『失敗のない人生』の方がよっぽど怖い
こんにちは、なかてつです。
今回は「失敗」をテーマに書いてみたいと思います。
というのも、会社員を辞めて起業したことに対して、友人知人から「失敗するのは怖くなかったのか?」という質問をいただく機会が非常に多く、また最近関わることの増えた現役の中高生からもこの質問はよくいただくので、ちょっとフォーカスしてみようかな、となった次第です。
まぁ誰だって失敗するのは嫌ですもんね。なるべくであれば失敗しないに越したことはない。
ですが、結論から言うと個人的には「失敗しない方がよっぽど怖い」と思っています。
そもそも「失敗とは何か?」「何を以て失敗とするのか?」など手前の部分から考える必要はありますが、ここでは「やってみた何かがうまくいかないこと(期待した結果にならないこと)」を失敗と定義します。
このとき、「失敗が怖い」というのは、
何か新しいことにチャレンジすること
考えていることを思い切って言葉にしてみること
目標達成に向けて行動すること
など、こうしたことをした結果、望んだ結果が得られないのが怖い(あるいは何かを失うのが怖い)ということに他なりません。
つまり「失敗が怖いから動かない」というのは「何も期待しないし望まない」ということ。要は現状維持ですね。
人生において失敗を恐れて動かないというのは、プロボクサーになったのに試合に負けるのが怖いからリングに立たない、というのと同じです。
なるほどそのまま現役を引退すれば「生涯負けなし」で幕を引くことができます。怪我をすることもありません。もし試合に出ればボコボコにされて病院送りになるかもしれないし、惨めな戦いぶりに周りから失望されるかもしれないわけですからね。
けれどそれを恐れて一戦もせずに負けなしでリングを去ったとして、それで本当にボクサーとしての自分を誇れるでしょうか。後悔はないでしょうか。
ボクサーの例は極端かもしれませんが、人生も大概似たようなものです。
失敗して痛い目にあうかもしれないし、恥をかくかもしれない。けれどそこからしか学べないことはたくさんあるし、何より大概のことは後々ネタになります。
確かに取返しのつかない失敗は避けなければなりません。「何事も経験や!」と言って薬物に手を出したり、一攫千金狙ってレバレッジをかけた信用取引をしてみたり、こうしたことは人生を棒に振ってしまうリスクを強く孕んでいるため、避けるべきです。ただ、そうじゃないものは大抵の場合どうにかなるものです。
失敗を恐れて何もしないでいると、年齢を重ねれば重ねるほどに失敗が怖くなっていきます。そうすると段々と負のループに入り込み、より一層がんじがらめになり身動きが取れなくなっていきます。
そして気づいたらもうどうにもならない年齢になってしまい、全てを諦めて”流し”で人生を終えることになります。それで本当にいいのか、というところですね。
別に何でもかんでも、どんな人でも「失敗を恐れずガンガン行こう」と言っているわけではありません。失敗を恐れず動くことよりも、自分にとって大事な何かがあるのであれば、「なるべく失敗を避けた生き方をする」というのも当然ありだと思います。
先のボクサーだって、「自分は何よりも怪我をしないことが大事なのである」ということであれば、戦わずにリングを去ることもアリでしょう。まぁその場合ボクサーという道はさっさと諦めて別の道に行った方が幸福なんでしょうけど。。
結局最も大事なのは、「自分にとって一番大事なことは何なのか?」をしっかり見極めることだと思います。その上で、自分にとって大事なことを最大化するのに繋がることであれば、ガンガンいく。
失敗を恐れず動いてみないことには何も起きないし、現状は何も変わりません。恥なんてかいてなんぼ。笑われたって堂々としてればいいじゃないですか。
失敗を恐れて何もしないよりも、たくさん失敗して、後年「あんなこともあったなぁ」と笑って語れるネタを増やすことが、人生をより味わい深くするスパイスとなるのではないでしょうか。
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