手遊び(文舵 練習問題①〈文はうきうきと)

 お前も文体の舵を取らないか?

 問1:一段落~一ページで、声に出して読むための語り(ナラティヴ)の文を書いてみよう。その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものはなんでも好きに使っていい――ただし脚韻や韻律は使用不可。

 遊ぶのだ、そう誰かから言われたとする。私がその言葉を受けてすぐに何でどのように遊ぼうかと思って身の回りのものから遊び道具を探し出すほどの積極性を持ち合わせた人間であれば手持ち無沙汰になることはなかっただろう。あるいは、遊ぶという言葉から遊びの具体例が浮かんでくる想像力を持ち合わせた人間であれば暇つぶしに困ることもなかったかもしれない。そうして暇を潰すことさえできていれば私がこうして恐怖におびえることもなかったはずだ。しかしあいにく、私はそのどちらにも当て嵌まらなかった。ゆえに私は、ここに座って待っていてくださいねという妙齢の女性の言葉通りに、座り心地がよいとは言えないグレーのソファに腰を下ろして、自分の名前が呼ばれるその時をじっと待っているしかなかった。音を立てることなく座っていると、周りの音がよく聞こえる。こちこちと規則的に響く秒針の音、右隣の扉から微かに聞こえる男の掠れ気味な低い声、左隣に座った母親とおぼしき女性がぐずついた息子をあやす声……そのすべてが神経に障る。あぁ、嫌だ。なんでせっかくの土曜日にわざわざ病院に赴かなければいけないんだろう。なんで父さんの車の中に携帯を忘れてきてしまったんだろう。そもそもなんで予防接種なんて打たなければいけないんだ? 人間社会の発展も目覚ましい。いい加減に注射器なんていう旧世代の遺物は淘汰されて然るべきなんじゃないのか? 私が考えを巡らせていると、右隣の扉から聞こえる声がふつりと止まった。がらがらと鈍い音。扉の向こうで誰かが席を立ったのだろう。誰かというのはもちろん私の前に診察を受けていたであろう人な訳で、すなわち自分が予防接種のための診察を受ける順番が回ってきたという訳だ。嫌だ。本当に嫌。まじで尖った針が自分の腕に突き刺さるのとか想像するだけで嫌。暇つぶしができるような想像力はないくせになんでこういうときに限って余計な想像が膨らむんだろう。もう中学生なんだから注射くらい平気でしょなんてへらへら笑いながらのたまっていた母さんは何もわかっていない。いや。いや。いや。もうすぐにでもばっくれたい。――そして、私の名前を呼ぶ掠れ声が聞こえた。

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〈追記〉

 なんか問2の内容も満たしているように思えてきたので、これで問2も終了ということで……。

 問2:一段落くらいで、動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情(喜び・恐れ・悲しみなど)を抱いている人物をひとり描写してみよう。文章のリズムや流れで、自分が書いているもののリアリティを演出して体現させてみること。

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