バイト先の塾の先生とドライブした話 1

水曜日の朝、私はものすごく落ち込んでいた。うつうつのうつだった。本当は夕方から用事があったけれど、欠席の連絡を入れた。寂しくて寂しくて、Aさんに、「鬱が酷い、よくわからんことで涙が出る」とLINEで愚痴をこぼした。するとAさんが「仕事でB町に行くから、ついてくるかい?」と言ってくれた。Aさんは私がバイトをしている塾で同じく非常勤で働いている。塾講師をやりながら、営業の仕事もやっているそうだ。ちなみに私とは働く時間は一切被ってないので実はバイト先ではほぼ会う機会はない。たまに私が休みの先生の代わりに出てくる時か、飲み会の時くらいにしか会わない。しかし、なぜか最近本の話などをLINEでするようになり、本を借りたりプレゼントしてもらったりするようになっている。そして、話していく内に私と同じ双極性障害であることも分かった。なんとなく私と同じような香りはしていたけれど、まさかこんな近くに同じ障害の人がいるなんて思わなくて、驚いたし心強かった。それから少しづつ、お互いの話をしたり、愚痴や悩みを聞いてもらうようになった。

「ついてくるかい?」という誘いに「邪魔じゃないのならついていきます」と答えると、「邪魔になるということはないよ」と答えが返ってきたので、お言葉に甘えてB町まで連れて行ってもらうことになった。

9時半頃、家の近所のスーパーに迎えに来てもらった。車に乗ると、「話す元気がなかったら無理して話さないでいいからね、寝ててもいいからね」とAさんは言ってくれた。

しかし意外なことに、車に乗っている間、私はこれまでにないくらいいろんな話をした。さっきまで本当に元気がなくて何もしたくなかったし何も話したくなかったのに。多分Aさんが話を聞くのがものすごく上手なのだと思う。話していると、今まで知らなかったAさんの人生についていろいろ知ることができた。高校の頃は朝課外の前に学校に行って、課外が始まったら学校から帰って図書館などで過ごしていたこと、20代の時は自分を傷付けてばかりだったこと、30歳で心筋梗塞になったこと、33歳までフリーターをしていたこと。Aさんはからっとした感じで、ものすごく壮絶な話をする。「あ、大きな切り傷作っちゃった時はね、瞬間接着剤で止めちゃだめだよ、触ればわかるけど、俺の腕それでボコボコになってるから」みたいなことをさらっと話す。なんか好きだなと思った。反応に少し困ることもあるけど。

好きな本の話もたくさんした。この前Aさんにもらった中村文則さんの「カード師」、最後に出たカードはなんだったんだろうとか。宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」の表紙が綺麗だとか。あの本の伏線回収が凄かったとか。

あと、双極性障害の気分の波の話もした。20代は辛い、40代になってくるとだんだん慣れてきて少しだけ乗りこなし方が分かってくる、と言っていた。今は薬は飲んでいないらしい。私も少しは慣れるといいな。
私が躁になるとやたらと目移りして、彼氏に「浮気していい?」などと聞く話をすると、「なんかそういうタイプには見えなかったわ、意外」と言われた。「喧嘩にならないの?」と聞かれて、「なりませんねぇ」と答えると、「それならなんかいいよね、包容力があるね」と言われた。「よく付き合ってくれてますよね、彼氏。私は私とは絶対付き合えない」と言うと、「分かる、俺も俺とは付き合いたくない。周りを振り回しちゃうのが辛いよね」とすごく共感してくれたのが嬉しかった。

Aさんは、iQOSを吸ったり、ガラケーで仕事の電話に出たり、スマホでLINEを返したりしながら高速を運転していた(本当はそんなことしては絶対にいけない)。器用だなぁと思った。

Aさんはすごく褒め上手だ。電話先の相手に対して、「○○さんの所は皆さん対応が素敵ですね。これからもよろしくお願いします」なんてことをさらっと言える。素敵だなぁと思った。それを伝えると、「ただうるさいだけですけどね、対応悪い時は悪い時で店長呼んだりするんでめんどくさいですよ」と言われた。それはたしかに少し面倒かもしれない。でも、やっぱり言われた人はありがたいだろうなとも思う。なかなかそういうことを言ってくれる人はいないから。

Aさんは褒め上手なのにすごく正直なのが面白かった。「めちゃくちゃ傷つくかもしれないんだけどさ」と前置きしてから、「俺、ひみこさんが戻ってきた時(ひみこは1度就職するために塾のバイトを辞めてます)誰か分かんなかったんだよね。なんか変わったよね。やっぱり太った?」と言われた。正直でいい。太った。10キロ以上太った。

途中で道の駅に寄って、私だけ昼ご飯を買った。Aさんは夜しかご飯は食べないそうだ。おこわがおすすめだと教えてもらったのでそれを買った。250円だった。安い。

道の駅からしばらくまた車に乗って、連れてきてもらったのは広い公園だった。子供用の遊具とベンチと広い広場があった。
ベンチに座って250円の山菜おこわを食べた。めちゃくちゃ美味しかった。量もちょうどいい。コスパ最強。
AさんはずっとiQOSを吸ったり電話をしたりしていた。奥さんが玉突き事故に巻き込まれて、それに関係する電話も来ているみたいだった。奥さんに怪我はなかったみたいで安心した。いろいろあるのに私の相手までしてくれてすごいなぁと思った。

電話が終わると、「今年のMVPが決まったわ」とAさんが急に言い出した。はい?MVP?と思っていると、「ひみこさんの彼氏です」と発表された。さっきの私の話で、Aさんの中の今年のMVPは私の彼氏に決まったらしい。面白すぎる。うちの会社で一緒に営業として働かないか聞いておいて、とまで言われた。半分冗談かもしれないけど。

しばらく雑談をしてから、「いいところに連れて行ってあげるよ、そんないい所じゃないかもしれないけど」とAさんが言い出したので、車に戻った。

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