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風鈴

夏の終わり、というのはなんだか切なさが漂う。
夏真っ盛りに聴いたときは涼しげで心地よく感じた風鈴の音も、昼間はある程度暑くても夜は冷える夏の終わりには寂しさを覚える。

中学1年生の夏。
じゃんけんで負けて文化祭の実行委員に選ばれた私。
別のクラスの文化祭実行委員に選ばれていた友達に誘われるまま、総務部門になった。
総務部門では文化祭のテーマソングを選び、文化祭当日は開会式で生徒にテーマの趣旨を短い劇で伝え、閉会式では文化祭の準備期間中や当日に撮影した写真を用いて作成したスライドショーを流した。

9月中旬の文化祭に向けて、夏休みも週に3回ほど学校に行き開会式の劇の構成を練り練習したり、スライドショーの大まかな枠組みを作ったりした。
構成は3年生の先輩が主に考えてくれて、文化祭について何もわからない上に頭の固い私は、3年生の先輩がぽんぽんアイディアを出しているのを見て本当にすごいな、とただただ圧倒されていた。

文化祭の準備をしている合間に雑談をした。
部活のことだったり、勉強のことだったり、それぞれの家のことだったり、内容は色々だったけれど、先輩は私よりも深いところまで考えているのを雑談しながらも感じていた。
1年生から見た3年生というのは、とても大人びて見えて、同じ中学生とは思えなかった。

同じ部署に3年生で生徒会長の先輩がいた。
リーダーには様々なタイプがいるが、その先輩は圧倒的リーダーシップを発揮してみんなを引っ張るというよりは、周りに声をかけて意見しやすい雰囲気にし、みんなに参加してもらうタイプのリーダーだった。

先輩はとてもおしゃべりが好きで、記憶の引き出しを人より多く持っている人だった。
好きな食べ物は何か聞けば、ハンバーグと答えたあとに、母親のハンバーグが一番だと思ってたんだけど、最後の中総体のあとに連れていってもらったファミレスのハンバーグにそれを脅かされたんだよね、疲れてると美味しく感じちゃうよね、そういえば小学生のころサッカーの試合で初めてゴール決めたときに食べさせてもらったスーパーのお寿司美味しかったな、別にめちゃくちゃ高級とかじゃなくても、特別な日に食べるいつもより少し背伸びした感じのものって、いいよね。はるえちゃんはそういう経験、ある?みたいな調子だ。

普段はとてものびのび、ゆるゆる、という雰囲気の人なのだけれど、集中力がかなりあって、真面目モードになると周囲の空気がピリッと締まる。
先輩の真剣な眼差しから、生徒会長として最後の大きな学校行事である文化祭にかける強い想いが伝わってきた。

オンとオフの切り替えできててかっこいいな、大人だな、他の人たちの意見もちゃんと聞いてくれるし、締めるべきところはきちんと締めるし、だから生徒会長なのかも、なんて勝手に考えていた。

開会式の練習の合間に、閉会式のスライドショーの写真を撮影しに学校中を回った。
文化祭用、生徒会用のデジカメがいくつかあったのでそれぞれが1つずつ持ち部屋に戻る時間を決めて自由に写真を撮った。

「はるえちゃんてさ、日記書けそうな写真撮るよね」
と、生徒会長の先輩。
「え…?」
「その日起こったことを思い出せそうな写真っていうかさ。褒めてる、褒めてるよ?」
私が撮っていたのは空の写真や中庭の写真、美術部の人が使っている道具の写真など人が写っていないものが多かった。人が写っていても後ろ姿、しかも引きで、という具合だった。
どういうものを撮ろう、と決めて撮ったわけではなくて、校舎内を歩いていてなんかいい、と思ったものを好きな角度で撮っていただけ。

「文化祭の閉会式に流すスライド、ってなると練習してる人とか撮りがちだけどさ、練習の帰りに歩いた廊下とかさ、練習中に見えた景色とかさ、そういうのもスライドショーで流れてきたら、ぐっとくるよね。色々思い出してさ」
「……!」
風景とかも撮っておけば使えたりするかな、くらいのことしか考えていなかったのでその発想に驚いた。
「好きだよ、はるえちゃんの写真」
自分の写真、いや絵でも工作でも何かしらの作品を、きちんと見て感じてくれて、感じたものを感じたまま言葉にして伝えてくれた人はそれまでにいなかった。
嬉しくて、しばらくぼーっとしてしまった。

家に帰ってからも先輩の言葉を何度も脳内再生していた。
口元が緩んでいるのがわかって、恥ずかしくなって、また先輩の言葉を思い出して。
ずっとずっと、その繰り返し。

次の日から、先輩のことを目で追ってしまっている自分に気づいた。
会えない日は先輩何してるかな、と考えていた。
夏休みが明ければ文化祭の準備が本格化するから毎日先輩に会える、早く夏休みが終わってほしい、そう思っていた。

夏休みが開けてからは本当に忙しかった。
開会式の打ち合わせ、司会や劇の練習、閉会式のスライドショーの仕上げ、他の部署との打ち合わせ。
忙しくて体力的にもハードで、帰ってごはんを食べてお風呂に入ったらすぐ布団へ、という日々だったけれど楽しかったし充実していた。
みんなで文化祭を作り上げている、そのことが嬉しかった。

先輩と一緒にいる時間が増え、好きな部分をたくさん見つけた。
文化祭が終わったら会えなくなってしまうからと、しっかりと目に焼き付けた。

文化祭の前日。閉会式のスライドショーはほぼ完成していた。
あとは当日に撮影する何枚かを挿入するだけ。
先輩が見つめていた1枚の写真、それにはある3年生の女子の先輩がすずめ踊りの練習をしている横顔が写っていた。
それは先輩が撮影したもので、写っている先輩は凛として美しかった。
ああ、先輩はこの写真に写っている先輩が好きなんだな。
何となく分かった。好きだからこんなに綺麗な写真が撮れるんだ。

「告白、しないの?好きなんだろ?」
実行委員長の先輩が問いかけた。
「好きだよ。すっげえ好き。でもあの子は○○の彼女だから」
先輩の好きな人の幸せを邪魔せず、叶わなくてもその人が好きという想いを捨てずに持ち続けている、その横顔は哀愁漂っていたけれど、美しかった。穏やかにも見える表情から、先輩の好きな人を大切に思う気持ちが伝わってきた。

片想いなことくらい、わかっていた。
それでもいい、一緒に文化祭を作り上げている、それだけで幸せだって思っていた。思っているつもりだった。
想いを伝える気なんて、最初からなかった。
ありがちな中1女子の中3の男子の先輩への憧れだって、視界に入ってすらいないって、そんなの、十分にわかっていた。
でも、でも…。
目の前であんな光景を見てしまったら…。
ふわふわと空を漂っている状態から、急に撃ち落とされたような感覚だった。

チリンチリン…。
暗くなるまで文化祭の準備をして学校を出た帰り道。
9月中旬、日中はまだ夏の暑さだけれど夜は風が冷たい。
その時期に聞こえてくる風鈴の音はなんだか寂しげで。
叶わない先輩への想い、先輩の好きな人を大切に想う気持ち、どちらも切なくて、やりきれなくて、涙が溢れた。

結局文化祭のあとも先輩のことはしばらく好きだった。
今でも先輩が私の写真に対して言ってくれたことは覚えているし大切な宝物。
この時期、風鈴の音を聴くと必ず思い出す。
文化祭前日の先輩の表情と、文化祭を思う存分楽しみ、生徒会長として最後の大きな仕事を終え達成感で溢れている、眩しい先輩の姿を。

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