王とサーカス

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真実の10メートル手前』が面白かったので、同じシリーズの2冊『さよなら妖精』『王とサーカス』を読みました。
以下、本の感想です。


『さよなら妖精』では、ユーゴスラビア紛争(1991年~)、
『王とサーカス』では、ネパールの王宮で起きたナラヤンヒティ王宮事件(2001年6月)が描かれている。

普段、身の回りのこと以外にまで目が向けられない自分にとって、『さよなら妖精』『王とサーカス』の2冊は、読みづらかった。しかし読んでよかった。面白い。面白いだけじゃない。高校生の時、20代の時、こういう本を読んでいたらなんて悔やしく思うほど。

特に『王とサーカス』はミステリーで、娯楽としてちゃんと面白い。
それが小説の中盤、「これを娯楽として消費するのか?」という問いがこちらに投げかけられる。読者は、その問いかけに覆われながら物語を追い、殺人事件の真相に迫っていくことになる。

「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ。意表を衝くようなものであれば、なお申し分ない。恐ろしい映像を見たり、記事を読んだりした者は言うだろう。考えさせられた、と。そういう娯楽なのだ」

よく思うことだった。
なぜ人は自分の体験を分かち合おうとするのだろう。人に誤解され、消費されるのに。
なぜ偉人はその考えを後世に伝えられるように記録したんだろう。なぜ黙って死ねないんだろう。わたしもまた、なぜ黙っていられないんだろう。

その問いに、太刀洗はこうかな?と答えている。まあまあすてきな発想だった。
さて自分はどうしよっかな。

さて、この小説を読んでいて、何度かハッとした。ハッとして顔を上げたら、バスの窓だった。バスで本を読むと酔う。
具体的な内容は書かないけれど、ハッとしたのは、記者・太刀洗万智の感情が分かる時だった。物語の人物に心を感じる時、幸せな気持ちになる。

太刀洗が嬉しかった時、相手のいら立ちを彼女が感じた時、自分の考えを述べたくなくて口を閉ざしている時、ありがとうと伝えたくても伝えないでいる時、彼女が好きだと思った。

「軍人も密売人になれる。密売人も誇りを持てる。誇り高い言葉を口にしながら、手はいくらでもそれを裏切れる。ずっと手を汚してきた男が、譲れない一点では驚くほど清廉になる。……どれも当たり前のことじゃないか。あんた、知らなかったのか」
知っていた。わたしが生きているこの世界はどういう場所なのか、知っていると思っていた。
けれどやはり、知らなかったのだ。


わたしは来週、初めて海外に行く。突然決まった。この平和な島国を出るの。
このタイミングでこの小説を読み終えた。運命だ、本の天使からのプレゼントだ、と思った。異国の地で、わたしは太刀洗の懊悩を思い出すだろうか。


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小説を読んで、日常に感じることを書こうと思います。
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