚いたのと同時に、「やっぱり自分の今の大きな議題はこれなんだ」と再確認した。

自己承認は本当に難しい。
健康な状態の人でさえ難しく感じるものなのに、すでに病気を抱えていたら尚更だ。
でも、自分は病気だからこそ、自己承認が何より必要とされている。

疲れすぎないように、辛くならないように。
無理しすぎない程度に、これからも、自分と向き合い、自分を許すことを学んでいかなければならない。

ずっと傷つけてきた、自分への、せめてもの報いだ。

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