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140文字とコンテキスト

「レンタルなんもしない人」氏がめちゃくちゃロックなツイートをしていて笑った。

レンタルさんの態度は一貫している。普段はとにかく気性穏やかで聡明な方という感じだ(そうでなければこのレンタルなんもしない業は務まらないと思うのだが)。ところが、第三者からの無責任な批判や、文脈が読めていないリプライ、いわゆるクソリプというやつには容赦なく厳しいことを言う。時には荒れたようなツイートをする(完全に狙ってやっているのだろうが)。

ちなみに元ツイはこれ。

冒頭のツイートは、そこに連なってる数々の「クソリプ」に向けられたものだが、レンタルなんもしない人の活動について多少なりとも理解があれば、まさにクソリプにしか見えないだろうと思う。逆に言うと、全く知らない「外野」から見たら、もしかしたらこのクソリプも一理あるように見えるのかもしれない。

こういうのを見るにつけ、とにかく「コンテキスト」という概念をどうやったら人々は理解できるのか、という問題が頭に浮かぶ。高々140文字のツイートで表現できることなんかたかが知れてるのであって、どうやったってそのツイート主のコンテキストは抜け落ちる。だから、その文字列をどういったコンテキストで評価するかによって情報はいかようにも変化する。その結果、あるコンテキストでは謎の正義感からクソリプが発生したりするわけだ。

ツイートに限った話ではない。例えば政治家の失言。コンテキストが抜け落ちて一部の言葉だけを切り取って報道される。もっと大げさな話をすれば国同士の争いだってそうだと思う。国のトップは十分理解した上で戦術として色々やっているが、多くの国民はそうではないので自国の文脈でしか物事を評価できず、結果チキンレースの図式に陥る。

我々は子供の頃からよく「相手の気持ちになって考えなさい」などと言われていたじゃないか。娘の保育園で観察していると、よく先生たちが言っている。「なんでxxちゃんは、そういうことを言ったんだと思う?」すると子供は子供なりに考える。ああ、あんなことを言われて僕は傷ついたけど、xxちゃんはその前に僕がこういうことをしたから言ったんだな、と気づく。ある発言を自分視点のコンテキストだけじゃなくて、相手のコンテキストで再評価することで別の結果を得る。4歳児だってできるんだぞ。

ところが現実ではいい歳になった大人がそれを理解できない。なんといっても僕自身がひどかった。30を過ぎた頃からマシになったと思うが、それ以前はなんというか、文脈を読まずに正義棒を振りかざしてるような人間だったに違いないと思う。

僕のように30を過ぎてから気づくんじゃ遅いんだ。相手のコンテキストを理解する能力は、みんなが成人する前に身につけたほうがいい。そうするためにできる事はなんだろう。

専門家ではないので偉そうな事は言えないが、やはり「相手の視点で考える」のように、自分以外のコンテキストで評価するというのは、訓練でしか身につかないのではないかという気がする。それは、いわゆる認知能力以外を含んだ広義の教育の課程のなかで、どこかで解決するしかないと思う。

もう一つは、そういう大人がたくさんいるというのを前提に、コミュニケーションの設計でなんとかする方法だ。一定数コンテキストが読めない大人はいる前提で、それを無力化する方向になっていればよい。WebサービスでいえばTwitterはともかく、はてなブックマークはこの点明らかに失敗している(これを問題だと思っているか思っていないかは知らないが)。筆者のコンテキストを度外視した、彼らのコンテキストで評価した上での雑言に近い批判コメント。それがなんとなく正論に見えてしまって、スターがたくさんつきやすい構造。僕自身それを理解するまでは、無自覚にスターをつける側の人間だった可能性がある。

まとめると、根本的には教育、対処療法的にはWebサービスなどにおけるコミュニケーションの設計が解決策になるというのがいまのところの仮説だ。特にオチはないのでこの辺で終わりにする。

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qsona

Software Engineer
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