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0305「スポーツとしての開発作業」

朝から弁護士の事務所に行って、家の問題の最終的な解決の話をする。相当にアメリカ社会のウンコ構造にやられてきた3ヶ月間だったが、ようやくゴールが見えてきた。新たな悩みも多いが、たぶんもうすぐ終わる。これが終わるまで後厄は終わってない、ということにしているので、本当にもう少しだ。全部終わったら書く。何でこんな住みにくい国にわざわざ住んでいるのかわからなくなることも多いし、それが終わってもいろいろと追い詰められていてわりと四面楚歌だが、「負けてたまるか」的な気持ちしかない。追い詰められているくらいが生きている感じがしてちょうど良いだろうという感じもする。

夜の日本との打ち合わせの連続の前に帰宅することができなかったので、久しぶりに深夜2時になっても会社にいる。ここは日本なのではないかと思う。

本当に日記を書きたくない。今日のぶんの20分勉強もまだ終わってないし。帰るの遠いし何も食ってないし腹が減った。

こんなときは日記などとっとと書いてノルマをこなしてしまいたくなる。今から10分で書き終わろう。

今も、いろいろ並行して勉強しているが、比嘉了さんの「映像音響処理概論 2018」がやっと第十三回まで来た。基本的にTouchDesignerの基本をレクチャーしている講義。比嘉さんが芸大でやっていた講義っぽい。比嘉さんは、お仕事も何度かご一緒しているし、私が運営しているイベントにも何度か出て頂いている。実はすごい若い時分から知っているので、すごくなってしまったなあと思う。

そしてこの「映像音響処理概論 2018」は完全に神講義で、ちゃんとこれになぞって練習すれば、TouchDesignerの基本的な操作と仕組みはわかるようになる感じがする。そして何が素晴らしいかって、TouchDesignerそのものが素晴らしい。これはスポーツであり、セラピーだ。

プログラミングというものは、みんな何か気合を入れて始めることが多い気がする。「こんなサービスをつくりたい」とか「こんなアプリをつくりたい」とか。しかしサービスとかアプリとかを初心者がそれなりの規模でつくろうとするとごついし、ゴールが遠くて心が折れてしまう。というかこれは子供のプログラミング教育とかもそうなのだが、とにかく何か完成品を設定してしまうことが多い。

しかし、プログラミングとか開発というのは、実は何が楽しいって、人によるとは思うが、完成させるのが楽しいというよりはゴニョゴニョいじっているのが何より楽しいのだ。粘土をこねこねこねこねしていろんな形にして楽しむ。偶然できた形状がかっこよくて、それをさらに伸ばしてみる。それに没頭している時間が開発者の一番幸せな「つくってる」時間なのであって、完成させたらさせたで、どうでも良くなってしまうようなところがある。
TouchDesignerは純然たるプログラミングではないが、いじくっているうちに狙ったものから予想外のものまで、直感的にいろんなものができあがっていく。いつまでも触っていられるし、実際にはかかないけれど、心地よい汗をかいている感じがする。

こういう、スポーツとしての開発作業って、きっとすごく心の健康に良いんじゃないかと思う。「HUNTER×HUNTER」で、主人公の父親が主人公に語って聞かせた名言がある。

「俺が素姓と計画を打ち明けたら、連中は、
法人設立に関わる雑事を進んでこなし、なけなしの生活費から寄付までしてくれた。
念願かなって王墓の中に足を踏み入れた時、オレが一番うれしかったのは、
ずっと願ってた王墓の『真実』を目の当たりにしたことじゃなく、
いっしょに中へ入ったそいつらと、顔を見合わせて握手した瞬間だった。」

「そいつらは今も無償で役員をしながらオレに生きた情報をくれる。
この連中と比べたら王墓の『真実』はただのおまけさ。
大切なものは、ほしいものよりも先に来た」


プロセスの大切さを象徴するすごく良い言葉だと思って引用したが、これは全然関係なかった。が、いい言葉なので貼っておく。

10分経ったので終わり。

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