髄の年輪のモノローグ 第5回 Cibo Matto『Stereo★Type A』

 高校時代の担任は日本史の先生だった。見た目も中身もかなり飄々とした男性で、セサミストリートのバートにちょっと似ていた。
 ある日、私は学校にCDを1枚持ち込んだ。それはそれは自由な校風だったので、校則には触れていないし、むしろ英語の授業で使おうと思って持参したのだから全く問題はない。The Velvet Undergroundの1st。バナナのジャケットのアレ。曲によってはタイトルだけでアウトだったりもするけれど、『Sunday Morning』あたりなら学校で使っても大丈夫そうだと思い実行に移した記憶がある。
 その英語の授業を終え、同級生たちと教室で駄弁っていたら担任の先生がやってきた。そして、私の手元のバナナのジャケットを見て、こう言った。
 「私もそのCD持ってますよ」

 担任の先生が音楽マニアだということを、その時はじめて知った。その後何度も顔を出すことになる社会科準備室の机はいつ見てもビシッと整頓されていて、その上にはいつ見てもミュージックマガジンが鎮座していた。
 話の流れで「最近何聴いてるんですか?」と聞かれたので、「コーネリアスの新譜です」と正直に答えた。『Point』が出て少し経った頃だった。
 「私まだ聴いてないんですよ」
 「あ、じゃあ持ってきます!」
 こうして、先生とのCDの貸し借りがはじまった。

 基本的には、私が何かを持ってくると、その代わりに先生が何かを貸してくれるというスタイルだった。先生のチョイスがかなり絶妙で、貸したCDに関係のあるものだったり、はたまた先生の個人的なイチ押しだったり、私が自分でも存在に気付いていないようなツボを的確に突いてきた。さすが担任の先生、生徒のことをよく見ていらっしゃる。

 先生が貸してくれたCDのうちの1枚が、チボ・マットの『ステレオタイプ A』だった。今思うに、コーネリアスというかトラットリア(レーベル)に近しいシーンにいる人繋がりでのチョイスだったのではないかと思われる。当時の私はまだチボ・マットを聴いたことがなかったので、やはり先生の選盤は正解だった。
 特に先生からの解説があるわけではなかったので、自分で軽く調べてから聴いてみた。日本人の女性ふたりがニューヨークでやっているグループだという。ジャンルとしてはヒップホップにカテゴライズされていた。当時の私の中ではまだ「ヒップホップ=怖い」というイメージが強かったので、ハードでストロングな感じを想像しつつ「先生もそんなハードなのを聴くんだ……」と思いながら再生ボタンを押してみたら、そういうわけではなかった。
 たしかに骨組みの部分はヒップホップかもしれない。リズム然り、ラップ部分然り。しかし、全体的にポップ成分のほうが強く出ていて、程よくキュート。ニューヨークという街と同じように、色々な要素が混ざり合っていて、華やかでキラキラしている。もちろん全部英語だけれども、そこは特に気にならない。うっかり鼻歌してしまうくらいには軽やかだし、重い部分はきちんと重い。

 アメリカというアウェイで日本人が、それも女性が、こんなにも魅力的な、そしてちゃんと芯のある音楽を作っている。偉大だと思った。そして、自分の気持ちと行動力次第で、女性であっても、好きなことを極めることはできるのかもしれない、と思った。
 なにせ担任の先生なので、私の家庭環境の概要は知っているはずだ。しかし、私がその影響で「女は非力である」と痛感していたことは知らないはず……なんだけれども、もしかして、先生はそこまで踏まえた上でチボ・マットを貸してくれたのだろうか。それとも偶然なのだろうか。

 当時の私はまだMDウォークマンを使っていたので、MDにダビングしてからCDを返却した。しかし、その後MDの時代が終わってしまい、我が家からも再生機器がなくなり聴けなくなってしまった。なので、配信で買い直した。良い時代だ。今聴いても全く古く感じない。良い音楽だ。
 そして、私は相変わらず背は低く体力もなく、さらに左半身が半分ダメになったけれども、音楽好きを極め文筆スキルを伸ばし自分から飛び込んだら音楽ライターになれたし、その後も“もの書き屋”を続けている。これも先生の教育の賜物なのかもしれない。

 先生に借りたCDは他にもあるけれど、それはまたの機会に。


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掲載日:2019年10月27日
発売日:1999年6月8日
(20年4ヶ月19日前)
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髄の年輪のモノローグ 目次:
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