オチのない話の善悪




「chiemiの話って、いつもオチがないよね。」

高校生のとき、一番仲の良かった友人に言われて今でもよく覚えている言葉。そしてこれはおとなになっても、また別の友人に言われたことがある。正直、結構ショックだった。

私は東北生まれ東北育ち、生粋の東北人。オチなんかなくてもいいでしょ!と思ってきたけれど、最近になってやっと、友人が本当に言いたかったことがわかってきた気がする。





以前、授業の中でこんなゲームをした。

生徒ABにペアになってもらい、AはBにわからないように、この中から図形を1つ選ぶ。そしてAはそれを言葉で説明し、BにAの選んだ絵と全く同じ図形を描いてもらうというもの。Bは途中で質問をせず、Aが話した情報だけをヒントに図形を描いていく。


まず1回目。上記のルールを説明しただけで挑戦させてみる。そうすると、全く同じ図形を描くことができなかった。原因は様々あるが、大体は「情報が足りない」ということだった。たとえば、一番簡単そうな左上の円の図形は、中を塗りつぶすかどうかで認識の違いが生まれた。


そこで、このゲームを成功させるポイントを3つ伝えた。

①自分の伝えやすい題材(図形)を選ぶこと

→わざわざ難しいことを伝えなくても良い。自分の頭で図形のつくりを理解できるもので、自分の言葉できちんと伝えられるレベルの題材(図形)を選ぶ。

②話す前に情報を簡潔にまとめ、どんな順番で話すか道筋を立てること

→図形を描く人は、耳で聞いた複数の情報を頭の中で組み合わせて全体像をイメージするため、説明する情報が簡潔にまとまっている必要がある。そして、話す順番によって相手(図形を描く人)の理解度が大きく変わってくる。全体→細部、というように説明するとよりわかりやすくなる。

③話すときはまず最初に相手にゴールをイメージさせること

→今回は「全く同じ図形を描く」が目標なので、「最終的にどんな図形になるのか」を相手にイメージさせる必要がある。たとえば、右上の三角形の図形を説明する場合、「辺がすべて黄色で描かれた直角二等辺三角形」といったように、全体像の説明から入ると伝わりやすい。


この中でも特に③は、このゲームを成功させる上でとても大切なことだ。

生徒に3つのポイントを伝え、もう一度ゲームにチャレンジしてもらった。(さすがに左上の円の図形は簡単すぎるので、残りの5つの中から選んでもらった。)

すると、完璧とまではいかないものの、元の図形にかなり近いものを描くことができるようになった。そしてこれを何度か繰り返すと、生徒たちも話し方のコツをつかめるようになり、完璧に同じ図形を描く生徒も現れた。





さて、最初に出てきた「オチのない話」だが、聞き手が求めている「オチ」というのは、必ずしも面白いことを言ってほしい、ということではない。

オチのない話は、「それで?」「だからなに?」「何が言いたかったの?」と、聞き手が思ってしまう。つまり、話の全体像やまとめ、起承転結の結の部分が不足している話し方で話しているということ。オチとは、話の全体像や結末のことなのだ。

質問されたことは別として、脈絡のないところから始まる話の中でこの「オチのない」話し方をしてしまっては、自分が話したいことだけを一方的に話している状態にならざるを得ない。そうなると、その会話はそもそも会話として成立していないことになる。

けれど、わたしのように「オチのない話」をしがちな人が四六時中オチを考えることが得策かというと、そうではないと思う。疲れるし。

だから、何か大切なことを伝えるときなど、必要な時に「オチのある」話し方ができたら素敵だなと思う。し、意識すれば変われるような気がしている。

(おとなになって「会話として成立していない話し方を自分はしていたのだ」と気付いたときは、ちょっとだけ心の中が修羅場だった。)




一方で、話し方はひとりひとりの個性だと思っているところもある。

実際にこのnoteにも、オチのない話はいくつもある。話し方はある意味くせみたいなもので、そう簡単になおるものでもないかもしれない。(息をするように無意識にオチをつけられる人は本当にすごい)。

だから、それが自分らしさなのかといえば、そうなのかもしれない。





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