どうか私を叱って下さい

最近、めっきり「叱られる事」が少なくなった。叱られなくなったという事は、多分平均的には振舞えている筈だ、と思いたい。

平均的に振舞えているというのは「人として、母として、妻として、社会人として」という色んな立場の自分を、その時々、的確に、世間一般の目からみても恥ずかしくないか、道理に叶った仕事の仕方をしているか、利益を生むような仕事をしているか、とか色々あるけど、そういう事だ。

振舞えていると思いたい、と先程言った裏には、叱られなくなったのは、年齢のせいかもしれない、と思って恐れている。

年をいけばいくほど、その人にとっての、耳の痛い忠告なんかは、してくれなくなる。

あの人に言っても「もう無駄だ」なんて、思われているのは、より一層怖い。

私は本当に些細な事で、傷つき、悩み、勝手に消耗している。だからいずれ、言われなくなるかもしれない、と自分勝手に危惧している。

昔々、社会人1年目だった頃から、とにかく怒られてきた。女性ばかりの職場だったので、陰口も悪口も相当なものだったと思うし、面と向かって忠告される事もたくさんあった。私は人として、後輩として「かわいくなかった」らしく、怒られて、言われて、言われて、とにかく怒られまくった。すぐに辞めなかったのは、負けん気が強かったのと、肝心な所で空気を読めなくなる、謎の性質と、あと仕事ができた事だった。仕事さえできれば、とにかくやっていけた。

年数が経つと、だんだんかわいがってもらえるようになってきて、上司や先輩方には、私に仕事やプライベートでのたくさんの耳の痛い話や、いろんな事を教えてくれた。本当にありがたい事だと思う。

結婚した時もたくさん叱ってくれた。旦那も、家族も。ありがたい事だと思う。

結婚してからは、きちんと振舞えていないと分かっていたけど、どうしたらいいか分からなくて、とにかく見様見真似で真似をした。

こうしたらいいんだな、ああしたらいいんだな。感謝の言葉は言いすぎる事はないんだな、とか。

上手くできない自分がとても「恥ずべき人間」じゃないかと思って、何度も悩んだ。本も読んだし、子育て関連の研修なんかも行った。どういう風に振舞えば満点の嫁になるか、母親になれるかという事ばかり考えていた。あんな馬鹿な失言ばっかりしている私だけど。些細な出来事や、やり取りがある度に、本当に悩んでいた。悩みすぎて家から一歩も出たくなかったぐらい。

言われる内が花、諦められたら終わり。そういう事も頭では理解していたけど、自分が思う理想と、そうなれない自分とのギャップが開きすぎていて、自己嫌悪の毎日だった。

ここ一年ぐらいで仲良くなった人達がいるのだけど、その方達は耳の痛い事も言ってくれる。言われた時はヒリヒリする。でも後から言われた事を反芻すると

「自分にとって良い事を言ってくれたんだ」

とポジティブに考えれるようになった。

「そんなん言ったらあかんで」とか

「そんな事言わなくてもいいやん」

と、柔らかく言ってくれる。

言われたら即座に反省して「あっ。あかんかったな、今の私」

と、すぐに反省できる自分がいいと思う。

だから私を「叱ってください」なんて、とても甘ったれた事を言うわけじゃないけど。

耳の痛い事を言われた時は、それを素直に聞ける人でいたいな、と思う。ずっと、おばあさんになっても。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

16

masami

ビールとナッツをバケツにいっぱい

食べ物についての雑記やエッセイ。 子供の頃の事。 大人になってからの事。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。