第4回 『ジュリエット物語又は悪徳の栄え』とスタンバイ


今週も、これから書こうとしている、その人のことについて多くの時間を割いている。

「今週も」ではない。「今日も」だ。
なぜなら、取材したことや調べたこと。ふとした拍子に思いついたことは、すべてメモしているのだから。

いつも、取材の記録は200字詰めの原稿用紙に、日付を書いて記録している。聞いた話や、立ち振る舞い。会った店の喫茶店代や店の雰囲気。会社ならば、社員の顔。
ともかく、目に付いたことはなんでもメモしてフォルダに放り込んでいる。

まだ、一ヶ月にも満たず手探りの中だというのに、様々なことを書き記した原稿用紙はどんどん貯まっている。

5月29日(火)

日本展示会協会の総会を取材に行く。
まだ解決していない東京五輪の時に、東京ビッグサイトが使えなくなる問題。
東京ビッグサイトと施設を管理する東京都から、これ以上の「譲歩」を引き出すことができる可能性はゼロに等しい。
影響を受ける人たちも、これから起こることを淡々と受け入れて、餓死せぬように食いつなぐしかない……そのことは半ばわかっているのだと思う。

だから、会場は怒りも悲しみもなく不安に包まれていた。

何者かを批判したり、糾弾したりするのは容易い。
でも、自分が見たいのは、それでもなお必死に生き抜こうとしている人の姿だ。

5月30日(水)

今書いている長編のために欠かせない人に会う。
自分の中の炎がより激しく燃え上がった。

6月1日(金)

久しぶりに光文社に出向く。
入館カードをサラサラと書いて「こんにちは!」と、威勢よく受付に渡す。
受付のお姉さんが困った顔をする。

「……この編集部、隣ですよ」

しまった!!
というわけで、改めて隣のビルへ。

『ダカーポ』があった頃、マガジンハウスで似たようなことをやった。
あの、オシャレなマガジンハウスのビルに入る。まだマガジンハウスが入館カードを使ってなかった頃である。

「『ダカーポ』の編集部はどこですか?」

受付で聞くと「こちらです」と、案内されたのは裏口。
通りのずっと向こうのビルだった……。

6月2日(土)

獨協大学で開催されたフランス語フランス文学会春季大会へ。

初めて訪れる大学。都心からは少し離れた大学だけど駅には近く緑の多いキャンパス。天気もよくて清々しい。

特に研究者でもないのだが、この学会を訪れたのは京都大学の上田雅子さんに会うため。先日、大学近くの交差点に、こたつを出す「闘争」をしたら逮捕された話題の人物である。

これまでなら「学生がバカやってるな……」ですむことが逮捕に至ってしまった理由などを詳しく聞いた。

それはそれとして、この日の上田さんの発表は「『ジュリエット物語又は悪徳の栄え』研究ーサン・フォンの悪の至高存在」。

まったく専門じゃないので、理解が間違っているかもしれないがサドの文学は自然に反するキリスト教神学への批判ではないかという分析。「はああ、そうなのですか」と聞いていただけだったが、質疑応答で研究者からは「さらに、これをこう付け足せば」と建設的なアドバイス。つまり発表は成功。

数日前まで、獄中にあった人物が、今日は学会で発表を大成功させているという状況が、私にはとにかく面白いのだ。

6月3日(日)

ドイツ文化会館で開催中の催し「1968年―転換のとき」のプログラムで上映される足立正生さんの監督作『性遊戯』を観賞。

前に観たのは20年ほど前。シネマ下北沢で開催された足立さんの全作品上映会。あの頃は、まだ足立さんは長い海外出張中だった。

上映終了後、喫煙所で足立さんにご挨拶。

もう何年前になるか『赤軍 - PFLP 世界戦争宣言』の上映会をやった時に「自分の映画なんか観たら眠くなるから、先に話して帰る」という足立さん。その時、語られたのは「とにかくスタンバイし続けること」だった。

その言葉の通り、なおもスタンバイしている足立さん。

そして、私は……。







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昼間たかし

愁いを含んで、ほのかに甘く

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