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『女装千年王国』……男の娘エロゲーに人生を賭けた西田一が語る、ただひとつの“愛の物語”

その晩、私はひとりの男と酒を飲んでいた。

「明日上京するので、お会いできませんか?」

 西田一から、そんな連絡を貰ったのは前日の夕方だった。ヒロインが全員男の娘ということで注目された『女装山脈』を出発点に、ひたむきに男の娘をテーマにしたアダルトゲームをつくり続ける男。ともすれば「変態」と謗られるテーマに人生を賭けた男と初めて会ったのは昨年制作した『女装学園(孕)』が発売された直後のことだった。

 共通の知人がいたことがあったからか。それとも、私自身が男の娘が最高であるとか、三次元でなっている人たちは羨ましいという本音を隠す必要もないと思って話をしたためか。いずれにしても、話ははずんだ。

 私の想いに応えるかのように、西田もまた作品への情熱をとめどもなく語ってくれた。

 中でも、彼が熱く語ったのは『女装山脈』から通底する、男の娘の<妊娠>を描くことへの使命感であった。

「妊娠したら子どもが生まれるというのは、エロゲーの中では最大のハッピーエンドだと思っています。ゆえに、男の娘でも妊娠することができたら、すべての問題はその場で解決するんです。ハッピーエンドに持っていくためには、男の娘を妊娠させなくてはいけない……」

 愛を育んだ結果としてのセックス。その結果としての妊娠。そこには「エロゲー」を超えた崇高な思いと、幸福に包まれた興奮があるような気がした。事実、ネットで作品名で検索してみても、批判的な意見はほとんど見られない。購入した無数の人たちが、西田と同じように幸福を感じているように見えた。

 西田の作品は、決して大きく宣伝がうたれるものではない。有り体にいえば、熱心に取り上げるメディアも少ない。いわゆる「大手」に比べれば、市井のユーザーに言及されることは多くはない。けれども、そんな市場の片隅にそっと置かれた作品を通じて、西田は新しい常識を創造している。男の娘が妊娠することが当然であるという常識を……。

「それが、ボクのシナリオとしての仕事だと思ってるんです」

 その一点の曇りもないまなざしは、ずっと記憶に残っていた。だからである。年末に『SPA!』から「今年のエロゲーの十大ニュース」をテーマに取材を受けた時、私の口からは迷うことなく『女装学園(孕)』が最初に飛び出した。
 
 それから約一年。新作『女装千年王国』の告知が始まったのは春のことだった。ライトノベルの定番である「異世界転生もの」をモチーフに描かれる男の娘物語。トラックにひかれて異世界に転生した主人公は、勇者として魔王を打ち倒す。そして、平和が訪れた世界を舞台に、女装姫騎士・女装サキュバス・
女装聖女との物語は綴られる。なんでも「女装」とつければよいのか。そんな取って付けたようなキャラクター設定。その緩さが、逆により硬質な芯のある物語世界を構築しているように思えた。

 当初の予定より、一ヶ月遅れた発売日。私もすぐにダウンロード版を購入し、インストールを終わらせた。けれども、様々な原稿と、それに付随した読書に忙殺されて、なかなか「入国」することはできなかった。Twitterをみると、次々と「入国」を果たし、愛を育んだ人々が幸せそうなツイートを
紡いでいた。

 どのヒロインからだろうか。メインヒロインである姫騎士か。それとも、翻弄してくれそうなサキュバスか。いやいや、アダルトにおいては定番ながら、禁忌を犯す感じが一段と強い聖女なのか……。そんなことを考えながら、入国を前に足踏みしていたら、西田から連絡が来たのである。

 別件の用をどうにか切り上げた私は、どしゃぶりの雨の中を、待ち合わせ場所のバーへと急いだ。狭い路地を傘を差した酔客の間をすり抜けた先に目当ての店はあった。扉を開けて狭い階段を昇る。壁がブルー一色に塗られた薄暗いカウンターだけの店内。その一番奥で、既に少し酔っているのか、西田は壁にもたれかかるように座っていた。

 再会の挨拶の後、ザ・フーが流れる中で、あれこれと言葉を交わした。酒の上でのことである。たいした話ではない。作品の売れ行き。最近の注目している男の娘作品。TSFには、なにか感じるものはあるか……。

 この夜は、そんな他愛もない会話で終わるのかと思っていた。

 だが、しばらくしてから、ふと、西田がつぶやくような声でいった。

「ぼくの理想のする男の娘は、理想の中にしかいないんです」
「理想の中に?」
 私が問いかけると、西田は少し考えてから、言葉を続けた。
「いや、現実にも一人だけ……。大島薫さんが出てきた時だけは違いました……」
 そして、西田はグラスの三分の一ほどになった酒を飲み干した。

※※※※※

 しばらく沈黙が続いた。次にどんな問いかけをすればいいのだろう。少し迷って、私が言葉を口にしようとした。それよりも一瞬早く、近くに座ってた女性カルーアミルクを注文する声がした。

「ぼくもカルーアミルクを下さい」

 私が次に紡ぐ言葉に迷っているのを察したのだろうか。西田は、またつぶやくような声でいった。

「ぼくも大島薫さんみたいな女の子になって犯されたい。それが、原点にはあるんです」

 それから、また他愛もない話が続いた。けれども、その合間に私は自分の興味の赴くままに質問を投げかけた。こうしたテーマを取材する時に、必ず聞かなくていけないこと。その人が情熱を傾けるジャンルに、どのようにして出会い、夢を育んでいったかということである。

 ブランド・脳内彼女で『女装山脈』から始まる三つの作品を世に問うた後、西田は独立し。自らのブランド「のーすとらいく」の看板を掲げた。現在の「のーすとらいく」商業流通で作品をリリースさせている同人サークル。いわば、個人事業主として男の娘というジャンルに絞って作品を作り続けている。

 普段は神戸の湾岸にある自宅で、一人シナリオを書き、ディレクションを行っている西田。たとえ、男の娘が支持を集めるジャンルとはいえ、そこに人生を捧げるには、どれだけの覚悟がいるのだろうか。昨年取材をしてからも、興味は尽きることがなかった。

 そんな西田が、持参した手土産が、また興味を引いた。西田には馴染みであるバーで、ほかの客にも振る舞ったそれは、ケーニヒスクローネのはちみつアルテナの抹茶味だった。決して安くはない。

 かといって、慇懃無礼なほどに高額でもない。それでいて、一口食べれば、神戸ならではの上品さが感じられる味。上京にあたって、それを選ぶ優れたセンスは、一朝一夕にできるものではないと思った。

「もしかして、実家はお金持ちなのでは?」
「いや、お金持ちの知り合いはいるけど、うちはそうじゃないし」

 西田が人生の初動部分を長く過ごしたのは、阪神のある都市。新興住宅地にあるマンションだった。両親は公務員の、ごくごく一般的な中産階級。ただ違うのは、自身の祖父のことだった。熱心なキリスト教の信仰を持っていた祖父は、多額の寄付を欠かさず、ついには献堂までして先祖代々の財産を使い潰したという。そんな祖父と比べれば両親の信仰心は、さほど篤くはなかった。ただ、食事の前にお祈りを欠かさない程度であった。

 それでも、西田はキリスト教に対する「親愛の情」はあるという。でも、その情は極めて複雑なものだ。

 「『女装千年王国』のヒロインの一人は、女装聖女なのですが、彼女が神様の子供を孕む<受胎告知プレイ>は書かずにはいられなかったんです。でも、同時にとてつもない背徳感がありました。それがどうしようもなくて……声を収録する時にはスタジオの隅で十字を切っていたんです」

 幼い頃から育まれてきた道徳観。いかなる信仰に拠ろうとも、それを汚すような行為をする時、人は漠然とした恐怖心を抱くものだ。私も、建物の中に入って人の話を聞くときには帽子を脱ぐ。和室であれば、勧められるまで褥することはない。神社仏閣の前を通るときには一礼するし、茶碗の中にご飯粒を残したりはしない。そんな根源的な道徳観に畏れを抱きながらも、西田の男の娘の情熱は、抑えることができなかった。

  西田の記憶の最深部にある、男の娘との出会い。それは、中学生の時に何度も足を運んでいたエロ本が立ち読みできる本屋だった。ある日、いつものようにエロマンガ雑誌を立ち読みしていた西田は、ある作品を見て身体を震わせた。それは、ひんでんブルグの短編であった。タイトルは忘れてしまったのに、自身を興奮させた細部だけは、心に焼き付いて離れることがない。

「あの人、時々ショタ同士のセックスを描くじゃないですか。まさに、それだったのです。『魔神英雄伝ワタル』のワタルと虎王のような少年が、女のコに好き放題にされた挙げ句に、二人でセックスするように命令されるんです」

 自分が男同士のセックスで興奮していることには、うしろめたい気持ちも芽生えた。でも「すげえ興奮する」という正直な気持ちが、それを遙かに凌駕していた。人には絶対にいえないかもしれない。

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