髄の年輪のモノローグ 第4回 ZARIGANI 5『ZARIGANI 5』

 私が通っていた高校は、JR立川駅から数駅のところにあった。いや、今でもあるんだけれども、面影はあまり残っていない。
 大変フリーダムな校風だったので、アルバイトもOKなら服装も髪色も自由、でも標準服(強制ではない制服のようなもの)はわりとかわいく、さらに定時制があった関係で17時には完全下校。高校生活を楽しむには最高の環境が揃っていた。もちろん勉強も真面目にやったけれど。
 それ故、帰りに寄り道するのは日常茶飯事だったし、平日は夕方からアルバイトをしていたし、そのアルバイトで稼いだお金でCDを買ったりライブを観に行ったりしていた。

 学校から近かったので、立川にはしょっちゅう遊びに行っていたけれど、その度に必ず寄る場所があった。ルミネの中の、新星堂。当時は日本のインディーズを多く、そして熱めに取り扱っていた。試聴機の中身はきちんと頻繁に入れ替わり、『SELDOM』という名のインディーズ専用のフリーペーパー(冊子になっていたのでフリーマガジンと言うべきか)も定期的に出していた。新星堂のおかげで知ったバンドは数知れず、知見のようなものも増えていったように思う。それが今に繋がっている。間違いなく。

 その頃の立川ルミネの新星堂には名物店員さんがいらした。お名前は伏せておく。インディーズを担当されていて、オススメのPOPや試聴のチョイスの熱量が高く、そして実際に聴いてみると毎回とても良く、「この店員さんのオススメなら間違いない」という一方的な信頼感があった。
 高校3年生の夏のある日、試聴機のところに猛烈な熱を帯びたPOPがあった。いつも熱いけれど、それを軽く凌ぐ熱さだった。なにやら、その店員さんの本気のオススメとのこと。とにかく聴いてみてほしいとのこと。バンド名は……え? ZARIGANI 5?? ザリガニ???
 店員さんへの信頼とバンド名の強烈さの間で揺らぎながら、試聴機のヘッドホンを装着し、再生ボタンを押した。すると、バンド名からは全く想像のつかない音楽が流れ出した。何かの間違いかと思ったが、そうではなかった。
 女性のようで男性のような儚いハイトーンボーカル、程良く隙間の空いた音、全体に吹く冷たい風。北欧のような空気だけれど、かといって北欧音楽というわけではなく、ギターロック。『gride e.p.』というマキシシングルで、デビュー作だという。すぐに手に取り、レジに持っていった。店員さんの信頼度がまた上がった。

 後から調べると、ZARIGANI 5は「5」人組ではなく3ピースバンドで、メンバーは全員男性だった。あのハイトーンボイスも男性によるものだった。すごい才能を持つ人がいるものだ、と思った。
 その2ヶ月後に出た2ndマキシシングル『SHOT YOUR E.P.』は少々毛色が違っていた。冷たさと程良い隙間はそのままに、少々元気な感じになっている。他のバンドが同じようなアレンジをしたら「熱い」と言われそうなものだが、このバンドがやると冷たい。何故だろう。
 不思議に思いつつ、受験勉強のお供にぐるぐる聴きながら過ごしていた。そして、入試が終わったちょうどその頃、ついにアルバムが出た。その名も『ZARIGANI 5』。ジャケットも威嚇モードのザリガニのアップ。あの音楽性でこのバンド名そしてこのジャケ……。

 最初と途中にインストも挟んだ、たっぷり13曲入り。当時の使用ギターはサイクロンだった(その後テレキャスターに変更)ので、ショートスケール特有のゆるめのクリーントーンとしゅわしゅわノイズが効いている。そして、随分とアグレッシブになっている。マキシシングル2枚それぞれの1曲目を再演奏し収録しているけれど、違いは歴然。歌唱にもドスが効くようになった……けれど冷たさは変わらない。おそらく、アレンジの隙間の部分と独特な歌声が混ざり合った結果として、冷たさが生まれているんだと思う。冷たいことは悪いことではない。それもまた大変な魅力だ。
 また、ミドルテンポで聴かせるタイプの曲も多く収録されている。ちょっと落ち込んでいる時に聴いたりすると、じんわり泣けてくるような包容力もある。
 1stアルバムとは思えない進化と完成度。2000年結成で、録ったのはおそらく2002年だろう。若いバンドであるが故の成長の速さ、なのかもしれない。

 大学への進学が決まり、高校の卒業式を終えた後、新宿LOFTに彼らのライブを観に行った。それまではワンマンライブしか行ったことがなかったので、「小さめのライブハウスで行われる、対バンがいるライブ」に行ったのはその時がはじめてだった。ライブでは音源の数倍パワフルで驚いたけれど、その後発表される音源にはその力が上手く落とし込まれていった。これもバンドの成長の一種なのだろう。
 そして、その個性的なバンド名は数年後に「Fed MUSIC」に改められた。それが発表された時、なんとなく名残惜しい気分になったのは何故だろうか……。

 今はCDを買うにもインターネットでポチッとすれば届くし、そもそもCD媒体である必要性も薄くなっている。時代は変わるものだ。けれど、あの店員さんのような、最高の審美眼と熱量を持った人から新しい音楽をオススメされたいという気持ちが今でもある。そういうサービスとか、個人のブログとか、なにか上手いことできたりしないだろうか。
 そして、あの店員さんが今でもお元気で音楽を楽しんでいらっしゃることを祈る。新星堂ルミネ立川店に当時お勤めだったTさん、あなたのおかげで私はこんなにも音楽大好きになりました。ありがとうございました。


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掲載日:2019年10月13日
発売日:2003年2月5日
(16年7ヶ月8日前)
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髄の年輪のモノローグ 目次:
https://note.mu/qeeree/n/n0d0ad25d0ab4

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