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0307「インフルエンサーあきらめる」

知らないうちにnoteのフォロワーが10,000人を超えていた。

嘘だよ。知らないうちに、とかカッコつけているけど、知ってたよ。毎日見てたよ。

Twitterがもうずっと7,600らへんとかなので、数値上は超えてしまった。まあTwitterろくに使ってないし、そんなもんだろう。

どういうアルゴリズムになっているのかあんまりよくわかっていないのだけど、毎日書いているがゆえに、何がしか登録時のおすすめフォロー対象みたくなってるのかもしれないし、よくわからないが毎日フォロワーが増えていくのはありがたいが、まったく実感としてそれによって影響力が増えているとか思わないし、実際問題、1つ1つの丁寧な記事がきちんと広がってたくさん♡も獲得している人でもフォロワーで行ったら全然行っていなかったりするわけなので、この数字はたぶんそういうものとはまた違って、なんかのアルゴリズムが作用しているのだろう。たぶん、毎日なんか書いているというスタイルがnoteのソーシャルグラフのアルゴリズムにそこそこフィットしたのか。

昨日、川村さんがすごく広がりそうな、価値のある記事を書いていて、そもそも川村さんがこういうふうにちゃんと書く文章は素晴らしいわけで、私のこの日記みたく、気まぐれで適当なことを書いているのとわけが違って密度が濃い。その他、密度が濃い情報を発信して、確実に影響力を持っている人は多いのに、私のフォロワー数はそういう人たちより、なぜか増えている。

しかしそれがある種何かのトラップであることは歴然で、川村さんが書いたこの記事は、現時点で♡60とかで、これは尊い記事だしもっと全然伸びるだろう。悔しいから♡押さないけど。

それに引き換え、昨日私が書いた、「声優さんに自分の名前を読んでもらって萌えました」的な日記はこの時点でたったの♡6だ。フォロワーが10,000にいて、6/10,000だ。若干引く内容なのもわかるし、もはやこの日記はそういうのにまったく配慮していないが、♡6って逆にすごい。

どうやったら、何を書いたら本質的な影響力を持つことができるのか。

というわけで、過去にそこそこ反響を呼んだ記事と、そうでもなかった記事を比べると、このうんこ日記のグロースハックというものが実現できるのではないか。この日記はだいたい3.5ヶ月続けていて、日記じゃないBASSDRUM(仕事)絡みの発信含めると、いま記事数で言ったら108である。この中には反響があったものと全然反響がなかったものというのがある。PVが多いものと少ないものがある。反響とPVが大きい方向性に内容を寄せていくと、私はインフルエンサーへの一歩を踏み出すことができるのではないか。

ここまでで、仕事関係の記事以外でよく見られた記事トップ3はこんな感じだ。

ベスト1

ベスト2

ベスト3

3位のやつなんて、数日前に書いた記事で、♡は大してついていないが、実はPVは、全期間を通して3位だ。このへん、フォロワーが増えていることが影響している可能性というのはある。

あと、♡のわりにPVがそこまででないのはこれ。

ワースト3は、初期のものも含めて、これらだ。

ワースト1

ワースト2

ワースト3

このワースト3の「1130『網膜に焼きついた何か』」なんか自分で言うのもなんだけど、すごく良い記事だと思うのに。

こうしてみると、まあまあ傾向がわかる。上位に来ているものの特徴としては、

・そこそこ、憤りにまかせて書いている。
・仕事がらみの話題(しかし、技術じゃなくてデザイン・アートより)。


というわけで、コミュニケーション絡みなものも含めて、直情的直截的にデザイン全般ぽい話をしているものが広がりやすいっぽい。

下位に来ているものの特徴としては、

・個人的な話
・自虐度が高い
・結論のところを、なんか純文学っぽく処理しようとしている


というのがある。

その他見えてくる傾向としては、

・ビジネスっぽい話(日経新聞くずれみたいな話)は、自信があっても受けない。

これなんか、すごいよく書けたなーと思ってたのだが、全然受けなかった。

・組織論っぽいのは、自信があっても受けない。

これも、日経新聞くずれと同様なのかもしれないが、たとえばこういうのは受けない。

・趣味っぽい話は受けない。

バックギャモンとか、音楽とか、ファンレター系。しかしこれらは本人に届いてリアクションを頂けたので良かった。

で、これはnoteという場所にどういう人が集まっているのか、ということと、私自身をフォローされている方々の興味の方向性(たぶん、技術者とかそういう人たちじゃないっぽい)などが関係しているのだろう。存外、文学的な方向や、情緒に訴えるのは良くないっぽい。

ただ、そうして見たときに、もう1つわかるのが、書くのが気持ち良いやつが受けるわけではないし、受けたやつについて別に書いてて楽しくて自信があったわけでもないということだ。そんなわけで、たぶんこの需要に合わせてディレクションを変えるとQOLが下がるので、インフルエンサーあきらめる。

この話はまた明日にでも続けようと思うが、こうしてみて思ったのは、毎日雑に漏出させているだけの文章であっても、結構1つ1つに愛というものはあって、読み返すと愛せるものが多いなということだ。

なんとなく始めてみた習慣だが、影響力とかそういうのでは全然なくて、愛のある人生を送る上での資産にはなるな、と思う。

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